【よかれと思って】ベクターが、してあげるっ!【ミザエル編】


「ったく、ミザエルはいつ話しかけてもおっかねぇな」

 翌日、ベクターは体育館倉庫に収納されている跳び箱に座っていた。以前、ドルベのアナルを開発してやった場所だ。あの後半分命令するようにミザエルに体育館倉庫に来るように言い付けると、彼はただ黙って頷いた。

 七皇が人間に転生して以降、ミザエルは天城カイトといい感じになった。月面で何があったかは知らないが、あの堅物の心を揺り動かすような出来事があったのだろう。本人は気づいていないようだが生まれ変わった彼はわかりやすい程に幸せオーラに満ちていたから、七皇誰もが気づいて悟った。
 そんなミザエルの虫の居所が悪いことを知ったのは少し前からだ。いつも無表情で気に入らないことがあるとすぐに苛々する彼だが、最近は苛々というよりも常にもやもやとしていることが多かった。普通のことで悩んでいるとするなら、誰かしらに不満や悩みを言うだろう。しかし、彼の行動を見ている限り誰かに何かを相談している形跡は見られない。とすると、誰にも言えないこと…つまり、セックスでの悩みだとベクターは考えた。

 偶然カイトからの着信に盛大にため息しているミザエルを見たからかまをかけてみると、案の定、であった。ミザエルは根が真っ直ぐだから隠し事ができない。それに正面から疑うことができず、言われたことを真に受けてしまうタイプだ。少しハッタリを混ぜながらも得た事実を並べて外堀を埋め立ててやれば、一気に陥落した。ベクターに対しあんなに嫌悪感を示していたのに、最終的には洗脳されたように頷いた。
 しかしこれでミザエルの弱みを握っておけば、ベクターに対し好き勝手な態度もできなくなるだろう。いい加減彼の偏屈な態度に何とかならないかと画策していたところ、ベクターにとっては思わぬ収穫となったのだ。

「お、来たか」

 ガラッと体育館倉庫の扉が開く。やはり、律儀な彼はバックレることはできなかったようだ。ミザエルは埃っぽい倉庫の中に何事もなく居るベクターを見て、眉を顰めた。

「こんな所でか…」

「仕方ねーだろ。誰にも知られない場所とくれば、ここしかねぇんだ。それともウチで、皆にバレてもいいのか?」

 とりあえず跳び箱から降りてミザエルに近寄り、腰に手を回した。拒絶はなかったが、ベクターよりも頭一つ分出ている身体がビクリと震える。
 今のミザエルは不快感よりも恐怖心を前面に出しているようだ。顔を合わせただけで苛々されるよりはマシだが、これはこれで何とも言えない気持ちになる。しかし彼の心の方は、ガッチリと掴むことはできているようだ。

「一体何をしようというのだ」

「んー、お前の身体がどこまでセックスに向いてるか試してやろうと思ってな。百聞は一見に如かずって言うだろ?」

「わ、私の身体が目的だというのか!?」

「人聞き悪いこと言うんじゃねーよ!俺は男の身体なんざ抱きたいと思わねー。これでも俺はお前の悩み、解決してやろうと本気で思ってんだぜ?俺はこんなに親身になってるっていうのに…泣けてくるぜぇ」

 今にもこの場から逃げ出したい、という顔をして後退りをするミザエル。感傷に浸るような冗談を交えながら逃げるのか、と投げかけてやれば、すぐにムッとした顔で戻ってきた。

「お前の悩みって、アナルが感じないとかそういうところだろ?」

「な……なぜ、それを……」

「なんとなーくな。セックスに悩む奴って大体テクニックがないか感じないかのどっちかだからな」

「そもそもあんな場所、感じるわけがないだろう!痛いだけだ」

「やっぱりな。セックスが痛くて、それで悩んでんだ。でもちゃーんと開発してやれば感じるようになるんだぜ?」

 悩みをズバリ言い当てられて悔しそうな表情を浮かべたミザエルだったが、希望を含ませたベクターの言葉に眼が少し大きくなった。そんなことが、と半信半疑で聞いているようだ。

「前立腺って知ってるか?男の尻の中にある性感帯。そこを開発してやれば感じるようになるんだよ。この俺が、お前の身体を感じられるように開発してやる」

「感じられるように……?その話、本当なんだろうな」

「嘘じゃねぇーよ。そうやってドルベも開発してやったんだ。俺やっさしーだろ?お前とカイトの為に手助けしてやる俺、仲間思いだよなぁー。だから、俺に色々させてほしいワケよ」

