1月8日
 年明け早々の定期検診で、右足は経過良好と告げられた。リハビリも順調に進み、ちょっとずつだが足首を動かせるようになってきたのは3学期が始まる頃のことだった。
 1月8日木曜日。髪型も化粧もばっちり。制服の上に赤いダッフルコートを着て、キャメルチェックのバーバリーのマフラーを巻いた。短いスカートの下にはもちろんウサギさんの毛糸のパンツ。冷やすと痛むので、右足にはカイロを張り付けていた。
 お父さんは最近出勤が遅くなった。と言っても私と同じ時間に家を出ていくのだが。今まで馬鹿みたいに早く出ていってたのは何だったのと問いかけても話をはぐらかされたので、もしかしたら私と居づらかっただけなのかもと思ったら少しお父さんが可愛く思えた。
 高級スーツに黒いコートを着てビシッと決めた父と、エレベーターで一緒に1階まで下がってそこで別れた。お父さんはそのまま地下の駐車場へと向かい、私は地上に出て燃えるごみを出した後にゆっくりと学校へ向かった。
 教室に入ると、委員長たちのグループが話しかけてきてくれた。あけましておめでとー、宿題やったー? と単調でありきたりで、それでいて穏やかな日常会話が繰り広げられる。私はそれににこやかに対応しながら、少し頻繁にドアの方へ視線を向けていた。開け放たれた引き戸では、忙しなく生徒たちが出たり入ったりしている。
「あーっ、千代田さん不二くんのこと待ってるでしょー」
 ひとりの女子生徒の声に私の体温は急激に上がる。
「そ、そんなことないけど!? あ、ねぇ年末の紅白見た? やっぱスワップの大トリは良かったねー?」
 セーターをパタパタと仰ぎながら一生懸命会話を逸らそうとしたのだが、この年頃の女子生徒はこういう話題が大好きだ。
「そんなことより! テニス部の合宿はどうだったのっ?」
「えっ!? あ、うん……忙しかったけど、楽しかったよ?」
「千代田さん顔真っ赤! かーわーいーいー!」
「不二くんと何かあったんだ!?」
「え、なに告ったの? それとももうチューとかしちゃった!?」
「ち、チュウ!?」
 顔が焼けるように熱かった。大声を出してしまったせいで教室の他の生徒たちの視線が痛い。私は大げさなモーションで首を横に振りながら「ない、断じてそんなことはない!」と先ほどよりも大きな声で告げた。
「いーなー、千代田さんマジ青春って感じ。うちなんかクリスマスひとりだったもんねー……」
「その件に関してはすみませんでした……」
「いーよ別に。そりゃあ? 土壇場で彼氏できたらそっち優先したくなるもんねー」
 一番活発な、菊丸くんとも仲の良い女の子が不貞腐れていた。その子に対して委員長が頭を下げている。首を傾げると、別のひとりが耳打ちしてきた。
「この子だけ彼氏いないの。そっとしといてあげて」
「うるさい! このビッチどもめ!」
 こめかみを拳骨で挟んでぐりぐりとする彼女に、耳打ちしてきた子が笑いながら痛がっていた。
「っていうかビッチじゃないし! うち今度こそ今の彼氏といっしょの墓入るもん」
「さようでございますか。そのセリフ聞くの3回目ですけど」
「うわーん千代田さん助けてー! いじめられたああ!」
 グループの中で一番愛らしい雰囲気の、小柄な女の子に抱き付かれる。私よりも小さな子というのが何だか新鮮で、思わず抱き返してしまう。なんか嘘みたいに良い匂いがする。これがフェロモンというやつか!
