マーメイド・シャーク/中(上)
ふと、熱い息が首筋にかかるのを感じた。首を舐めては皮膚を吸い、もどかしい感覚が刻まれるのを感じる。
(ドルベ……?)
夢と現の狭間で、ナッシュは自分が眠りに落ちる前に見た彼の名を呼んだ。自分を撫でる唇は皮膚を吸う音以外の音を立てない。それとは別に、腕や胸を撫でる手の感触。それはゆっくりと円を描くように撫でていく。
(んん…………気持ちいい……)
ドルベが撫でてくれているのだろうか。彼の手だと思うと、いつも感じる快楽とは別の快感が皮膚から神経へと伝わる。気持ちいい。
(あっ……)
弱く、擽るような電流が胸から流れた。舌で乳首を弾かれているのだ。唇で吸われ、優しく噛まれて、緩やかに快感がナッシュを追い詰めていく。
はぁ、はぁ、と短く息を吐きながら身体を震わせた。
(ああ、んっ……気持ちいい……ドルベ、……もっと触ってくれ……)
ニコリと瞳の奥で彼が笑う。今度はもう一方の乳首を同じように愛撫した。同時に、腕を柔らかく撫でていた手は、ナッシュの股間を触り始めた。
(そこ……俺、弱いんだ……お前の手、気持ちよすぎて……おかしくなっちまう……)
股間を這う手は、少し乱暴にだがナッシュの弱い亀頭を指でぐりぐりと押しながら、全体を扱いた。
いつも自分を労るように撫でる手がナッシュを暴くように愛撫する、その荒っぽい刺激も、いつもの彼と違う彼を感じているようで、ナッシュの興奮を高め快感を与えるには充分過ぎるほどだった。
(ああっ……ドルベ……!気持ちいいっ……だめだ俺、……もう……)
腰を浮かしながらナッシュは精液を吐き出した。それに合わせるように、ナッシュのモノを擦っていた手が動きを緩めた。
「はぁー……はぁー……」
ナッシュは大きく息をしながらぼんやりと重い瞼を開けた。
「ようやくお目覚めかよ」
笑い声と共に聞き慣れない声がナッシュの耳に入る。人影が見えたが、それが誰なのか咄嗟に判別することはできなかった。
しかし、ある一つの事実がナッシュの頭によぎる。
ドルベじゃない。
今まで身体を触っていたのは、彼の手じゃ、なかった
ふらつき、思考が入り乱れる頭をなんとか覚ましながら、ナッシュの眼が自分に覆い被さる人物を映し出した。
それはあの……広間で彼を屈した王、ベクター。ナッシュが憎む、その人だった。
ナッシュは眠っている間に、いつもの薬を盛られて、ベクターの部屋に移動させられていた。
ついに、奴隷として飼い慣らされたナッシュを彼が抱くときが来たのだ。いつもと違う上質のシルク生地のシーツの上で、ナッシュは身を捩った。
「気持ち良さそうだったぜ?奴隷の癖によぉ。あーあ、俺の手、てめぇの出したものでベトベトだ。ほら、舐めろ」
指が、抵抗のできないナッシュの口に入れられた。
(ふざけんなっ……!)
心で叫び、ベクターの指を噛んだ。ナッシュが鮫のままなら、彼の指はとうに無きものだっただろう。しかし牙を抜かれ、薬で力の入らない今のナッシュでは、甘噛みにしかならなかった。
だが、その歯を立てた瞬間を見た別の人間が、ナッシュを打った。ビシィッと、強烈な痛みが襲う。
「ーーーっ!!!」
ナッシュは痛みに眼を見開いた。目尻に涙を溜め手を舐めながら、憎しみのこもった眼で彼を睨みつけた。
「ふーん、まだそんな眼ができるのか。調教が足りなかったか?まあいい。その眼ができるのもいまのうちだ」
ナッシュが手を舐め終わると、ベクターは自分のモノを取り出して命令した。
「舐めろ。歯を立てたらどうなるか……わかっているな?」
頭とは関係なく、快感に飼い慣らされた身体が勝手に動く。これを舐めれば、自分の後ろに入れてくれるーーーそれを知っている本能が。
まるで、頭と身体が離れているようだった
いつも他の男にしているように、彼のモノを育てていく。上目遣いに彼を睨みながら。
「んっ……ふ……」
「ふっ……上手いじゃねぇか。よく教えこまれてるな」
ベクターはナッシュの頭を押さえつけ、口の中にモノを埋め込んでいった。閉じた眼に涙を浮かべながら、それに舌を絡める。噛み千切ってやりたかったが、今それも叶わない。
「そろそろいいだろう」
ベクターのモノから顔を上げさせ、彼は後ろ向きにナッシュを寝台へと突き倒した。先走りが喉に引っ掛かって噎せ、咳き込むナッシュの髪を掴んでベクターはその耳に囁く。
「欲しいか、ナッシュ。お前のここはくわえたがって疼いているぞ?」
(誰っ……が、てめぇなんかっ……!)
頭では必死に抵抗する。しかし、ナッシュの身体は雄が欲しくて欲しくて、腰を揺らめかせていた。
(畜生……!)
ナッシュは腰に走る疼きに耐え、腰を持ち上げられる感覚を感じながら、シーツを涙で濡らした。
今日もベクターに呼ばれ、ドルベは彼の部屋をノックする。少し遅れて、入れと促された。
ベクターは、いつものように寝台にいた。しかし、彼は一人ではなかった。彼は四つん這いになったナッシュの尻に、自らの腰を打ち付けていた。
ドルベは何故かその光景を凝視したまま、立ちすくんだ。動くことができなかった。
ナッシュは、本来ベクターの性奴隷である。それを、ナッシュが調教されるまで、皆に解放していただけ。彼がナッシュを抱くことは別段不思議なことではなかった。
しかしドルベは、とうとうナッシュがベクターのものになってしまった、その事実を目の当たりにして、何か……大切なものを壊されてしまったような、そんな心地がしたのだ。
しばらくして、二人は共に絶頂を迎えた。そして、ベクターは自分にもそうさせたように、ナッシュに彼のモノを舐めさせた。
「ドルベ。遅かったな」
ベクターは今しがたドルベに気づいたというように、扉の方を向き声をかけた。その声にハッとする。
「お前を呼んだが、抱く気が失せた。コイツがなかなかの代物でな。お前は退がっていい」
彼のモノを一生懸命しゃぶるナッシュの髪をベクターは撫でる。ナッシュの、時折彼を見る眼はどこか恍惚としていた。
「コイツも、もういい。部屋へ連れていけ」
ベクターはナッシュの腕を掴んで自分から離し、側近に命じた。側近はナッシュを横抱きにして、部屋へ連れていこうとする。
「お待ち下さい」
「あ?」
突然声を上げたドルベに、ベクターは不審がるような眼を向けた。ドルベはつかつかと側近の方へと歩み寄り、彼を振り返って言った。
「私に、彼を任せさてください」
自分でも意図せず、思わず声を出してしまった。何故だかわからないが、ナッシュを彼らに渡したくなかったのだ。
「フハハ……何だ……奴隷ごときに情が移ったか?構わん。好きにしろ」
さほど興味無さそうにベクターは笑って背を向けた。彼からしてみれば、ドルベが奴隷ごときに対して至極真面目な顔をしているのが不思議だったのだろう。
ドルベはありがとうございます、と礼をして側近からナッシュを受け取る。そして、奥へと去っていくベクターに一礼をして部屋を出たのだった。
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