 迷っているのか、ベクターの言葉を吟味しているのか。ベクターが腰に回した手を擦るように動かしても彼は動きを見せなかった。それをいいことに、彼を敷いたマットに座らせ、綺麗な金髪をすきながら軽く抱き締めてやる。同じ男のはずなのに、ミザエルはいい匂いがする。
 ベクターはミザエルの返答を待っていたが、彼は動かないまま、うんともすんとも言わない。まさか、と思って肩に手をやると案の定ガチガチに張っていた。

「ミザちゃーん。してもいいの?」

「その為に私を呼んだのだろう。概要はわかった。なら…さっさとしろ」

「そう言われてもな…。そんなに緊張されたらすることできねーよ」

「し、仕方ないだろう。緊張するものはするんだ」

 これはセックス指南や開発どうこうに入る前の問題だ。アナルセックスの経験者だからドルベよりもマシかと思ったが、経験の上これではマイナスからのスタートかもしれない。

「まあそりゃそうだろうけどよ。まあー嫌われてる俺じゃあそう簡単には身体許しちゃくれねーか。なあ俺、どこが駄目なんだよ?」

「全部。お前の存在が駄目だ」

「むっかつくなー……」

 小さくぼやきながら、ミザエルを怖がらせないように背中を優しく撫で続ける 。嫌われてるのは知っているが、そこまでなのか。まあ、彼の神経をわざと逆撫でして面白がっていたのは事実だし、それが招いた自業自得な結果なのだが。
 ここで強引に進めようとしては、ミザエルを更に怖がらせ拒否させてしまう。初期のアプローチはマイナスイメージが強い分、忍耐力が問われた。
 媚薬でも持って来りゃよかったかな、と思いながらしばらく撫でていると、ミザエルがはぁー、と大きく息を吐いた。震えながらだが、徐々に力が抜けていく。

「お前…少しは変わったようだな。……もっと、力ずくで私を押さえ込んでくるかと思った」

「へ……言ったろ、お前の力になってやるって。俺を信用しろとは言わねえよ。だけど今だけでいい、俺に身体を預けて、楽になれ」

 我ながら臭い台詞を吐くものだと、ミザエルにバレないように小さく笑った。ベクターの声が届いたのか根負けしたのか、フッという息の音と、今回だけだからな、という言葉が聞こえた。まあまあ、可愛くない奴だ。それを合図にするように、ミザエルをマットに寝かせる。

「ちょ……顔が近い!」

「んだよ、セックスのときキスするだろ普通。お前を抱くわけじゃねーけど、いいだろ別に」

「カ…カイトは特別だ!身体は良いが、唇は駄目だ」

「なんだそりゃ」

 本命以外には、身体を触らせても頑なにキスはさせない、と決めているようだ。身体を触らせてるんだから変わらないだろう、と思うが本人の中では意味するところが違うらしい。律儀にカイトに対して操だてしているつもりなのだろう。

 拒否されているところに無理矢理したとしても益々ミザエルの機嫌を悪くするだけだと悟ったベクターは、唇以外の部分に口づけ始めた。皮膚を撫でるキスは快感を引き出す下準備だ。優しい感触がじわりじわりと性欲を昂らせ、身体をその気にさせる。
 キスをしながらネクタイを解き、シャツの前を開いた。性感帯だと思える部分を掠める度身体が跳ね、彼の息が徐々に上がっていく。身体の感度は、悪い方ではない。ベクターは鎖骨を舌でなぞりながら、胸に手を伸ばした。

「あっ、……」

「お、ここ感じるんだあ?」

 指先が触れると、ひくりとミザエルの喉が震えた。乳首はちゃんと開発されていて、感じるらしい。乳首の快感は前立腺に直結していて、ここが感じるとなると大抵は早く開発できる。
 ぷくりと勃った乳首を指と舌で転がす。ミザエルは快感に耐えているらしく、手で口を覆いながらふー、ふー、と荒く息を吐いた。

「感じてんなら声出していいぜ」

「や、っ…だれ、が……っ」

「恥じらってんのもかわいーけどなあ」

「うるさっ……あっ!」

 いつもの鋭い眼で鷹のように睨まれると怖いが、快感に濡れた眼で凄まれても全く怖くはない。反抗的な彼に悪戯心が芽生え、それまで優しく触っていたのに少し力を入れて強めに押し潰すように触ると、ミザエルはきゅっと眼を閉じて思わず、というように声を上げた。
 ミザエルは顔立ちがいい。女装させれば例え胸がなくても女として見られる程。長い髪を振り乱し、恥じらいながら快感に必死に耐えている顔は男の眼から見てもゾクゾクとくるものがある。ベクターはいつの間にか彼を女に置き換えて多少なりとも興奮していた。先程から股間が痛いのだ。彼のアナルを開発することが目的なのに、うっかりその目的を忘れてしまいそうだった。

