最後の賭け


「王妃陛下御自らこのようなところへ遣いに来られるなど…いやはや、王国軍もそこまで堕ちたか」

 反乱軍の首領は遣いが王妃のメラグであると知るや、畏まった態度を取り丁重に席へと通した。しかしメラグの前で王国軍、ひいては国王ベクターへの怒りで声を震わせた。女性を、ましてや王妃を軍の遣いとして前線に出すことに憤っているのだろう。
 彼の様子を見て、メラグは柔らかく微笑みながら首を振る。

「私は今日あなたとお会いすること、楽しみにしてましたの。今回の遣いは、私自身が申し出たことですわ。この内戦を終わらせる為に」

「内戦を終わらせる?今この戦局ではもう王国軍は滅ぶのを待つばかりです。投降の申し出をしに来たということですか」

「いいえ。単刀直入に申し上げると、和議を開きたいという申し出ですわ」

「和議…?」

 突発的な単語に彼は訝しげに眉を顰めた。メラグはあえてニッコリと笑う。

「ええ。王国軍と反乱軍との間で和睦を結ぶためです」

「…何を今更。私はそんなものに応じるつもりはありませぬ。帰って頂けませんか」

 首領は静かに、丁重な物言いではあるがきっぱりと拒否の意を示した。しかし彼の拒否は戦局を考えると想定の範囲内だ。戦に優勢な反乱軍が申し出を即受け入れるとはメラグは思ってはいない。
 ここから説得をするのがメラグの役目だ。

「内戦を平和的に収めるにはこれしかありませんわ。これ以上双方に犠牲を出さないように…。ご協力を願います」

「それはあなた方の都合でしょう。戦は私達が優勢。王国軍の壊滅は目前。易々とそれを逃す真似などできるはずがない」

「王国軍の壊滅後はどうされるおつもり?」

「勿論私達が政権を取り、私達の理想とする国を創る。皆、それを望んでいるはずだ」

「いいえ…このまま行けばきっと、他国に侵略されて滅ぶわ」

 メラグの言葉を聞き、彼は表情を変えた。眼を見開き、何を言うのだと咎めているような顔つきだ。やはり、他国からの侵略の可能性は視野に入っていなかったのか。
 メラグは笑みを消して毅然とその眼を見ながら言葉を続ける。

「どうやら、想定外だったようね」

「なぜ、そのようなことがおわかりになるのですか?」

「あなた達に力を貸している国々は元々、この国と敵対していた国。どういう協定で兵力を借りているのかはわからないけど、彼らは親切心で力を貸しているのではない。他の情報では軍を準備し、この国を虎視眈々と狙っていると言われているわ。内戦をさせて国力を疲弊したところに乗じて、この国を乗っ取るつもりなのよ。もし反乱軍が政権を取れたとしても、この時のことを蒸し返されて、他国に隷属することになるわ。そうやって滅んでいった国はいくつもあるのよ」

 反乱軍の首領は腕組をして黙したまま、メラグの方を見ている。しかしその眼はメラグを見ているというよりも、何かを考えているようだ。敵側から与えられた情報を吟味しているのだろうか。むしろ、彼の表情は疑問を持ったり不審に思ったりしているよりも、メラグの与えた情報に思い当たることがあるように見えた。推測でしかないが、軍事力の援助にあたって、何か特約を結ばされているのかもしれない。

「王は既にそれに気付かれておられるわ。目の前の敵よりも、もっと大きな敵が潜んでいることに。だから和睦という道を選んだの。私が今の情報をあなたにお渡ししたのもそのためよ。いたずらに戦で疲弊すれば益々つけこまれやすくなる。今この国が力を失わないためには、内戦でどちらかが勝つことではなく、王国と民がもう一度手を取り合わなくてはならないの。共にこの国を守り、未来を創りましょう」

 彼はメラグの言葉をどれだけ受け止めてくれたのだろうか。表情に変わりはないから、それは知る由もなかった。しかし、真剣に耳を傾けてくれたようだった。いずれにしろメラグの考えは全て説いた。あとは彼がどう反応するかを見るだけだ。礼儀があり義のある彼ならば、この国のことを真剣に考えているからこそ、メラグの言ったことへの重大さはわかってくれるはずだ。メラグは、それに懸けた。
 思案をしていた首領はゆっくりと口を開いた。

