次会う時は他人だね
僕の幼馴染はちょっと変わっている。長い尾鰭を揺らめかせて、海底に座り込む僕に手を伸ばした。僕に手を伸ばす時、彼は必ず一人でやってくる。
「また海底で練習ですか?」
「うん。ここは誰も近寄らないし、魔法の練習がしやすくてさ」
彼、ジェイドはその言葉ににっこりと笑って手を引っ込めると隣に座り込んだ。灰色で短い尾鰭と長く美しい色の尾鰭が並ぶと、魔法を練習する僕をよそにジェイドはゆっくりと最近の片割れ、フロイドのことを話し始めた。
彼との出会いはなんてこと無い、エレメンタリースクールの頃に探検で入った沈没船で鉢合わせたのだった。水の揺れや音から自分以外の何かがいることはわかっていたが好奇心が勝った。突き進んだ先には二匹のウツボが底を這い回る僕を見ていた。
「なに?おまえ」
「べ、べつに。勝手だろ」
「ふ〜ん、なんか冷めた。オレかえる」
そう言うのを聞いてこれでゆったりと探索ができると嬉しく思っていたのに、なぜだか視線を感じる。振り返るとさっき帰ったはずのウツボがじぃとこちらを見ていたのだ。思わず驚いて拾い集めた銀の髪梳きに似たものや、貝を落とす。ごとごとと音を立てた。
「あなた、慣れているんですね……」
「え?う、うん。僕、棲家が近いんだ」
「沈没船を縄張りにする鮫のウワサとは、あなたですか?」
「えっ、ウワサ?知らない、けど、このへんは僕たちネムリブカが住んでるよ。珊瑚も多いから」
呆然と僕を見て、笑い出した彼をとりあえず放っておく。収集したものは棲家に持ち帰るためだ。ここは彼らのように面白がって見に来る者が多いから。船の中に網があったことを思い出して、また泳ぎだした。
しばらく経った頃、さっきの場所へ戻るとウツボがまだ居て、金色の目が僕を捉える。よくよく思い出せば、彼は同じスクールの同級生だった事を思い出した。
「まだいたの」
「えぇ、せっかくなのでお話をしようと思って」
ジェイドとはよく沈没船で会っていたっけ、とフロイドが変な蛸がいると面白がっている話を聞いてふと小さな頃の記憶がめぐる。ふと横目でみた長い尾鰭が窮屈に見えた。
「なまえ聞いてます?」
「きいてるきいてる。で?その蛸君は最近痩せてきたんでしょ」
「えぇ、あんなにあった食いでがこれっぽっちになってしまって。そう言えば、あなたも随分食べごたえが無さそうな身体ですねぇ」
「はぁー怖い怖い。大人しかったら鮫まで食おうとするんだもんな、ウツボはさ」
ジェイドの腕が腹に回って鋭い手が脇腹をつまもうとする。彼は名家のようでその仕草ひとつひとつが丁寧で、しつけられたのだなという印象が強い。端正な容姿に見合った美しさだった。僕はと言えば、珍しい鮫の人魚とは言え、三白眼で暗闇にとけこむ黒混じりの灰色とどこにでもいるような顔立ちだ。洗練された美しさ、というものとは遠い存在だった。
「貴方の魔法も上達しませんね」
「はっきり言わないでよ。傷つくなぁ〜」
「おやおや、これは失礼いたしました。でも、さっきの色を変える魔法はなかなか良い線をいっていたと思いますよ」
珊瑚の色を変えようとして振った指はあらぬ方向へ飛んでいき、手前の貝の色を白から紫に変える。こんなちっぽけな魔法でさえも失敗してしまう自分が情けない。上達の遅い僕は自然とクラスでも浮いてしまっていて、こうしてジェイドと話すひと時がとても嬉しかった。
「僕たち陸の学校へ進学するんです」
「陸!?それはまた、大変だ。陸は尾鰭じゃなくて足がいるんだろ?この長い尾鰭が、足に」
「ちょっと、進学先をきにしていただいても?」
「足、あ、いや、どこに進学するの?」
「ナイトレイブンカレッジです」
なんと、あの名門の。驚きで開いた口が塞がらない。ジェイドの手が僕の口を閉めるとイタズラが成功したような顔で無邪気に笑った。心のどこかで感じていた、ジェイドが僕の魔法を笑って、でも少しフォローされながら双子や蛸くんの話を聞く日々の終わりから目を背けていた。
「良かったじゃないか。新天地で新しい事を学べるなんてそうないぞ」
「勿論。お土産を持って帰ってきますから、また話、聞いてくださいね」
「楽しみにしてる」
紫の貝を片手に泳ぎ去る彼を見送る。僕はこのまま珊瑚の海のハイスクールへの進学が決まっていた。君と僕のちぐはぐな関係も終わりのときが来たらしい。重ならない未来を寂しく思いながらもう見えない背中に手を振った。君の心の隙間を埋めるものはきっと見つかるよ。
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