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私の一日はいつも、文明の利器スマートフォンから奏でられる20世紀ファンファーレによって幕を開ける。華やかなそのトランペットの音色は、機械音とは言え、清々しい朝を知らせてくれるのだ。
しかし今日はどうであろうか。



「ぐえっ」

「おはようなまえ!!」



腹部への強烈な一撃とのしかかる重み、バケツから一気にひっくり返したかのように浴びせられた聞き覚えのある声。文明とは程遠い、実に原始的な要因によって私は瞼を開けることとなった。

(…黒っ)

目を開けてみれば、視界が黒い。暗いではない、黒い。いや、暗いのだけど、それよりも黒い。何だこれは。目だ。黒目だ。奴のハムスターのようなくりっくりの目だ。



「おはようなまえ!!」

「…」



ぼんやりとした思考で、目を開けてすぐに目ってどういうことだよとか思いつつ、私は何故か開いたままになっている窓の方に視線を持っていく。風に揺れるカーテンの向こう側から光が射す気配はまだない。なるほど、朝ですらない訳か。



「おはようなまえ!!」

「…こんばんは小太郎」

「朝だよ!!」

「いや夜だよ」



自分の掠れた声と奴のベル全開トランペットのような声が鮮やかなコントラストを成している。パッパラパーとは正にこいつのことを言うのだろう。



「…何処から入った」

「窓から!」

「知ってる」

「流石!」



依然私の視界は黒い。いい加減顔離せ近い。手のひらを奴の顔面にべったり貼り付けて押し返すが、奴は何一つ表情を変えずに私と会話をする。指と指の隙間から奴の黒目が覗いている。何この人怖い。



「つーか寒い、布団入っていい?」



上に乗っかった奴の重心がやっと動いたと思ったら、私の許可を得る前にもそもそと人の布団に潜り込んでくる。数時間掛けて暖めた空気があっけなく逃げていってしまい肌寒さを感じるが、すぐに人肌というものが私の全身を包み込んだ。



「へへーっ、なまえ柔らけー…」



後ろから抱きつかれたため、小太郎の声が耳元で響く。先程までとは打って変わって、緩みきった声だ。猫がごろごろと喉を鳴らしているのに近い。下半身は小太郎の脚に挟み込まれてしまって、全くという訳ではないが、あまり自由には動けない。



「…小太郎くんさ、私を起こしにきたの?それとも自分が寝にきたの?なんなの?」

「んーなまえに会いに来たー…」



そう言って小太郎は私の項にぐりぐりと額をすり寄せてくる。肌に触れる髪がくすぐったい。

小太郎が突拍子ないのは、いつものことである。腹部に飛び乗られるのと夜中に起こされるのは多少困るが、不法侵入と布団に潜り込まれるぐらいなら、まあ許容範囲内である。取り敢えず私は朝まで寝たい。朝まで寝かせてくれるなら、多少のことには目を瞑ろうじゃないか。



「…なまえ?寝ちゃった?」



睡眠時間が明らかに足りていなかった私はすぐに微睡んだ。しかしまたもや小太郎の声に起こされる羽目となる。先に寝たと思っていたのだが、どうやらまだ起きていたらしい。



「ねーなまえ、寝ちゃったの?」



寝ている、という意思表示として無視を決め込んだのだが、小太郎はしつこく話しかけてくる。返事が無いんだから寝てるって分かろうか。



「…なまえさー、最近オレのこと許し過ぎだと思うんだよねっ。前はもっと怒ってたじゃん。」



なんだかよく分からないが、小太郎がプリプリし始めた。私がより寛大になったことに対して何が不満だというのか。怒られたいのだろうか。え、小太郎ってマゾなの?というか、小太郎の言動に一々反応していたら身体が持たない。今回の場合もそうだ。寛大とは一種の防衛本能だ。だから私は寝る。お前もさっさと寝ろ。若しくは帰れ。



「…なまえなまえなまえーっ」

「いっ!?いだだだっ、こたっ痛い!!」



私は必死で腹に回っている小太郎の腕を叩く。一瞬黙ったと思ったら、小太郎は人の名前を連呼しながら思いっきり身体を締め上げてきたのだ。流石にこれは反応せざるを得なかった。だって死ぬ。



「怒った?」

「いや怒ってんのそっちじゃん」

「だってなまえ怒んないしっ!」

「怒って欲しいの?」

「ちっがーーーう!!」

「いだだだだだだだ!!」



会話途中でヒートアップした小太郎は、緩めていた腕を再び締めてきた。もう何なの。後ろでふしゃーふしゃーと猫のように怒っている小太郎は今日大分面倒臭い。小さく溜め息をついた。



「…なまえっ」

「っ」



なんだなんだ、今度は発情期か。項に唇を寄せ、ぺろりと舐めてきた。



「なまえっ、顔っ!顔見せて!」



小太郎は私から腕を離して起き上がり、再び跨ってきた。のしかかりでないことに少し安心する。
すぐに唇を塞がれたが、その直前、一瞬見えた小太郎の顔は、なんだか不安そうで焦っていた。表情がころころと変わる小太郎だが、こんな顔、中々見られないレアものだ。
ざらざらした舌が、私の口内を蹂躙する。私から小太郎に舌を絡めにいく隙もないくらい一方的に。
当たり前だけど、小太郎でも不安とか、そういう気持ちあるんだな。そう思ったら、急に愛おしさが湧いてくる。心配することなんて、無いのに。



「っは、ぁ、こたっ、」

「なまえ…」

「ね、こた、好きだよ」

「っ」



そう言って小太郎の首に腕を回す。今見せたびっくり顔は、中々に可愛らしかった。



「心配しなくても、ちゃんと好きだから」



小太郎の頭を撫でる。小太郎は何も言わず、私にされるがままにしていた。漸く落ち着いたみたいだ。



「だからもう寝」

「なまえ、ごめん」

「え」






ロマンチックが食べたりない






(ねえ小太郎くんさ、私本当あなたに一々付き合ってたら身体持たないんだけど)

(赤司に頼んで鍛えてもらう?)

(なんで私が改善するんだよこたが改善して)

(へへっ、むり!!)



* * *
2013.09.21