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特級呪具マジカルペンにまつわる顛末

twst世界の人魚が呪術の世界で生きていた話

「僕実は人魚なんですよね」

 そういったとき、サングラスの先輩が嘲るように笑い、その横に居た女の先輩は吹き出し、その反対に座る大きなピアスが特徴的な先輩は苦笑いをしていた。しくじったと思うにはもう遅い。この場で人魚と言えば仮想怨霊にあたるのだ。僕の想像するものとは違う。罰ゲームとして明かした秘密は、凡才の妄言としてその場を賑やかし過ぎていく。じくりと痛む胸の内を、明かす相手はこの世界にはいない。ごまかすために言い捨てた「なーんて!」という言葉がぐちゃぐちゃと僕の心を踏み荒らしていった。

 僕の持つ魔力はこの世界では呪力という言葉にイコールで結び付けられる。しかしながら、魔力量は呪力量とイコールではない。呪力と同じ出力にするための魔力は倍必要なのだ。そのため、運良く呪術高専という、呪いを視認できる事に対し対抗する術を教えてもらえる場所を見つけられたのは幸運と言えよう。ただ、呪術師を目指す人間たちの中にいるには少々煽られる劣等感が強すぎる。人魚は感情に生きる生き物だ。言ったところで何も前には進まないのだけれど。

先輩にしごかれた日、同級生に複雑な眼で見られた日、感情が揺さぶられる度に増していくブロットが、呪力相応の力をもつこの皮肉に気づいたときの驚きと言ったらない。人魚である自分には身に余る。いっそのことオーバーブロットをしたいところだが、それも叶わない。この世は地獄だとよく言ったものだ。僕を嘲るあのスカイブルーを思い出してはまた魔法石を黒く汚していく。もう黒く染まりきったこの石が、元々どんな色だったのか思い出せなくなっていた。


 体術訓練だと、七海と灰原とともにグラウンドへ出る。お決まりのようにそこには五条先輩と夏油先輩が待ち受けていて家入先輩は木陰で優雅にタバコをふかしていた。屋外だというのに嫌に酸素が薄い気がする。浅くなっていく呼吸を制御できない。

「おい、なまえ?お前調子ワリーなら出てくんなよ」
「うん、顔色が悪いね。というより、息が浅いな。硝子!ちょっと彼をみてくれるか?ゆっくり、吸って、吐いて、そう」

苦しい。酸素が少ない、苦しい、溺れているようだ。手足の感覚がない。夏油先輩に肩を貸されたが上手く寄りかかれず地面に倒れる。流石に五条先輩も訓練どころではないと感じたのか、声をかけられているような気がする。苦しい。肩を誰かの手が掴む、胃から何かがせり上がってくる。びしゃりと口から出てきたのは墨のように黒い液体だ。あぁ、魔法石に収まらないブロットはこのようにあふれるのだと他人事のように思った。身体が痛い。

「おい!しっかりしろ!」
「傑、さっきから呪力の流れがおかしい。呪力の量が不規則に増えてる。コイツ、何だ?」
「……もしかして、いや、そんなことがある、のか?」
「はぁ?お前何言って」

身体からバキバキと音がする。この内側から変形していく感覚は知っている。魔法が解ける。背中はヒレが制服を突き破りエラが酸素を求めて動く。地面についた手が、太陽で熱された砂にじりじりと焼かれている。とっさに下半身に纏うものを魔法で消せたのは最早奇跡に近い。何も巻き込まず尾ひれへと変わる2本の足を先輩たちを含める5名は呆然と見ている。

「なまえ水!!!足りないけどちょっと我慢して!!」

雄がとっさに僕の頭に水をかけた。海水が良いという贅沢は口にすることもままならない。人魚は、陸では息ができないのだから。健人が僕を抱き上げてここから1番近い水場へと走る。触れた場所から火傷していく。呼吸はできない。いっそこのまま死んでしまいたい。

「あー、ごめん、雄、健人」
「気にすんなって」
「貴方、本当に人魚だったんですね……」
「ははは、そうだね。そうだよ。言ったじゃないか。あの時、誰にも言っていない秘密を告げるって罰ゲームで」

ただ誰も信じなかっただけだろ、と水の音に混じりきらない僕の声。先輩が僕の服を持ってきてくれたので手を伸ばしてマジカルペンを引き寄せた。自分にペンをかざして変身魔法を掛けなおそうにも意識が全く定まらない。力も不均等。変身薬を作ることができない今の僕には陸で生きる唯一の方法だというのに。

「なまえ、もしかしてプールとかのほうがいい?つっても寮の風呂に水はるだけだけど」
「雄、今日は冴えてるな。ナイスアイデア出したで賞ってことで寮まで頼む」
「七海、先に行って風呂に水はってて!僕なまえを担いでいくから」
「私の部屋に来てくださいね」

 水風呂に浸かり、まずは体の状態を安定させる。そうすると魔力も自ずと安定するからだ。僕たち一年の担任がすごい形相で健人の部屋のドアを破壊し飛び込んできた。説教をされながら遠い故郷の海へ思いを馳せる。あぁ、あそことは違う海だけれど、優しい2人が自分の傍にはいて、存外陸の暮らしも悪くない。


記録 2007年 某月

任務概要
 2級呪霊祓除
 2級呪術師3名を派遣

・うち2名死亡
・うち1名の遺体(みょうじなまえ)は行方不明
・遺品として回収された石のはめ込まれたペンは特級呪具として高専にて保管

2021.01.03.



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