内蔵ありますか
元ルームメイトの人魚(前日譚はっぴーべりーはっぴー)
「急で悪いんだけど、アズール今日パーティー来る?」
「は?」
「もしよかったらアズールもどうかなって」
「それはオーバーブロットをした僕に対する憐れみからくる同情ですか、それとも嘲りですか」
「まさか、労いだよ。俺は元ルームメイトとしてお前を心配してんの。自分を労れないアズールの代わりにアズールを労ってるわけよ。慈悲深すぎてお釣りが来るね」
そういう元ルームメイトはあいも変わらず死んだ眼差しで僕を見つめて、糸で釣ったように口角を上げた。急なパーティーの誘いは互いに横になった保健室のベッドからかかった。どこか達観し、悟ったような顔をしながらパーティーと言葉を投げかけるその男がアズールには理解できない生き物のように見えるのも、彼の部屋を去る時と全く同じだった。
「あなた、そのパーティーに人を誘ったこと無いじゃないですか」
「ああ。なんたって俺は興味がないやつに踏み込まれるのが嫌いな性分でね。視界に入れることすら苦痛なんだ。それに人を呼んだら本当にパーティーっぽいことしないといけないじゃないか。一人のパーティーは安上がりでいいだろ」
「前者も後者も相変わらずで安心しましたよ」
なんだって言いたい放題言ってくれるこの男に、いらだちよりも呆れが先立つ。ひねくれ者通し共有できるものは多いが、この男の過激なまでの敵への攻撃性は身を持って知っている。関心がないままのほうが幸せなほどだ。陸育ちの人魚は複雑すぎて今でもよくわからない。
「唐揚げがあるなら行ってもいいですよ」
「お!いいな。ケーキとピザしかないから適当に唐揚げ買ってきてのっけといてやるからな」
「別々で」
嬉しそうな顔でこちらに寄ってくる男の方に顔を向ける。双子に休まないからと寮を追い出されたためすることと言えば読書くらいしかないのだ。余談だが、名前は魔法薬学で巨大な食虫植物に捕食されそうになり消化液を右足にかけられた為という頓珍漢な理由で保健室で休憩中だ。この時間を休んだら授業に戻るらしい。右足を庇いながら隣のベッドから僕のベッドへ腰掛けると、彼の冷え切った手が頬をなでた。
「蛸は、ストレスで足を自分で切ってしまうんだっけ。よかった、アズールが狂ってしまわなくて」
「随分大事に思ってくれるんですね」
「当然だ。初めてできた人魚の友だちなんだ。俺に”人魚”の生き方を教えてくれた唯一なんだ。あぁ、本当にこの世は塞翁が馬だな。俺の不幸は君という友を得るという幸福のための1過程に過ぎなかったのかもな」
心底嬉しいという顔を隠しもせずに黒い瞳を向ける。僕も上半身を起こして、彼のマネをするように手を頬に添えると甘えるようにすり寄ってきた。離れてしまった名前の手が少しだけ名残惜しい。興味がないものに対しては随分と冷酷だが、一度懐いた者には煮詰めたジャムのような態度をとる彼に愛着も執着もあるので悪い気はしない。ギュウ、と人魚の、それもシャチの人魚にだけみられる独特の音を出すと手をすり抜けて首に鼻を押し付けてくる。
「あなた、こんなに甘えたでした?」
「我慢してたの!オーバーブロットで死ぬ可能性があるって思ったら生きてるうちに甘えとかないとって思って」
「素直すぎますよ」
なんとも現金な理由に思わず笑ったが、それくらい素直でまっすぐな愛は心地いい。触れるのを恐れていた愛が染み込んでいく。ささくれた心に丁寧に保湿クリームを塗るような、そんな感覚。あなたが過去の不幸を僕という幸福に出会うためだと言うなら、僕の不幸や失敗だってあなたが僕の傍にいてくれることの確認のように思えた。彼の口が嬉しそうにいう塞翁が馬という言葉が今は因果応報よりも深く心を抉った。
「やっぱ、アズールの傍っていい感じ」
「パーティーは何時からです?」
「はは、そんなのオッケーもらった時点で始まってるって!」
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