きみが見る境界線


 部屋に着くと、トーマスは思わず「おお」と声を上げた。
 部屋の作り自体はシンプルだが、綺麗で豪華な装飾だった。
 シャワーを浴びに行こうとするクリスを、トーマスは服の裾を引っ張って引き留めた。

「風呂は後でいーだろ」

「しかし、汗が」

「今更そんなこと気にするような俺らかよ。何のために俺は浴衣を着てると思ってんだ」

 言うなり、浴衣が皺になるのもそのままに、彼女はベッドにぼすりと飛び込んだ。

「あー…ふかふか…」

「全く…」

 ギシッと音を立ててクリスの体重分、またベッドが沈む。
 クリスは彼女に覆い被さるようにし、髪をすきながら耳の後ろを擽った。

「ふふっ…擽ってぇよ」

「お前のその言い方だと、この浴衣は私が脱がせてもいいということだな」

 吐息と共に言葉を耳に送り込む。耳やその周りの皮膚を戯れに吸い、舐めてやるとトーマスははあ、と熱の籠った息を吐いた。

「いちいち聞くんじゃねーよ…俺がどうして欲しいかも全部わかってるくせに…」

「私はお前とは違う人間だからわからないな。ちゃんと言葉にして貰わなければ」

 意地悪く言いながら、彼はトーマスに触れる唇を離そうとはしなかった。

 段々戯れに焦れてきたトーマスが名前を呼ぶと、クリスは空いている手を彼女の手と重ね、口づけた。
 花火の時と同じように、トーマスの好きな口づけを施してやる。そして徐々に舌を入れ、歯や上顎の窪んだ部分を舌で撫でた。
 彼女が舌でクリスの舌をつつくと、次は舌同士を絡め、唾液が零れるのも知らずに吸い合った。
 決して情熱的ではなく、急ぐこともなく、まるで遊ぶかのような口づけに、少しずつ気持ちを昂らせていく。
 その間にクリスは浴衣の上からトーマスの背や腕、脇腹をゆっくりと撫でた。

 唇を離すと、トーマスは快感というよりも気持ちよさから、それに期待がない交ぜになって溶けた瞳でクリスを見つめた。

「そんな眼をして…私を煽っているのか?」

「別に、そんなつもりじゃ…」

「期待しているのだろう。私が今日はどのようにお前を攻めるのかと。…そうだな…今日は久しぶりに唇で色々な所を愛撫してやろう。例えば…」

 クリスの手がすっとトーマスの胸に円を描くように触れたかと思うと、脇腹、太股へと滑っていった。

 大好きな唇が自分の身体の至る所に触れるのを想像して、トーマスはごくりと喉を鳴らした。
 既に期待から秘所が密で濡れているということは、彼女自身まだ知らないことだった。

 横向きになっていた身体を仰向けにさせ、クリスは再びトーマスに口づけた。
 そして首筋から胸元へと、皮膚を舌先でなぞりながら降りていく。浴衣の合わせを広げ、鎖骨の辺りを強めに吸い、紅い痕を付けた。

「あ……んん…」

 首筋だと見えてミハエルや父に言及されるおそれがあるので、主に鎖骨や肩、二の腕、胸の谷間に紅い痕を残していく。

 クリスは必ず、行為をする度に彼女に所有の印を付けた。そしてその数は、身体を重ねる毎に段々増えていっている。
 直接聞いたことはないのだが、彼女はどうやら痕を付けられるのが好きらしい。
 全て終わった後、トーマスが、どれだけの紅い痕が付いているのか確認し、嬉しそうな、恥ずかしそうな表情でそれを数えているのをクリスは知っていた。

 一通り痕を付けると、クリスはトーマスの浴衣の帯を外し、浴衣の合わせを広げた。布一枚で覆われていた身体が彼の前に顕になる。
 布と一緒に下着も外し、ベッドの下に落とした。

「あんたも脱げよ」

 自分だけ丸裸なのは流石に気が引ける。トーマスはクリスのシャツに手をかけると、ボタンを外して脱がせた。それも、ベッドの下に落とす。
 シャツを脱ぐとクリスは再びトーマスに覆い被さった。隔てるものがなくなった胸と胸を合わせるように抱き締める。
 そして再び、双つの鼓動と共に唇を重ねる。口づけながら、空いている方の指先をトーマスの肌に触れるか触れないかの所で這わせた。

