鼻歌をくちずさむ
珍しくごきげんな彼に、アズールは一人首を傾げた。彼、もといナマエはプラス面に感情が振り切れることはあまりなく、鼻歌からは少し遠い存在に思っていた。しかしながら学生たちのざわめきにまぎれる拙い鼻歌は間違いなくナマエのもので嬉しさと疑問を半分ずつ持ったまま授業へと向かった。
「なぁに、雑魚ちゃん今日は珍しくゴキゲンじゃん」
「ウツボ君、君も美術をとってたのか」
「まぁね〜」
今日はデッサンをするという先生の声を聞き、フロイドは顔を歪めた。絵の具を重ねたい気分だったのにと隠しもせず肩を落とした。成り行きで自分の横に座った雑魚を横目で見てみると、うっすらと口元に笑顔を浮かべてクロッキーブックを開いており、今日は本当にゴキゲンらしい幼馴染の番を眺めた。
「オレ雑魚ちゃん描きたーい」
「……そしたら俺が描けないじゃないか」
「知らねーし。ほら、適当に座ってよ。あ、なら雑魚ちゃん石膏像とか描いててよ。オレ雑魚ちゃんのこと横から描いちゃお」
「いや、今日の課題は石膏像なんだよな〜」
ブツブツと呟く雑魚は数分もせずに集中して話さなくなる。いつもの無表情にもどり、笑顔にはならないかとフロイドも諦めて正面を向くかと身体を動かすが、それでも諦めずに一瞥する。先程の無表情はどこに行ったのか、授業が始まる時のゆるい笑みとうっすらと聞こえる鼻歌。教授が音楽をかけているため他の学生には聞こえていないようだが、耳の良いフロイドには聞こえていた。どこかで聞いたことがあるようなソレにユニゾンで自分も歌いながら描いた雑魚は随分楽しそうな表情で、アズールにもみせてやろうと気持ちよくデッサンを終えた。
「ナマエ、次は大講義室ですから、昼食を買って講義室で食べましょう」
「いいよ。何食べる?俺はミネストローネかな」
「またですか?いつも同じメニューで飽きませんね」
そういうアズールに注文を頼むとナマエの手には頼んでいないパンとサラダがのせられる。ついでにと二人分を頼んだらしい彼の気持ちを受け取ると講義室へ歩き出した。背筋の伸びたアズールの後ろ姿を眺める。ナマエはまた鼻歌を口ずさんでいた。
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