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「あれ、まだ居たんだ。黒猫以外の子」
病室にいきなり入ってきた男は私を品定めでもするように上から下まで舐めるように見てきた。
はぁ、いきなり入ってきてそれはないでしょ?調教し直さなきゃ…と思いその男、いなレオちゃんを見据えた。
が、レオはまさかこんな所に私がいるとは思ってないのか、私からサラリと視線を流し、棗へと身体を向けた。
ちょっと、私を無視するなんてレオちゃんったら…どうしてくれようかしら?
そのとき古宵の後ろには大鎌を構えた死神が見えたそうな…
「紫堂、誰か入って来ないように見張っとけ」
レオちゃんはそう近くにいた一人の男に棗に目を向けたままそう告げるとニタリと怪しい笑みを浮かべた。
「まさか黒猫が入院してるなんて思わなかったな」
「なんのつもりだ」
レオちゃんがベッドに足を掛け、ギシッとベッドが音を立てる。
「収穫だな」
ハハッと嬉しげに声をあげ、ポケットへと手を忍ばせる。
そこから出てきたのはきちんと畳まれたハンカチのような物。
恐らく薬物などを染み込ませてあるのだろう。
その光景に古宵はまたこのこわぁ、と呆れる。
そして無意識に手が出ていた。
「…はぁ、何するつもりよぅ?」
私が出した手はレオの手を捕らえ、薬物の染み込んだハンカチは棗の顔の数センチ前でピタリと留まった。
「………」
レオちゃんの瞳は瞳孔を開き、私を捉え離さない。
それと同じように古宵もレオの手首を捉えて離さない。
暫しの沈黙が訪れ、ふとレオちゃんが口を開いた。
「…お前…燈月古宵…か?」
「え、今私にお前って言ったぁ?」
なぜかビクゥとレオの身体が跳ねる。それをみて私は口の端を持ち上げた。
ヤバいっ、楽しい♪
「あ…え、ごめんなさい…」
レオはカタカタを歯を鳴らしながら口を動かす。
あら、そんなに私怖かったかしら?
はて、と首を傾げる古宵
というより、私ってばれちゃいけないのよね?
だって棗もいるし、窓際に見えるあのツインテールは恐らく蜜柑だし。あらあら、オマケに隣にはスミレちゃんらしき人物の頭頂部も見えるわね。
ちょっとレオちゃんには黙ってて貰わないと…
「…おい、お前。棗に薬嗅がせとけ」
レオちゃんはメガネの男に命令する。
そして私だけに聞こえるような小声で囁いた。
「古宵…先輩…、どうして連絡くれなかったんですか…?オレは…オレは…」
私をベッドに押し倒し、尚も続ける。
「なんでオレを置いてったんですか…?オレのこと…嫌いになったんですか…?」
「…っ」
「それとも…ナル先輩と一緒にいたいから此処にいるんですか?」
次々と悲しそうに質問だけを浴びせてくる。
私は別にこんな哀しそうな顔をさせたい訳じゃなかった。
仕方がなかったのだ…
それは言い訳になってしまうかも知れないが
「…ナル先輩がよかったとか…俺カナリ悔しいんですけど?俺は捨てられたのに…」
「ち…がう…」
「捨てたも同然じゃないですか…俺は先輩が…」
私がナルと一緒にいたいと思ってる?
私はレオちゃんを捨ててなんかいない
だって私はレオちゃんを嫌っていないもの、だってレオちゃんは私の可愛い可愛い子猫だもの
「まず一つ言っておくとナルと一緒になりたいから此処に来た憶えは無いから」
「なら、また俺を飼ってくれますか?」
ニッと私の上から笑いながら降りる。
「ぅふふ、さぁ」
古宵も同様にニッと笑ってベッドの上から立ち上がる。
「棗を置いて出て行ってくださる?」
「それはいくら先輩の頼みとはいえ出来ません」
「『それはいくら先輩の頼みとはいえ出来ません』ねぇ…」
そう言った瞬間古宵はレオに対してテレパシーのアリスを使った
《レオ…私の可愛い可愛い子猫、詳しくは後で話してあげるから今は私を殴ったふりして一緒に連れていきなさいっ!!》
そう言った直後レオは私の首にトンッ手刀を入れた
ふりをした。
きっとレオちゃんは分かってくれたのだろう。いつもはレオちゃんとしか呼ばない私がレオ、と呼び捨てで呼んだのだから。
「燈月!」
棗の掠れたような声が耳に入る。ごめんなさい。
レオちゃんを止められなくて…
病室の外で蜜柑たちはただただ呆然とするしかなかった。
世界的スーパースターであるレオが何故こんな犯罪染みたことを…?
棗はレオが宵を殴った後、薬を嗅がされ気絶しているし、宵は何故かレオと親しげだった。
そして瞬間移動のアリスを使ってか、棗と宵は病室から一人の男と共に忽然と姿を消す。
レオたちは何事もなかったかのように病室を後にした。
「い…今のって…」
蜜柑が恐る恐る声を出す。
「棗…レオに連れて……」
「……っ」
すくんだ足を何とか動かし、パーマは走り出す。一度走り出したらもう足は止まることを知らない。
「何ボーッとしてんのよ!あれは……っ誘拐よ!!」
何が起こったん?
誘拐…って………?!
「……とにかくっ、レオを追うのよ!」
何で…何で宵と棗が……?!?!
戸惑いと不安、訳の分からないものが沢山押し寄せてきて、蜜柑は頭が働かないのを感じていた。
(ごめんね…可愛い可愛い私の子猫)
(やっと会えましたね、古宵先輩)
ごめんなさい…
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