「あっ…」

 胸の頂点を掠めると、ビクリと彼女の身体が震えた。
 クリスは片方ずつ大きな膨らみを揉みながら、肝心な部分には本格的に触れず、掠めたり指先で周りに沿ってくるくると円を描いた。
 そして唇で胸の下部や谷間をなぞるように愛撫し、印を付ける。さらに脇腹や臍周りにも同じように愛撫を与えた。
 指先が突起を掠める度に、もどかしい感覚が廻り彼女の腰を震えさせた。

「はっ……はぁっ…ぁ、クリス…。クリスぅ……」

「ん、何だ」

 トーマスは涙を湛えてクリスを見やる。その眼が何を求めているのかはわかったが、クリスは敢えて聞き返した。

「何だ、じゃねーよぉ…いい加減触ってくれよ…」

「何を?お前の身体には触れているつもりだが」

 意地悪なクリスを、トーマスはきっと睨んだ。
 本当に触って欲しいのはそこじゃない。 求めている部分は触らずとも、ぷっくりと勃起して自らを主張していた。

「乳首…触って欲しくってもう勃ってんだよぉ…!っ…舐めてくれよぉ…!」

 胸を浮かせて、クリスに押し付けるように主張する。
 切羽詰まったトーマスのお強請りに、クリスは今まで触らなかったそこをぴんと指で弾いた。

「っひゃぁ、あぁん!っ…!」

 少し触っただけで、トーマスは喘声を上げてぞくっと背中をかけ上る快感に悶えた。
 より感じる左の突起を口に含んで吸うと、更に悲鳴を上げた。

「やぁっ!あぁああっ!…っひ、ひだり、はぁっ!やらぁっ…!」

「触って、舐めて欲しいと言ったのはお前ではないか。お前の望み通りにしているのに、なぜ嫌がる?」

 舌先で頂点を掠めるように触れたと思えば、突起を転がすように舐め、痛いと感じる手前のギリギリの強さで吸う。
 緩急を付けた愛撫に、開拓された左胸から得られる快感は確実にトーマスの理性を削り取っていった。

「だっ…!だってっ……!…そ、そこ、だけでぇっ…!んっ…変になるよぉっ…!ひあぁあ!」

 いやいやと首を振って悶えるが、顔を離すと「止めないで」と言ってクリスに泣きつく。
 そんなことを繰り返しながら長い時間胸への愛撫をしつつ身体を撫でていると、突然大きくトーマスの背中が反り、ビクンと身体が痙攣した。

「お前…まさか、ここだけで…」

「言うな…ばか…っ」

 涙で眼を腫らし、力なくトーマスはクリスを睨み付ける。
 2ヵ月前まで処女だったとは思えない程に、彼女の身体はクリスによって拓かれてしまっていた。

「まだ触ってすらいないが、ここはもうすごいな」

 クリスが軽く指でつつくと、ひくひくと入り口を収縮させながらとぷりと蜜を溢し、シーツに染みを作っていた。

「入れんなら別にいいぜ…。俺はもう準備万端だからな…」

「そう急ぐな。時間はあるのだから。ゆっくりとお前の身体と反応を堪能させてもらう」

 彼女の頬を撫で、繋いだ手の甲や手首に口づけながらふっとクリスは微笑んだ。

「愛している、トーマス」

「っ…!」

「可愛らしかった。お前が達する瞬間の顔。どこへも遣りたくはない…世界にたった一人、私が愛する可愛い妹」

「お…俺だって…!あんたが俺以外のものになるなんてやだ…!俺もあんた以外考えられねぇ…ずっと…全部俺だけのもので居ろよ…!」

 クリスから贈られた言葉に酔わされ、自分もありったけの想いを紡ぐ。
 唇を重ねる度に、言葉を聞く度に毒が回ったように、甘い痺れに全身が包まれた。

「なら…その顔をもっと見せなさい。私だけに」

 クリスは口づけの対象を下半身へと移した。
 トーマスの脚を開き、太股の内側に唇で触れ、そこにも痕を残した。そして舌先で、脚の輪郭を辿る。
 クリスを見つめていると、指先を食む彼と目があった。彼は眼を細めて笑い、彼女の目を見ながら舌を出して脚を舐める。
 彼の端正な顔に、また愛撫されている姿をまざまざと見せつけられ、トーマスはまた喉を鳴らした。