「脱がすぞ」

 しかしミザエルの下を脱がし勃起し始めた陰茎を見た瞬間、ベクターは我に返った。硬い身体は大丈夫でも、さすがに勃起した男の象徴を見て興奮はできなかったのだ。些か冷静になってバッグからローションを取り出す。
 ミザエルは下半身を晒されていることに羞恥を感じたのか脚を閉じて擦り合わせていた。

「ミザちゃーん?」

「じろじろ見るな、恥ずかしいっ…!」

「あ?今更恥ずかしがることかよ。カイトに見せてんだろ、いつも。そんなことしてると、もっと恥ずかしい格好になるだけだぜ?」

 感じてくれているのは嬉しいが、勃起している陰茎はどうでもいいのだ。閉じたままの脚を更にぐいっと上にして、アナルが上に向くように身体を曲げさせた。脚が閉じていようが、アナルが見えれば問題ない。

「ベ…ベクター!」

「言ったろ?お前が強情だから更に恥ずかしい格好になるってよ」

 しばらく片手で脚を支えたままアナルにローションを塗っていたが、観念したのか体制的に辛くなったのか、ミザエルの股がゆるゆると開いていった。
 しかし肝心のアナルの方は触られている緊張感からか、力が入って締まっている。ベクターはまず、入り口周りにローションを塗りながら撫でていった。

「入れ…ないのか?」

「なあに?入れてほしいの?」

「そんなつもりで言ったのではない!」

「こんなに締まってて入れられるわけねぇだろ。俺の指が折れちまうぜ」

 アナルに力が入っているのは、彼の拒否反応だ。痛みを伴う経験しかないから。それがある以上、なかなか侵入を許してくれないだろう。ここは根気の勝負だ。彼が折れるか、自分が諦めるか。しかしベクターは忍耐力においては彼よりもある自信があった。
 念入りに入り口周りの筋肉を指で揉み解していく。根気よいマッサージのお陰で次第に根負けしたらしいミザエルの尻の力が緩まってきた。その一瞬の隙を狙って中に指を挿入する。挿入の経験があるから、最初から人差し指を入れても問題なく入った。

「痛くねぇか?ま、あれだけ撫でてやったんだから大丈
夫だろ」

「い、痛くはない…!けど、変な感じ……」

「おい、深呼吸してケツ筋開け。俺の指がちぎれる」

 相変わらず下っ腹には力が入り、腹筋がピクピクと動いていた。指を押し出そうとしているようだが逆にベクターの指を締め上げるように入り口が締まる。入れたといえども尚彼のアナルはガードが固く、一筋縄ではいかないようだ。
 ミザエルの呼吸を見ながら、陰茎に手を伸ばして軽く擦ってやる。不意打ちのようになって驚かせたらしく、ミザエルはあっ、と小さく悲鳴を上げて身を捩った。構わず扱いていくと彼の下半身から力が抜け、比較的指が動かしやすくなった。入り口付近を押し、異物に慣らすように広げていく。

「そうだ、できんじゃねーかよ」

「はぁ、はぁ…」

「あとは自分で扱け。普通にオナニーしてりゃいい」

 中を解していきながら、再度胸へと手を伸ばし、乳首を刺激した。乳首、そして陰茎への刺激があればそちらに気を取られてアナルへの緊張感が薄れる。尻の筋肉が緩まっているうちに、前立腺を探した。

「この辺にあるはずなんだが……なあミザエル。触られてて違う感じがしねーか?」

「わ…わからない……」

「痛ぇ!力抜けって。ったく、お前はこんなところまで強情なんだからよぉ」

 大抵は入り口からそう遠くない所に目的とする性感帯があるのだが、ミザエルは見つかりにくい体質なのかもしれない。乳首を刺激したり、会陰を刺激したりしながら、じっくりと探していく。時折尻に力が入り妨げられそうになりながらも、炭鉱の中で宝石を探すようにゆっくりと中を撫でた。
 しばらく撫でていると、ふと硬くなっているしこりを掠めた。これか?と指でつつき、押すように撫でてみる。

「どうだ?ここ、何か感じねーか?」

 ミザエルは眉を顰め、不快感を顕にしている。感想を聞いてみると、耐えられない程ではないが鈍い痛みを感じる、と言った。先程までの感じとは違うから、ここが前立腺であることには間違いない。しかし不快感を感じるなら、開発は全くと言っていいほど進んでいないだろう。
 きっとカイトが苦労して探しているのに見かねて、ミザエルが入れろと演技をしていたのだろう。よくもまあ、こんな身体でセックスに及べたものだ。カイトはきっとその後罪悪感に苛まれたに違いない。

「っふ…ぅ…!」

 喘ぎとは違う、息を詰まらせたような音が聞こえてきて何事かとミザエルの方を見る。途端にベクターはぎょっとして手を止めた。彼の大きく開いた眼からぼろぼろと涙が零れている。快感からくるものではないということは明らかだった。

(おいおいおい…俺が泣かせたのか?)

