翌日、待ち合わせ場所にした駅前に少し早めに行く。 「あれ、水戸部くん!」 彼は私に気付くと、にこりと笑った。 「少し早めに来たつもりだったのに…水戸部くん早いね!」 こくり。 「うん、そうだね。もう行こっか。」 彼の後を追って駅に入る。ここで、ちょっと待っててと伝えられた。水戸部くんはすぐに戻ってきて、この電子マネーのご時世に切符を手渡してきた。 「え…」 にこり。 「ちょっと待って!お金払う!」 しかし水戸部くんは首をふるふると、いらないという。 「でも…」 にこり。 そんなことより、早く行こう、とでも言うように彼は私の手を引いて改札をくぐった。 −−− 「…ねぇ、水戸部くん。」 水戸部くんのことだから大丈夫だとは思うけど…いや、でもこれは… 「ホーム、間違えてない…よね?」 向こう側のホームは、人で溢れかえっている。おそらく皆花火目当てなのだろう。まだまだ明るいのに、もう行くんだ。私たちもだけど。それに対して、私たちの立つホームはガラガラである。 にこり。 それでも水戸部くんは、ここで合っているという。水戸部くんのいう花火は、向こう側の人たちとは違う花火なのだろうか。 「まもなく○番線に、各駅停車××行きが到着します。危ないですから、黄色い線の…」 先に、ガラガラホームに止まる電車が来た。 「これに乗るの?」 こくり。 全て水戸部くんに任せきりだったので、私は花火大会のことも、どこでやるのかも、私たちがこれからどこに行くのかも知らない。けど、切符に印字されている値段から推定すると、ここ結構遠くないか?それなのに、各駅。でも、水戸部くんがこれだと言うので、乗る。 車内はホーム同様、ガラガラだった。私と水戸部くんは、端っこの座席に並んで座る。 電車が緩やかに動き出した。 ガタンゴトン、ガタンゴトン… 窓を流れる景色を見ていると、川が見えてきた。その川に架かった橋の上を、電車は走っていく。川の水面が日の光でキラキラと光ってとても綺麗だった。 「私、この時間帯の空いてる電車、好きだなぁ。」 緩やかに走る電車の中から、ただ流れていく景色を見て過ごす。こんなに心地いいことは無い。しかも隣には水戸部くんがいて。 いつもよりゆっくり流れていく時間と、ガタンゴトンと揺れる電車の中で、私は、いつの間にか切符を握りしめながら微睡んでしまっていた。 −−− トントン 「…ん」 目を開ける。 「あれ、私…」 どうやら私が呑気に寝息を立てている間ずっと、水戸部くんは肩を貸してくれていたようだ。 「…ごめん」 にこり。 「…ありがとう。」 空の色はブルーから、薄いオレンジ色に変わっていた。…私どんだけ寝てたんだろ。 水戸部くんによると、次で降りるらしい。 「△△ー、△△ー、お降りの際は…」 ほとんど無人の駅の改札から外に出る。 知らない場所だった。 「水戸部くん、ここ来たことあるの?」 こくり。 頷いた水戸部くんについていく。行きたい場所があるらしい。 −−− 「わぁ…」 しばらく歩くと、そこには白い砂浜と、濃いオレンジ色の海と空があった。 「すごい…綺麗…」 砂浜の上を二人で歩く。 「っとと…っ」 柔らかい砂の上をサンダルで歩くのは少し難しいみたいで。バランスを崩しかけたところを水戸部くんが支えてくれた。 「…ありがとう。」 にこり。 今度はサンダルは手に持って素足で歩く。サラサラの砂の感触が気持ち良かった。 しばらくそうして歩いたあと、砂浜に並んで座った。空には一番星が輝き始めていた。 「昨日の喫茶店といい、水戸部くんはいい所たくさん知ってるんだね。」 にこり。 「…ねぇ水戸部くん、水戸部くんは…私のどこが好きなの?私は…高校の時からずっと好きでいてもらえるほどの人間じゃないよ。」 水戸部くんが、あんまりにも優しくしてくれるから。やっぱり申し訳無くなってきて、つい聞いてしまった。そしたら、水戸部くんは右手で私の左手を、きゅっと握ってきた。 「…? えっと、」 水戸部くんのこのジェスチャーの意味は、好き、ではないのか。私は好きの理由を聞いたのに、答えが好き、って…うん?じゃあ、このきゅっには、今回は違う意味が込められているのだろうか。私がうんうん考えていると、水戸部くんは私の手を離して、砂浜に文字を書いた。 すきだから 「…好きだから…好きなの?」 水戸部くんは嬉しそうに頷く。 …好きだから好き。水戸部くんの答えは、実にシンプルだった。 「じゃ、じゃあきっかけとかは…?」 ふるふる。 水戸部くんは首を横に振る。 「無いの?」 こくり。 「自然に…ってこと?」 こくり。 もしかしたら、水戸部くんは私が理想としていた恋の仕方を私にしてくれているのかもしれない。 「…ねぇ水戸部くん、好きな人が近くにいるとどきどきするって話…あれ本当?」 こくり。 「水戸部くんは今どきどきしてるの?」 こくり。 少し照れくさそうに笑って頷いた。 「…私もね、今どきどきしてる…」 これって、どういうことだろう。再び水戸部くんが手を握ってきて、顔を覗きこまれる。どう?って。 「…ど、どきどきする…」 さっきまでそんなこと無かったのに。急にどうした?あれ? 「み、水戸部くん手離して…!」 水戸部くんはどうして?って顔をする。どうしてって… 「手汗が…やばいから…」 水戸部くんは驚いた表情をしたけど、すぐに笑顔に戻った。でも手は離してくれない。あーどうしよう、どきどきする。 「み、水戸部くん!私…っ、水戸部くんのこと好き、なのかな…?」 水戸部くんの手を、初めて握り返してみる。 「私、今まで水戸部くんといるのは心地いいって…思ってたのに…今は心地いいだけじゃないよ…。なんか泣きそう…。何これ…。」 すると、水戸部くんは一度私の手を離し、改めて私の方を向いて、今度は両手で私の両手を握る。優しく、決して弱くはない力で。真剣な目で。 彼からの3度目の告白だった。 「…私も、好き。」 そう勝手に口走ってた。 水戸部くんは頬を染めて微笑んで、それから私をそっと抱きしめた。心地よくて、少し苦しかった。 私が生まれて初めて好きを経験した瞬間、水戸部くんの肩越しに見える藍色の空に花火が上がった。 好き、は、今まで経験したものの中で、一番甘く苦しく、心地よかった。 うちあがった花火は、今まで見た景色の中で、一番綺麗だった。 小麦色のラブソング * * * 小麦色のラブソング/RYTHEM 2012.11.08 |