 脚の付け根に再び戻りそこを吸うと、秘所が期待で更に蜜を溢した。
 今まで焦らしに焦らして触れて来なかったそこはもう決壊したように止めどなくシーツを濡らし続けている。
 クリスはその止めどなく溢れて来る蜜を舌で掬い、全体を濡らすように上へと舐め上げた。

「あ…あ、ああっ!あぁあんっ…!」

「濡れて光って…卑猥な色をしている…。無自覚に男を誘って…悪い子だな」

「あんっ……ぁうぅっ…!あんた…がは…はやく…触ってくれねー…のが、悪いんじゃねーかぁぁっ…」

「では待たせた分、お前の好きなようにしてやろう。どうされたい?」

「言わせ…んなよぉ…クリス…なら…何されてもっ…あぁ!っ…いいっ…からぁ……」

「全く、素直じゃないな…お前は。言えば、お前の望み通りにするのに。ここは、触って欲しがっているぞ」

 秘所を開き充血した芽に舌を這わして舌先で優しくつつくと、途端に彼女の腰が跳ねた。

「っやぁ!!あぁっ!」

「それとも、ここではないか?」

「そこっ…が…いいよぉ…!クリ…舐められんの…好きっ……だから、お…俺の…好きなとこ……いっぱい…舐めて欲し…」

 クリスの誘導に乗せられ、まるで自白剤を飲まされたように「欲しい」と勝手に口から言葉が転がり出てきた。
 クリスは再び秘所に顔を埋め、トーマスの弱点を徹底的に攻めた。
 彼女はクリスの頭を抱え込んで、腰を揺らしながら喘ぐ。

「あ……あ…あぁ…あっ!クリスっ!クリ…スっ…!イくっ……ま、また…イっちゃうっ…っ!」

 トーマスは歯を食い縛り、ピンと身体を張りつめて二度目の絶頂を迎えた。
 それでも止まることなく、クリスは愛撫を続けた。それどころか、蜜を溢し続ける孔に指を入れてきたのだ。
 そのまま指を曲げ、中にあるしこりを押す。
 達してなお迫り来る強い快感に、トーマスは悲鳴を上げた。

「やっ!やあああぁぁ!も…もう、イったっ!イったからぁっ!クリスぅっ…ああっ!ああああ!!」

 クリスがそれでも愛撫を続けると、トーマスはある異変を感じた。突然、尿意を催したのだ。
 流石にマズイと、何も考えられなくなった頭によぎり、トーマスは泣きながら訴えた。

「クリスっ…ぁうっ!っ…クリス!何かっ…出るっ!あああ!出そうっ!このままっ…だと、漏らしちゃう…!」

 かなり切迫した顔で訴えたが、クリスはと言うと、こともあろうか秘所から顔を離し微笑んだだけだった。

「大丈夫だ…ここで出せばいい」

 トーマスに考える隙を与えない為か、中の動きが先程より激しくなった。溜まっていく尿意と襲い来る快感に、何も考えられず唯泣くことしかできなかった。

「やだああっ!!いやああぁっ!クリスっ…もぉっ…!許してぇぇ!ぁ…あああっ!ああああぁあ!!」

 泣き叫ぶ彼女の尿道から勢い良く液体が飛び出た。数回にわけて、大量の液体がシーツを濡らしていく。
 大きく身体を痙攣させながら、トーマスは溜まったものを放出させる快感と、漏らしてしまいそれをクリスに見られた、という事実に、茫然と身体を脱力させた。
 クリスはゆっくりと指を抜き、思考を飛ばしているトーマスの身体を抱き締めた。
 クリスの腕に包まれて意識を戻すと、心なしか嬉しそうに微笑む彼と目があった。
 微笑む彼とは反対に、トーマスは顔を歪めた。