 その匂いについて褒めると、抱き付いてきた彼女はその愛らしい笑顔で私にお礼を言った。
「催淫作用のある香水なの!」
 キスもしたことない純粋少女みたいな顔をしてそんなことを言うものだから、私は思わず瞬きを5回ほどしてしまう。そんな彼女の脳天にはすぐに拳骨が炸裂した。
「いったーい……」
「見るからにウブそうな子に変なこと教えるな!」
「えー、でも1週間好きな子と密着してたんだよ? さすがにもうヤッたよね?」
 泣きたくなるくらい柔らかくて細い身体に抱き付かれ、上目づかいでそう問われた。ヤるとはあのヤるという意味合いで間違いないのだろうか。キスをしたら赤ちゃんができるとか信じてそうな顔でそう言われたら、もしかしたら私の幻聴だったのではないかと思い込みたくなる。
「アンタじゃないんだからそんなことあるわけないでしょ!! ほら、千代田さん茹ダコみたいになっちゃったじゃない!」
「そうそう。面白いのは分かるけど、あまりイジめちゃダメだよ」
 その時、頑張れば女子に混ざれなくもないけど明らかに違うテンションの声が聞こえた。ポン、と優しく頭の上に置かれた硬い手は間違いなく男のもの。恐る恐る手が伸びてきた方向を見ると、薄い唇が弧を描いているのが視界に入った。
「おはよう、千代田」
 澄んだ青い瞳が、真っ直ぐ私を見下ろしていた。背景がキラキラと光って見える。催淫作用があるという人工的な良い匂いに混じって、不二の自然なシャンプーの香りが漂ってきた気がした。フローラルの柔らかな芳香。
 私は熱に浮かされながらも、なんとか彼へ挨拶を返した。彼は目を細めて笑うと、私の頭を撫でてからそっと離れた。踵を返して自分の席の方へと向かう。
「な、なんか不二くん王子様度上がってない?」
「今私、目が可笑しかったのかな……背景が光ってた。少女漫画みたいに」
「私は良い匂いがした気がするんだけど……」
「おーい千代田さーん? 大丈夫かー?」
 誰かが私の目の前で手を振っていたが、私はそんなの視界に入らなかった。不二は机の横にラケットバックを下ろして椅子に座り、その中から教材を取り出して机へと仕舞う。それはなんてことない普通の動作だったのに、一つ一つが洗練された映画のワンシーンのようだった。
 徐々に実感と嬉しさが込み上げてきた。
 戻ってきたんだ! 前の不二周助に!
「前に戻ったね」
「っていうか破壊力増してるし……」
「不二が不二たる所以はテニスにあり、ってか? 深いねー」
「千代田さん嬉しそー」
 小柄な彼女がそう笑って私の頬を小さな人差し指で突いてきた。私は照れながら笑った。

 正確にはまだ不二はレギュラー復帰を果たしていない。来月にある校内ランキング戦が彼の復帰試合になる予定だと聞いた。不二はまだ相変わらず黒いジャージを着て練習に参加しているが、その風格は確実に以前より増していた。もう誰も不二と廊下で擦れ違って気付かないなんてことはない。クラスのギャルに笑われることもない。
 全てが夏前に戻り始めていた。それは私の最終目標で、当然嬉しいことだった。けれど同時に、私が新たな懸案事項を抱えるきっかけにもなったのである。
「不二ってさー、結局千代田とヤッたのかな」
 クラスメイトでテニス部員の男子たちの話を偶然聞いてしまったのは、その日の教室移動中。私の隣には不二がいた。
 廊下から階段へ差し掛かった時、その階段の少し下から大きな声が響いてきた。丁度私たちの会話が途切れた時に不二の名前が聞こえてきたものだから、私たちの会話はそこで止まってしまった。
 薄暗い廊下に複数人の足音が響いてるのにも関わらず、彼らは呑気に大声で話を続ける。
「あんなペタンコで勃つの?」
「痩せすぎで柔らかくもなさそーだしな。かといって顔が飛び切りいいわけでもないし」
「え、でもよく見ると可愛い系じゃね?」
「お前合宿行ってないからそんなこと言えんだよ。アイツのスッピン日本人形みたいだったぞ」
「いや、どんなだよ。例えが分かりにくいよ」
「あー……なんか薄い? 印象に残らない系の顔」
