わたしのすきなはな
清廉な真白い光を纏った薄紅色の花弁は突風で巻き上がり渦を作り上げ、天女が衣を翻すようにひらひら、その形を見せびらかしながら人の足に踏まれて原型など残っていない仲間のもとへ落ちていく。
「綺麗ですねえ」
「自画自賛か」
「ふふ」
我が物顔で吹く風により儚く散っていく花を見上げる其の隣に並ぶ。この世で最も艶やかなまでに終焉が美しいものはこの木花しかない、と私は思う。風ひとつにすら薄紅の色を付け、その香りを遠くの街まで運んでいくのだ。
開花より、満開より、この散り姿。呆気ないと思うのか潔いと思うのかは人それぞれだが、誰もがその最期に見惚れる。日頃は何も思わないくせにその散り姿を見るために木の下に集い、騒ぎ、祝う。酒に酔って、花の色香に飲まれる。
まあ、私は、嫌いだけれど。
「おや、嫌われてしまいましたか」
「心を読むな」
「すみません」
「謝るな」
「難しいことを」
風に色素の薄い長い髪を揺らして微笑むその美しい顔が憎たらしい。その傷一つない頬に私の爪を立ててやりたい。私がどんな気持ちで壮観とも言えるこの光景を見ているか分かっているのだろうに。
穏やかで滑らかな低さが心地よい笑い声が耳を打つ。その声が響くたびぎりりと私の胸は痛々しく悲鳴を上げる。この心の叫びも届いているはずなのに聞こえないふりをする、そんなはながきらいだ。
そっと見上げれば薄紅色の雨に佇む《彼》がいた。
身体の向こう側でうっすら花弁が巻き上がることすら見えるほど透けた《彼》がいた。
「……もうこんなに透けた」
「大分散りましたからねえ」
「何でそんなに呑気なんだ」
「またこの季節に会えます」
「……」
「寂しいですか?」
「寂しくなどない」
「私は寂しいですよ」
「……」
ふふと笑った《彼》が私の黒々とした髪を――掬えず通り過ぎてしまった。嗚呼、嗚呼、なんてことだ。曖昧に微笑むその顔が激しい雨で滲んだ。
《彼》は微笑む。
私は泣きっ面。
《彼》は行く。
私は待つ。
《彼》が透ける。
私は見ている。
花弁が横で舞った。嫌だ。風よ、風よ、止まれ。
「……さよならですね」
ほらまた、その身体は透明に近付いた。
毎年嫌だ嫌だいかないでと思うも口には出せず。私の今年の泣き顔を見てくすりと笑う《彼》にはもう触れない。また会えない。
「来年も咲け」
「……はい」
「私に会いに来い」
「………は、………い」
「……待つ」
「…………、………っ」
「待って、る……っ」
音を立てて風が吹いた。《彼》が触れられなかった私の髪を容易くもてあそぶ。
私の嫌いな薄紅色の花弁が舞った。
《彼》は消え、 残るは私と散ったものだけとなり。
涙で濡れた頬に花びら一つ、ひらりとくっついた。目を閉じて、花弁の感触を感じる。《彼》からの口づけ。
また、春が去った。