「クリスのっ…ばか!変態!おれ…俺が…漏れるって言ってんのにっ…!信じらんねー!」

「そう怒るな。お前が出したのは尿とはまた別の液体だ。その証拠に、透明で臭いがしない。…潮吹きというのを、聞いたことはないか?」

「…へ…?潮……?」

「男で言う射精のようなものだ。気持ちよかっただろう」

「ばか……脳みそ溶けて使い物になんなくなって、俺が壊れちゃったらどうするんだよ…」

「その時は私が責任を取るだけだ」

 力強いクリスの言葉。彼になら壊されてしまってもいいかも知れないと、ふと思った。
 思考の中でクリスに見られているのに気付き、恥ずかしさから顔を逸らした。

「じゃあ次は…クリスの舐めてやるよ」

 トーマスはふらりと起き上がり、クリスのスラックスに手をかけた。
 脱がす前に、男根のある場所を撫でてやる。それは先程のトーマスの痴態を見て反応を示していた。

「へへっ…半勃ちじゃねーか…涼しい顔してムッツリだなクリス」

「お前の可愛らしい姿を見ていたからな。男なのだから、愛する女性の痴態を見て何も反応がないわけないだろう。特にお前が潮を噴く姿ときたら」

「わぁーかったって!それ以上言うな!」

 恥ずかしいあの場面を蒸し返すように言うクリスの言葉に赤面し、言葉を遮った。
 スラックスと下着を脱がせて、現れた男根をきゅっと掴んで擦った。ドクドクと血管が脈打つのが手のひらを通して伝わってくる。
 少し擦った後、はくりとそれをくわえ込んだ。喉まで導き、音を立てて吸いながら口で扱く。
 クリスのは大きくて口には入りきらない。入らない部分は指で擦り、時折口から離して舌で側面や裏筋を下から舐め上げた。

「ふっ……んん……」

 クリスの荒い息と小さな喘ぎ声が頭上から聞こえてくる。
 愛撫をしながら上を見上げると、優しくトーマスを見守るクリスと目があった。

「んっ…気持ちいい?クリス…」

「あぁ、気持ちいいよ…。先端や、裏筋を…お前の舌が通る度に、脈打っているのが、わかるか…?」

「すげ…ビクビクいってるぜ…先走りも出てて…苦い…」

「そうだな…お前の口の中が、気持ちいいから…」

「ん……ふ…あんたは…口で満足かよ……」

「いや、口もいいが…お前の中に入りたい…。良く締め付けてくる中を掻き回し、浅いところから子宮近くまで、くまなく穿ちたい」

 クリスの直接的な欲望に、ぞくりと背中が震えた。
 さんざん自分に恥ずかしい思いをさせた仕返し、と思ったのに、今くわえているものが自分の中で動き回るのを想像して、また秘所が熱を持って湿った。

「あぁ…もういいよ、トーマス。我慢のきかないお前のことだ…。焦れて来ただろう」

 クリスは頬に手を滑らせ、トーマスの口から男根を離し、ベッドに再び押し倒した。
 彼の言っていることは悔しいが事実であった。身体の奥が疼き、クリスへの奉仕どころではなかった。
 挿入される前に、キスをしたいと思い避妊具を着けているクリスを見る。
 着け終わったクリスは、彼女に覆い被さると、頭を撫でながら自然に口づけてきた。

「ん…っふ……クリスってすげぇな」

「何が」

「セックスしてる時…俺がキスしたいって思ったら、すげぇタイミングでいつも来るからさ」

「考えていることが同じだからではないか?」

「え……」

 好きな人と考えていることが同じ、というのは女にとって幸せなことだった。
 唯身体を重ねているのではなく、心を通わせられている…それを感じられるからだ。

 しかし思ったタイミングでキスを貰えても、肝心なものはいつも焦らされっぱなしだった。
 クリス曰く、我慢がきかなくなって涙ながらに強請ってくる姿がいいらしい。
 今も、クリスは男根を挿入はせずに秘所に擦りつつ快感を高めている。
 早く入れて欲しくて彼女の腰が勝手に揺らめいているのを知っていて、わざとそうしているのだ。
 トーマスから欲しいと言わせる為に焦らしているのはわかっている…わかっているはずなのに、快感に直結した脳は更に快感を求めており、なりふり構ってられる状態ではなかった。

「クリス……クリス…」

「何だ?…腰、揺れているぞ」

「誰のせいだとっ……早く欲しいんだよっ…!も…おかしくなりそう…」

「何をしても頭が狂いそうになるのは同じだがな、お前は」

「だったらっ…!俺のこと…ぶっ壊せよ……クリス以外のこと…考えらんねーように…俺をぶっ壊してくれよぉ!」

「…その言葉、後悔するなよ」

 クリスは入口に焦点を定め、腰を進め始めた。
 彼の熱い杭が中の壁を引きずりながら奥へ進む。その熱さや、中を満たされる感覚、そして敏感な場所が擦れる感覚が鋭い刺激となってトーマスの背中から頭まで貫いた。
 クリスが最後に根元まで押し込み、奥を突くと、トーマスは声にならない声を上げて背中を反りかえらせ、全身を脈打たせた。