「しょーじきドブスじゃなきゃある程度勃つだろ。あー彼女ほしー……」
「千代田は普通に範囲内だよな。中の上くらい」
「お前やけに千代田にこだわるな」
「えっ!?」
「おまっ……さては!!」
「やめとけってアイツは! 話したろ! 跡部に水かけた上に喧嘩売ったんだぞ!? 性格がヤバい!」
「そういやお前入学したばっかりの時やたら千代田に話しかけてたな……。あんなに相手にされなかったのにまだ未練あったのかよ?」
「いや性格はそんなに重視してないし……ぶっちゃけ好きなAV女優と顔がそっくりなんだよね」
 だから一回ヤッて……と言ったところで、不二が階段の手すりから身を乗り出し下にいた彼らに向かって「ねぇ」と声を掛けた。私からは彼の後姿しか見えなかったが、声は怖いくらいに穏やかなものだった。下段からは驚く声と数人が縺れて倒れる音が聞こえてきた。
「公共の場で声高に言うのは感心しないなあ。誰が聞いてるか分からないし、ね?」
 不二が首を傾げるてそう言った途端、彼らが小さな悲鳴を上げてどこかへ走り去っていく足音が聞こえた。その瞬間彼らが何を見たかは想像に難くない。不二に見下げられ威嚇される怖さは私もよく知っていた。
 しかし振り向いた不二は少し心配したような顔つきで、私の肩に手を添えて膝を曲げ視線を合わせてくれた。
「大丈夫?」
「……平気だよ。ちょっと気持ち悪いけど、あの男子たちに近づかなきゃいいだけだし」
 彼が好きなのは私じゃなくてそのAV女優だしね、とおどけてみせたら不二は少し複雑そうな笑みを浮かべた。
 実際、それほどショックを受けたり恥ずかしいと思ってるわけではない。それは思春期の男なら当然の行為で、きっとクラスの美人な子ならもっとそういうネタにされてるのだろう。そういった性的な対象として見られるのはとても気持ち悪い一方、どこか不思議な感覚がした。
 男は女とまるで機能が違う。好きなだけじゃダメなんだ。欲望の対象として見れるかどうかがまず大事なんだと思い知る。
 不二は私のこと、そういう目で見たことはあるの? という疑問が湧いた。彼は文化祭前に私のことをそういう目で見たくないと言っていた。それは今も変わらないのだろうか。でも不二だって男で、彼らと同じシステムを体に抱えているわけで……。
 不安を紛らわせようと、歩き出した不二の紺色のジャケットを軽く掴んだ。すると彼は私の方を振り返って苦笑し、私の手をとって優しく握った。
「ジャケットよりこっちがいいな」
 ダメだ、不二がそんなことをしている姿が想像できない。というか想像するのも恐れ多い。
 私は先ほどの猥談のネタにされてた時より恥ずかしい思いを抱えながら、移動先である化学室までの短い距離を彼と手を繋いで歩いた。

 この時だけの不運かと思ったが、何故か私はこの後行く先々で自分と不二の話題を耳にすることになる。トイレでは隣のクラスの女子に、図書室では女テニ部員に、美化委員の集まりでは先輩たちにまで「あの子、不二くんの彼女なんだって」とウワサされることになる。
 イヤな注目の浴び方をしているのが分かった。さすがに男子にあれだけネタにされることはなかったが、主に女子から遠巻きに観察されることが異常に増えた。別に昨年の9月ごろから不二とは四六時中一緒に居たのだが、急にウワサの対象になったのはやはり不二のテニス部復帰が大きかったのだろう。
 他人の注目を浴びるのが苦手になっている私は、やはりどうしてもこういう事態になると心が落ち着かない。帰りのホームルーム頃になると胃が痛くてしょうがなかった。
「不二くんがテニス部に復帰できるよう、すっごい献身的に支えたんだって!」
 しかし誰がそんなことを言いだしたのか、女子のウワサ話にしてはかなり良い内容だったことだけが唯一の救いだ。そりゃあ「化粧で顔作ってる」だとか「他校生に喧嘩吹っ掛けた」という事実もマイナス要素として出回っていたが、それは事実だしどうしようもない。