 これ以上開発を続けるのは、彼にとっては負担にしかならない。今日は目的の場所を見つけるだけでも収穫だったのだ。ベクターは指を抜いて拭き、ミザエルに声をかけた。

「大丈夫かー?」

 ミザエルの身体を起こしゆっくりと抱き締めてやると、彼は肩口ですがり付くように泣いた。いつもの彼らしくない弱々しい姿を見せられるとおちょくってやろうという気分にもなれない。どうしたものかとやる瀬ない気持ちを持て余したまま、とりあえず落ち着かせるように背中を擦った。

「本当に、感じるようになるのか…?それとも、私の身体は…異常なのか…?」

「すぐに感じるようにはなんねーよ、あんなとこ。ま、かかる時間は個人差だけどな。今日は見つけられただけでもいいんじゃね?」

 ベクターが思っていた以上に、アナルが感じないというのはミザエルにとって深刻な問題のようだ。それほどに、カイトのことが好きなのだろう。しかしアナルの開発もそうだが、セックスそれ自体において彼には課題がある。

「とりあえずお前はリラックスするのに慣れろ。てかお前、カイトとするときもあんな感じなのかよ?」

「触られるのは気持ちいいが…どうしても緊張が抜けないのだ。触られると、身体が固まってしまう」

「それじゃー意味ねーよ。セックスってのはなあ、エロい気分のまま盛り上がって気持ちいーのが一番なんだよ。淫乱になれとは言わねーが、もうちっと自然体になれ。マグロちゃんよりやらしい奴の方が好感度上がるぜ」

「そんなみっともない格好…カイトの前でなんてできるはずがない…」

「お前それじゃーカイトが可哀想だな。それともお前、俺のことはまだしもカイトのこと信用してねーのか」

「勝手なことを言うな。信用してないわけないだろう!」

「いいや、してねーな。信用してないから思い切って身体を任せられない。セックスすんのが怖ぇんだろ?」

 最初はミザエルの弱みを握ってやろうと声をかけた。しかし、いつの間にかここまで持論を展開するほど熱くなっている。自分も、割と本気だったらしい。
 ミザエルはベクターの言葉をどう受け取ったのだろうか。ここからは彼の表情を窺うことは出来なかった。何を考えているのか、彼は黙ったままだ。

「……お前の言う通りかもしれんな」

 驚くことに、彼の口から出たのはベクターの言葉を肯定する言葉だった。彼自身の中でも、思い当たることがあるのかもしれない。

「私は恐れている。快感に屈する姿を見られて、嫌われるのが怖いんだ」

「好きな奴の感じてる姿見て喜ばねー奴なんていねーだろ普通。カイトがそんなんでお前を嫌う奴だと思うか?それはお前が一番わかってんじゃねーのか」

「そう……だな。私は、もっとカイトを信じなければ」

 腕を解くと、珍しく殊勝な顔をしたミザエルが現れた。涙は乾いているようだが潤んだままの眼はいつものような鋭い眼光を感じさせるものではない。そして口元には何かを悟ったようにうっすらと笑みを作っている。こいつこんな顔できんのか、とベクターは内心驚いた。

「てゆーかお前がお前に正直になればいいんじゃねーの?お前がそういう自分を認めたら気持ちよくなると思うぞ。まずはそこから始めて、オナニーでもしてみろよ。開発の方は…お前がしていいと思ったら付き合うからよ」

「ああ」

 ミザエルは穏やかな顔のまま頷くと手早く着替え、倉庫を後にした。ベクターはローションやマットを片付け、誰もいない空間で先程のことを思い浮かべた。
 いつもの姿からは想像できない、ミザエルの泣いている姿と穏やかな顔。ベクター自身つい親身になり、殊勝な態度を取ってしまったのは、初めて見るそれに思わず圧倒されてしまったからだ。普段高圧的な態度である奴こそ、こういう姿はおちょくりがいがあるはずなのに。誰に向けるでもなく、らしくねぇな、と言って頭を掻きながらベクターは独りごちた。

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