「ひっ……あぁ、ぁっ…!」

「今日…何度目だ?」

「ひっ…!もっ…わかんなっ…よぉっ!か…から…身体がっ…勝手に…!っぁ…っ………もぉっ…おれっ…イきすぎ…ってんのにっ…!っ止まんないぃぃっ……!」

「まだいけるな?」

 クリスはぐちゅっと音を立てて中を掻き回し、トーマスの脚を抱えて中の色々な所を突き始めた。
 彼女の中は身体を重ねていくうちにクリスの形に適合するようになっていた。形に合わせてぎゅうぎゅうと内壁が絡み付く。
 トーマスの身体は達する中で再び達し、最早痙攣が止まることを知らなかった。クリスが動き、中を突く度に激しい電撃が彼女を襲う。

「ああああっ!イくっ…!またイくぅっ!ゃあぁあっ…!っぁ………ぁ…しぬっ…!!おれ…おれっ…!しんじゃうっ!あっ!あっ、あぁっ!」

「お前がっ…壊せと言ったのだ……。私の腕の中で…存分に理性を壊してしまうといいっ…」

「あああっ…!ク…リス…クリスっ……あぁ…ああああっ……!…っ!……」

「トーマス…愛している…。私の為に、死んでくれるか……」

 クリスの囁く愛の言葉は、耳に入っても、快感を得ること以外に脳が働いていないため、言葉として拾われることはなかった。眼は映像を結びクリスを映し出すこともなく、焦点が合わないまま唯開かれていた。
 手足は完全に脱力しており、唯達する瞬間にピンと反射的に張り詰めるだけ。呼吸もままならず、口は酸素を求めてぱくぱくと開き、息なのか声なのかわからない音を出し続けている。
 今の状態を表現するならば「死にそう」という言葉が最適だった。

 結局あまりの快楽に、クリスが一回達するのを待つことなく、トーマスは失神してしまった。



 トーマスが意識を取り戻し、眼を開いたのは明け方前だった。部屋は情事の空気を残しながら、今は静寂に包まれている。
 ふと隣を見ると、クリスの寝顔が眼に入った。 優しく光る蒼い宝石は閉じられていて今は見ることができない。いつも幸せをくれる魔法の唇も、今は静かな寝息を立てている。
 腕はしっかりとトーマスの背に回されていた。

 いつもと違う場所で、盛り上がっていたというのに、肝心な本番での記憶が彼女にはほとんどなかった。
 唯クリスが挿入した瞬間から気を失う寸前まで、脳が溶けてしまう程、息ができない程気持ち良かったことだけ覚えている。
 いつもなら体位を変えたり浴室に移ったりして二回三回とするのに、たった一回で、しかも途中で失神してしまうというのは初めてのことだった。

 トーマスは目の前のクリスにぴたりとくっつき、胸に顔を埋めた。規則正しい心臓の音が、安心させる。
 ふいに背中に回されていた手に抱き込まれた。驚いて顔を上げると、クリスの蒼い宝石がトーマスを映していた。

「今日は…無理させてすまなかったな。やりすぎた」

「なんか…よく覚えてねーんだけど…俺…気絶してた?」

「ああ」

「気持ち良すぎて…死ぬかと思ったぜ」

「私も生死だけは確認した。突然動かなくなったからな」

「クリスは…イケた?」

「ああ。失神した後も筋肉は反射作用で動いていたからな。驚く程絞り取られた。脳が動いていない方が逆に」

「あんた……絶対アレだろ……俺が死んだら、俺の死体とヤりそうだよな」

「まさか…。お前が私より先に死ぬことはないと思っている。こういったことで死んだりしない限りは」

「こういうのは時々でいいや…本当に死ぬか、死ぬくらいのやつじゃないと満足できなくなっちまう」

「すまなかったな。次は抑えよう」

「でも…俺がどうしても死にたくなったら……殺してくれるよな?クリス」

「お前が望むなら」

 愛に包まれた物騒な会話。愛する者に生命を委ね、握った者にだけできる睦言。
 そんな幸せな世界で、彼らは再び唇を重ね合ったのだった。

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