 彼女たちの『問題もあるけど、仕方ないから不二くんの彼女として認めてあげてもいいわ』みたいな空気は単純にホッとした。不二が苦しかった時期に存在すら忘れかけてたお前らが何を言ってると思う気持ちもあるけど、多数派の空気というものはやはりどう足掻いても無視できない大事なものだ。
 帰りのホームルームを終え、さて久々にあの部室へ行こうかと席を立った時だった。今日の席替えで惜しくも席が離れてしまった不二が私を呼んだ。
 なんだろうと思ってそちらへ近づくと、部活へ行こうとしたり帰ろうとしている生徒で混雑していた出入り口の外へ連れ出された。
 人通りの多い廊下で、その女性は一際存在感を放っていた。
「彼女は島崎まどかさん。中等部からの僕の友人……ん? 友人? みたいな感じの子で……いや、どちらかと言えばお姉さんみたいな存在かな……友人ではないよな……」
「まぁ、みんなからは不二くんの親衛隊隊長とか過激派不二ファンとか揶揄されることが多いわね。貴方も聞いたことあるでしょう?」
 不二から紹介された彼女は、脱色したハニーブラウンの髪を緩く巻き、非の打ちどころのないベースメイクにつけまつげと艶やかな赤い唇というそのまま夜のお勤めに行けそうな風貌で私に笑いかけた。お勤めと言ってもその辺のギャルみたいな安いキャバクラでキャイキャイやってそうな雰囲気は微塵もない。銀座のナンバーワンホステスってきっとこういうオーラなんだろうなと思った。
 ふと、彼女と並んだ自分のことを想像した。私のメイクなんてたぶん小学生がお母さんの真似をしたレベルだ。体型だってまるで違う。彼女は背が不二より少し低く、その短いスカートからは程よい肉の付いた美しく長い脚がすらりと伸びている。そしてそのベージュのセーター越しでも分かるくらい、胸が大きかった。
 島崎まどか。名前なら嫌と言うほど知っている。彼女自身が言った通り、数人の過激派不二ファンを束ねるドンとして悪名高い女だ。
「もう……だから親衛隊とかやめてって。過激派も物騒だから却下」
「あたしが言ってるんじゃないもの。まぁでも、実際そんなものじゃない? 貴方のファンを自称する女は暴走癖がある子が多いから……」
 にこやかに話す島崎まどかと不二に、私の不安は煽られる一方だった。これはひょっとするとヤキというものだろうか。しかし不二が私を差し出すっていったいどういうことなんだ? 絶世の美少年と希代の美女に挟まれ、私はますます胃痛が酷くなっていた。
 そして、そんな私に気付いたのかそうでないのか、島崎まどかはその右手をスッと差し出してくる。キラキラとしたイミテーションダイヤがいっぱい付いたネイルが、怖い雰囲気をさらに助長させていた。
「改めまして、島崎まどかよ」
 微笑を浮かべてそう言う彼女。外人以外に初対面で握手を求められたことはほとんどなく、私は戸惑いながらもその手を握った。
 攻撃的なデザインの青いネイルとは対照的に、その手は柔らかくスベスベしていた。
「千代田渚です……」
「島崎さんは顔も広くてとても頼りになるから、もし男の僕には言えないような困ったことが起きたら、彼女に相談してみて」
 不二は何の思惑も下心もない風にそう言った。けれどほぼ初対面でしかもあの過激派のドンと言われている彼女に対して、そう易々と心を開けるわけが無い。苦笑いしながらおずおずと手を離すと、島崎まどかは不二によく似た一見下心のない笑みをこちらへ向けてくる。
「テニスから離れてた頃の不二くんは、あたしたちにも手が付けられなくて……あたし、貴方にはとても感謝してるのよ。だから困ったことがあったら何でも言ってちょうだい。いつでも力になるわ」
「……はぁ」
 まるで、不二は自分のものみたいに話す女だなと思った。
 彼女の言うとおり、普段周りに睨みをきかせてマナーの悪い不二のファンたちを統率している過激派不二ファンたちは、不二が自暴自棄になっていた時期になんの役にも立たなかった。島崎が遠くから心配そうな目で不二を見ていたのは何度か目撃したが、直接話しかけることはほとんどなかったと記憶している。
『僕だって、くだらないことを言いあえる女友達の一人や二人、欲しいよ』
