12.決断


 公会堂での騒動から一週間が過ぎた。
 反乱軍との戦争は現在和議の為に休戦の状態であり、当の首謀者達は一旦処分を保留にされ王宮に監禁の状態。事態はベクターの声一つで決まる。しかし彼がそれに対して動く気配はなく、未だにこの問題の行く末が見えないことが王宮の面々の心中に暗雲を映し出していた。
 捕らえられた者達を一週間も生かしておくなど、ベクターにとっては珍しいことであった。即日、もしくは遅くとも次の日には処刑せよとの命を下していただろう。今までのベクターならば。それをしないのは、ひとえに今までになかった存在があるからなのだ。
 ベクターは方向性の見えない会議を終わらせた後、自室ではなくある場所へと足を運んだ。城の最上階、最奥にあるメラグの部屋だ。ベクターは城へ帰ってから毎日、時間が空くとこの部屋を訪れていた。
 部屋の扉を粛々と護衛する兵を退かせて部屋に入ると、医師がメラグの腕をとって体温と脈を測っているところであった。

「メラグの様子はどうだ」

「お変わりありません」

 ベクターの問いに対し、静かに頭を頭を下げて答える医師。その様子を見て、ベクターは僅かに口角を上げた。

「ということは…まだ意識が戻らないということだな」

「……左様でございます」

 重々しく、口にするのを躊躇いながら医師は答える。メラグの変わらない容態にベクターの腹の虫の居所が悪くなることを怖れているのだろう。しかしベクターは彼に対して怒りの声を上げることも焦燥を見せることもなくクツクツと渇いた笑いを零すのみであった。

「処置が終わったのであればお前は退がれ」

「はっ…」

 医師がそそくさと退室するのを見届けた後、ベクターは彼が座っていた椅子に腰かけた。寝台に寝かせられたメラグはいつもと変わらない様子で眠っている。
 手を握ってみると、仄かに温かい。口元に手を当ててみると、息が吹きかかる。生きている。彼女の身体は生命を維持する為に相応の働きをしている。それなのに、瞼は閉じられたまま。口は呼吸の音以外を奏でることはなく、身体も全く動くこともない。そんな状態がずっと続いていた。
 メラグは命を取り留めている。しかしこれは果たして、"生きている"と言えるのだろうか?

「和議など…開かなければ良かったのか」

 ここでベクターが問いかけるのはいつも同じこと。和議を開かなければ、メラグは傷つかずに済んだ。こんな、生と死の狭間を彷徨わせることもなかったのだ。彼女を信じたことが、彼女を傷つけるという結果に至ってしまった。人を信じたのが間違いだったのか?しかしもとはといえばそうなってしまったのはひとえに国を危機に陥れた、己の愚行によるものではないか。
 一体どこから悔いればいいのか。ベクターの心にやりどころのない負の感情だけが渦を巻く。後悔を遡っていけば自分が王になったこと、ひいてはこの国に生を受けた運命それまでもが憎く思えるのだった。

「俺はどうすればいい…」

 呟きながら、メラグの手を握る手に力が籠る。自分自身に問いかけている半面、彼女に問いかけたものだった。当然、返答はない。ベクターは彼女の手を更に握り込み、痛いと感じるであろうところまで、力を入れた。反応してくれれば…そんな淡い期待を籠めて。しかし変わらず白い瞼が下にある赤い瞳を覆ったまま、メラグが目を覚ます気配は一向になかった。
 ベクターは諦めたように眼を閉じて、ふっと全身から脱力するように手を離して立ち上がった。そのまま不確かな足取りで扉の前まで赴き、もう一度メラグの寝顔へと振り向いた。

「待っていろ、メラグ」

 ベクターはそう一言投げ掛け、部屋の扉を閉めた。

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