flowerflower




 ごろり、と蚊取り線香の匂いが漂う縁側で横になって名前の知らない虫が大泣きしているのを聞きながら、残り少ないガリガリ君をかじった。そのまま口にくわえながらタンクトップから出た腕をぼりぼり掻く。とんでもないことに蚊取り線香はちゃんと仕事をしていないらしい。明らかに私のBO型血液は僅かながらあの夏の害虫に奪われている。


 私の間食ばかりの生活でドロドロであろう血液が更に奪われるとしても、ここから動く気にもならなくてそのまま喧騒がどこか遠くに聞こえる夜空を眺めた。そこまで星は見えない。私のダラけた格好と同じぐらいゆるりとした空気は、近所で行われている夏祭りで熱されたのか温い。

 私も毎年行っていたんだけどね、今年は行っていない。行かない。行く相手も居なくなってしまった。


 先週買った大量の花火もこの庭でやろうとしていたのに、きっと今年はやらないだろう。私と一緒に例年花火の片付けのせいでうちのお母さんに雷を落とされていたあの裏切り者は隣にいない。

 毎年毎年、夏が来るたび、この庭で打ち上げ花火を見上げていたのに。


 じりじり、泣き虫が泣いている。煩いなと文句を言っても一人言にしかならないこんな夜なんて、さっさと明けてしまえ。いつもあっという間に過ぎ行く祭りの時間は、今日に限って何でこんなに長いのか。


 ガリガリ君を口から出して空気を吸った瞬間、ぼとっと顔に冷たい感触がした。嘘だろ、あと少しで完食だったのにと絶望が私の身体を震わせる。お前なんてガリガリじゃない、ドロドロ君だ。水色のそれが私の顔から縁側へと流れ落ちるのを感じながら、おざなりに腕を動かして棒を庭に投げ落とす。

 くっそ、お前がしっかりガリガリ君を支えていればドロドロ君を生み出さなかったのに。ドロドロ君も被害者だ。悪いのはちゃんと一緒にいなかった棒のほうだ。悪いのは。

 ちくせう、と先週の古典の授業の内容を活用して呟いた。


「おいこれ、アタリだろ、もったいねえ」


 目の上に腕を置いたはずなのに顔が覗き込まれていると分かった。まだ打ち上げ花火は上がっていない。


「……何でここにいる、裏切り者め」

「……んだよ、きちゃ悪いのかよ」

「悪い、不本意侵入だ」

「それを言うなら不法侵入だろ」


 幼馴染を超えてこんな田舎じゃ家族同然だけど、一応苗字も血も違うんだ。それなのに勝手に入って来るなんて。確かに塀も柵もないこの土地だけはある庭は隣との境目も道との境目も曖昧だけど。

 未だに身体どころか腕すら上げない私にムスッとした空気を出して、隣に腰掛ける音がした。何て奴だ。家主に許可を得ずに縁側に座りやがったぞ。いや、毎日のように座ってるけど、今日はちょっと座って欲しくない。


「我が家には裏切り者はこの縁側に座れない家訓があるんだ、一刻も早く立ち去れ」

「つーかさっきからなんだよ、裏切り者って」

「へーへー、別に良いですよ〜。どうせ祭りの最中、噂の隣のクラスの可愛子ちゃんと乳繰り合っていたんだろ。リア充かよ、自慢かよ、今すぐそこの蚊取り線香の灰を目に入れろ」

「はあっ!?ちっ、ちちく、ばっかじゃねえの!ちっ、り、そんなこと女が言うんじゃねえよ!それでもおなごかよ!」

「古風だな」


 こいつは馬鹿だから先週の古典の授業の内容に染まったままなんだろう。そんな馬鹿が噂の可愛子ちゃんに一緒に祭り行こうって誘われたことが未だに信じられない。馬鹿だから同情でも買ったのかな。

 でもいくら馬鹿でもメインイベントである打ち上げ花火くらいは一緒に見るだろう。むしろそれが大切だろう。祭りに誘われたことを自慢していたくせに、何で、どうして、こんな縁側にこいつはいるの。


「おい、アイスで顔がベタベタだぞ」

「煩い、汗だ。多汗症なんだ」

「それはそれできたねえな、まったく」


 何かで顔を拭われる。感触からしてハンカチだろう。こいつが自主的に持つとは思えないからおばさんが無理矢理渡したに違いない。

 泣き虫が囃し立てる。煩いあっちいけ。
 しっかりと拭われたはずなのに、少しだけ濡れた感覚がして、慌てて腕をズラして誤魔化した。顔を見られてないか心配いなってこっそりと隣を伺えば、紺色の浴衣を着て、そこまで星が見えない夜空を見上げていた。

 ちっさい頃は飛行機が描かれた甚平を着ていたはずの幼馴染の浴衣姿を初めて見た。無駄に伸びた身長のおかげか、意外と似合っている、と、思う。口には出さないけど。でも下から見上げるその横顔は、知らない男の人みたいで少しだけ驚いた。


「何でここに来たの」


 言い躊躇っていたはずの質問はどうしてだかすんなりと口から滑り出た。黙って夜空を見上げていた顔とは違い、うっ、と詰まった顔をして私を見下ろしたそれは長年見て来た情けない幼馴染のもので、どこか安心した。

 祭囃子が終わり、拍手喝采が鳴り響く。あと僅かでメインイベントだ。毎年毎年、この縁側でスイカやアイスを食べながら適当なことを駄弁りながらその大輪を見上げて来た。それが、永遠に続くと思っていた。私が皺くちゃなババアになっても、こいつがハゲ散らかったジジイになっても、「まだくたばらねえのか」って罵り合いながら二人で並んで見上げるんだと。笑い合いながら今年の打ち上げ花火の出来を評価して、そのあと大量の花火で遊ぶのが恒例だから。


 そんな未来図を勝手に描いて、
 また今年も一緒なのだと描いていたのに。


 まさか一緒に居れないかもしれないなんて考えたこともなかった。そしてそれが急に来るなんて、思いもしなくて。

 驚いた、びっくりした、何でってなった、ムカついて、イラついて、馬鹿にして、切なくなって、悲しくなって、苦しくなって、泣きたくなった。


 今までずっと一緒に見て来たのは私なのに、そんなポッと出のおなごとのアバンチュールを楽しむ幼馴染なんて見たくもない。リア充爆発って二人で親指を地面に突き立ててきたのに、裏切り者。祭りに誘われるだなんて、立派なデートじゃんか。告白イベントでもあったのかなとふと頭に過るけど、その思考は突然の唸りに遮られた。


 目を向けると頭をがしがしに掻き毟る姿が。禿げんぞと言うと止まったけど、その顔はどこか不服そうで、凝視する私とは違って私のほうを一切見ず遠くを睨みつけている。


「いや、なんか」

「何さ」

「ここ以外で打ち上げ花火見たことねえから、あんな人がいっぱいいるとこで見るのに慣れてねえし、あっちいしさ。あっちも友達と合流させて、先に帰らせてもらった。あ、だけどあの子めっちゃ可愛かったぞ。お前と違って綺麗に浴衣着て、いい匂いして、ガサツじゃねえし、大声で笑わねえし、さりげなくボディータッチもしてくれるしさ」

「あん?喧嘩なら買うぞ、拳で語るぞ」

「でも」


 そのとき、ひゅ〜と鳴った。視界の隅で上がる炎の蕾。いつの間にか泣き虫はいなくなって、一瞬の間がやけに長く感じた。

 相変わらず睨むような眼差しで口なんてひん曲がっていたけれど、私と目を合わせてぽつりと呟く。そのカッコ良くもない顔を何故か、私はボケボケの皺くちゃババアになっても、死ぬ寸前まで覚えている気がした。



「でも、やっぱ今年もお前と花火が見たかった」



 一瞬の間から咲き誇るは鮮やかな大輪の華。

 連続して花火が上がる。開花していく。バンバンバン、完全に散る前にとまた咲いていく。バンバンバン、バンバンバン。私達の顔を照らして散っていく。

 また今年も遅ればせながらやってきた隣の体温に安心と満足感を抱きながら縁側に座る。顔にアイスの液を残したまま、ラストの特別豪華な花火が開花して散りゆくのを見守った。


「今年の花火、ケチりやがったな」

「前より時間が短いな。金がないんだよ」

「でも何か去年より綺麗だったな」

「あ、私も思ったわ。何か変わったとこあったっけ」

「さあ」





 打ち上げ花火が終わって火薬くさい匂いが風に乗ってこの縁側までやってきた頃。ふと何と無く、何の確証もないくせに、もしかしたら今度は私が祭りに誘われるかもしれないのに、何故か。


 不思議と来年もこうして縁側に二人並んで花火を見上げる気がしたし、それをこの隣の馬鹿も望んでる気がしたのだ。どうしてかそう思っただけで、心にちいさいながらも立派な花火が咲いた音が確かに私の耳に聞こえた。





 


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