 そもそも、あの七夕の発言からして不二に親しい女はいないと思っていたのだが。いやでもあれはもしかしたら不二にからかわれてたのかもしれないし……と考えいるうちにも、不二は島崎と合宿の話をしている。私はその光景を見ながら、なんだか腑に落ちない苛立ちを抱えていた。
 これが世にいう嫉妬とやらなのかもしれない。今まで不二がひとりの女生徒と親しくしてるところなど見たことが無かったため、それなりに私は島崎を意識せざるを得なかった。

 あれだけの美人が自分のファンを公言してるのに、不二は少しも靡かなかったのだろうか? 島崎はなんというか大人顔負けの完璧な美しさを誇っている取っ付きにくい系の美女なので、もしかしたら単純に好みじゃなかったのかもしれない。自分で言うのも難だが私はたぶん男子からチョロいと思われるタイプの普通女だし? 不二が島崎ではなく私に対して反応してくださった理由はそれが一番しっくりくる。
 しかし男ならあれだけの美人、一回は気の迷いでどうにかなったりするのではないだろうか。いやいや不二に限ってそんなあの猥談男子じゃあるまいし。でも不二だってぶっちゃけた話好み云々ではなく、単純に女として魅力がある人の方がそういう目で見やすいだろう。
 不二は島崎をどう思っているのか。そんなことを考えていたらとても読書や創作は手につかない。
 放課後。私は久々に埃臭い旧校舎の一角にある文芸部室に赴いていた。今話題の最年少芥川賞作家のお手並み拝見とばかりに『蹴りたい背中』を読んでいたが、全く内容が頭に入ってこない。仕方がないのでそれにステンドグラス風のジンベイザメのしおりを挟む。中学の修学旅行先の沖縄で寄った美ら海水族館で購入したものだ。
 そして窓際へと移動する。外のコンクリート階段を下った場所にあるテニスコートを見下ろすと、不二は非レギュラーの選手たちと一緒にラリー練習を行っていた。前のファスナーを開いたジャージは不二の動きに合わせてひらひらと揺れ、中に着ている青いTシャツが見え隠れする。部活動に勤しみ爽やかな汗を流す健全少年を見ながら、やたらシモの想像ばかりをしてしまう自分がひどく穢れた存在に思えた。しかし私だって思春期だ。そういう想像をしてしまう時だってある。
 そもそも私と不二は一体どういう関係なのか。私はそう自問自答しながら携帯を取り出して受信メールを遡った。
『キミのことを安全な場所へ逃がしてあげることもできないけれど、それでも僕はキミが好きだ。今はキミに対して時間を割くことができないから、あえて付き合ってほしいとは言わない。ただ、いつかキミにそう言いたいと思ってる。だからこれは本当に勝手なワガママなんだけど、できればそれまで、僕のことを好きでいてほしいな』
 合宿の時にもらったメールだ。あの時は『キザだなぁ』とか『いつまでも待ってやるぜ!』なんて浮ついた気分で流してしまったが、改めて考えるとこのメール文は意味深すぎる。不二から告白されてるわけだから両想いであることには間違いない。不二もそれを分かってる。では何が引っかかるのか。
「……あえて、付き合ってほしいとは言わない」
 その部分を声に出して読んでみた。テニス部の掛け声に混じって消えていく。つまり私たちは付き合ってないことになる。
 別に待たされていることに対して不満があるわけではない。ただ、付き合うなら付き合うでちゃんと言葉や区切りが欲しいし、付き合ってないならそれ相応のケジメが欲しかった。でもそんなこと言ったら間違いなく面倒くさい女認定されるだろうし。そんなことを考えながら頭を抱えていたその時だ。
 不二がふとこちらを見た。遠くて表情までは見えなかったが、小さく手を振ってくれたのが分かった。その仕草がなんだか可愛らしくて、私は手を振り返しながらもうケジメとかどうでもいいやなんて思った。

 そして私が不二の愛らしさに悶えていた直後、右手の中にあった携帯電話が震える。


prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -