41. 憂う 雨宮蓮
?週目P5主くんと年上主
何時も通り学校帰りに先輩のアパートへ押しかけたまでは良かった。合鍵を使って部屋へと入ると1つしか無いテーブルの上に先輩には似合わない小綺麗な箱。それはどこからどうみても、バレンタインデーの特設コーナーで購入された義理でもらうには少々高価なチョコレートだ。言っては悪いがこんなものから程遠い先輩が何故所持しているのだろうか。
......まさか、俺の気付かないうちに女の影が?
どくりと大きく心臓が跳ねて、急に体も心もそわそわと落ち着かない。あの先輩の良さに気づくとは相当に目が利く人間がいるものだ。いや、それは俺だけがわかっていれば良い事であって他の人間に気づかれると俺が大変困る。もしかしてこれは俺にという可能性...は、ない。そういうイベント事に対して情緒的に前向きではなく、チョコレート安売りシーズンとしか思っていないような人だ。取り敢えず落ち着くために何か飲もうと冷蔵庫を開けてみれば、そこには付箋紙が貼り付けられたコンテナが1つ。
"テーブルが気になっているだろう、雨宮。今開けてもいい。もしくは俺が帰るまでこれを食って待て"
コンテナの中にはミッチリと焼きそばが押し込められていた。一瞬だけ箱に目をやり、コンテナを手に取る。学校終わりの男子高校生にそれを我慢する方法などない。付箋紙を剥がしてポケットに突っ込んだ。どうにも捨てようと気にはなれないが、大事に保管する程でもない。満足するまで先輩の書いた"雨宮"を眺めてから捨てようと思う。
電子レンジの中で回るコンテナを眺めながら意識は付箋紙の言う通りテーブルの上。ぐるぐると思考もとぐろを巻いていた。これならモルガナに先輩を取られようとも連れてくれば良かっただろうか。
「雨宮?何してんの電子レンジの前で」
特に長い時間呆けていたわけではない筈だが、いつの間にか先輩は帰ってきていた。玄関の音にも気付かないとは何たる不覚。勝手に落ち込む俺をよそに、レンジの中を見て先輩は笑っていた。俺が我慢を選んだらしいと思ったようだ。まるで犬にしてやるような、人間に与えるには少しばかりガサツな手つきで髪の毛をかき混ぜられる。ただでさえ自由奔放に跳ね回る髪の毛が余計に乱れた。
「よーーしゃしゃ……ってやめてとは言わないんだな」
「言わない。嬉しいから」
「う、うん…そうかよ……。ほら!食え!!焼きそば!」
恥ずかしそうに言葉を詰まらせながら、先輩は早く中身を出せとしつこく訴えるレンジのドアを開ける。俺はマヨネーズと七味を手に持ってテーブルへと向かった。テーブルの真ん中にはあいも変わらず奴が鎮座している。接近したことで箱に施された細かなデザインを認識した。全体は黒を基調としアクセントカラーは赤、表面にはエンボス加工を施してある。マットな質感を演出するためか手で触れるとザラリとした感触がした。
「早速だけど雨宮、これ.。俺からお前にチョコレート」
「…………は?」
「なんだよその反応。傷つくぞ」
戸惑うなと言うほうが無理だ。この人はどうしてこんなにも気紛れなのだろう。心外だ、とばかりに顔を歪めている先輩に一言謝った。言葉だけだと誰もがわかる顔で。そんな俺をみて、したり顔をした先輩が口を開く。
「なあなあ、これ赤と黒のチョコレートでさぁ、まさにお前の色だろ~?そんなに甘ったるくも無さそうだし」
言いながら、蓋を開けようとした俺の手を退けて先輩が箱を手に取り、嬉しそうに開けた。正方形の箱に収まる9つチョコレート、ど真ん中にある赤いハートを取り囲むように黒いチョコレートが配置されている。すべて味が違うようで、向こうが薄く透け紙に印刷された味を実物に照らし合わせて確認しているようだった。
重ねられた言葉の意味はすごく単純で、つまるところ、「このチョコを見かけたときに雨宮が思い浮かんだから買わなきゃいけないと思った」と、ただそれだけだった。満足そうに俺を見た先輩に思わずため息がでる。心配して損……、はしていないけれど妙に疲れはした。
「先輩……、本当に、気まぐれですね…」
「おっと、これを言って閉めるんだった」
Take my heart Ren.
「どうだ雨宮……って偉そうにすることでもないか」
「はぁ~~~~……」
「なんだよそのでっかい溜め息は」
「馬鹿で可愛いなぁ…って……」
2023.04.23.
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