「…あなたの先見の明には恐れ入る。あなたの言うことは恐らく、間違いではないでしょう。目の前の敵に向かう余り私達は後方への備えを怠り、言われるままに恩恵だけを受けている。あなたの言う危機も今、気づかされた次第です。それでも…!」

 それまで比較的冷静だった彼の声が震え、低くなった。膝の上で震える拳が、彼の並々ならぬ義憤を物語っている。

「私達の手で討ち新しい王を立て、自分達の手で国を変えていかなければもうこの国に明日はないと私達は思っています。我々国民は今の王を信じ、未来を託すことなどできませぬ!」

 彼の言葉は無理もないことだった。国民の王への信頼は最早地の底に堕ちている。犠牲が多すぎたのだ。
 彼らの痛みを、流した涙を想像してメラグも込み上げるものを堪えた。しかし、だからこそ彼らと王をもう一度繋げなければならない。どちらも向き合って真実を目の当たりにし、もう一度一から建て直さなければならない。海の神も亡くなった人々の魂も、これ以上の争いを望んではいないのだ。
 メラグは、彼の膝で震えている拳に手を重ねた。

「私もね、最初はあなた達と同じ考えだった。あなた達への行いを見て、私自身ひどいことをずっとされてきて、王のことを信じることなんかできないって、思ってた。でもね、彼のことを知るうちに、考えが変わってきたの。彼はね、ずっと一人で、間違った道を生きてきた。誰も手を差し伸べる人がいなかったのよ。彼が悪くないとは言わないわ。罪は消えない。でも今は彼は、変わろうとしてる。あなたも会えば、きっとわかるはずだわ」

 ベクターのことを語る脳裏にふと、彼の後ろ姿が浮かび、メラグはふわりと眼を細めた。何度その姿を憎いと、思っただろうか。何を考えているか解らず、恐ろしいと思ったことだろうか。
 しかし今彼を思うメラグの心は穏やかな風に包まれている。守ってあげたくて、手を差しのべた。彼は不器用ながら、メラグの手を取ってくれたのだ。今、メラグは彼の可能性を心から信じている。
 首領は苦悩に満ちた眼をメラグに向けた。メラグがこれまで苦しんできたことは全国民の知るところであり、反乱軍が反旗を翻すきっかけになったことだ。だからこそ、今メラグが穏やかな表情で王のことを語っているのが、理解に苦しむのだ。

「王妃陛下…。あなたもその、王から受けた仕打ちのことは忘れておられますまい。あなたは王のことをお許しになられたのですか?それとも、王に籠絡されて…」

「いいえ、これは私自身の意志。過去はなかったことにできない。でもそこから、より良い未来は作れるの。過ちを犯したからこそ、最善の選択ができるわ。その証拠に、王は私を信じて和睦の道を選んでくれた。和睦は国王軍のためでもありあなた達のためでもある。ひいては、この国の未来のためなのよ。だから、私を信じて一緒に来て欲しいの」

「なぜ、そこまで言い切れるのですか…確信を持って。あなたがここまで行動するのは一体、何の為に…」

「決まっているわ」

 メラグは居ずまいを正して毅然と言った。

「私はこの国を愛しているから。私は、この国の未来を、皆を信じているわ」

 メラグの強い瞳を見た反乱軍の首領は椅子を立ってメラグの元に膝まづき、頭を垂れた。
 彼も、立場は違えどこの国の未来を憂う同志。だからこそ、真っ向から衝突しているのだ。しかし手を取り合えば大きな味方となる。
 メラグは首領に、この和議で必ず最良の未来を皆で作り上げようと約束した。彼は頷き、忠誠を誓うように手を取ってその甲に接吻をした。それは彼がメラグの言葉を信じた証であった。
 彼と心を分かち合い、手を取ることができたことはメラグにとって、この国にとっての大きな一歩となった。

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