18歳きょーと6歳じゅーご





世の中の六歳児とはこういうものなのだろうか。


先ほどから身動ぎ一つせず真剣な眼差しで絵本を開き、大人しくソファーに腰掛けるちいさな身体。絵本の内容はコミカルであるはずなのに微笑むこともせず、空飛ぶ列車を目をかっぴらいて見ている。


最近の子供は絵本を凝視して固まるものなのか? 呼吸をしているかどうかさえ気になるほど動かない。



簡単な荷解きをしているため暴れないのはありがたいことなのだが、それが何分も続くとなるとやはり気掛かりだ。これから保護者となる私にどういった対処が正しいのか教えてほしい。他に気を逸らした方がいいのだろうか。歌い踊り狂えばいいのだろうか。なるべくそんな奇行はやりたくないし、良好な近所付き合いをこんなに早く諦めたくはない。



新居に移っても再び同居をするとは思わなかった。以前は姉とだが今度は未就学児とだ。こんな急展開聞いていない。


しかし知人夫婦が海外旅行に行く間だけとはいえ、私はこの子を預かると決めたのだ。この子の名前を先ほど聞いたばかりだが、頑張るしかない。



「……今から夕食を作るが、何食べたい」

「ビーフストロガノフ」

「……」



ちなみに頑張れる気はしない。



***



じゅーごという少年は六歳児にしてはマセた子供だった。肉なら何でもいいだろうと思いハンバーグを作り並べればナイフとフォークを使いこなし、ソースをこぼすことなく食べ終わる。

ドラマを見ていれば前半の時点で犯人を言い当てる。

小学校にまだ通う年ではないが小学校高学年の教材で勉強する。


顔立ちは人間味がないほど鋭利な美しさで、子供らしい柔らかな印象はない。ふくふくとした頬もなければ、無邪気な笑顔もない。



好物だからと大量のチュッパチャプスを夫婦から手渡されたが、子供はそれをひたすら舐めながら勉学中だ。直方体の体積をいともたやすく解ける六歳児なんて聞いたことがない上、ドリルを全て書き終わったあとにハッと鼻で笑う六歳児なんて嫌だ。



ニヒルな笑みを浮かべるじゅーごだが、言われたことは抵抗することなくこくりと素直に頷く。私の横で椅子に登り、鏡の前で一緒にシャコシャコ歯を磨く。泡が口からはみ出てる。カニか。


見たところちゃんと磨けていなかったため、貸せと歯ブラシを奪い、自分の歯よりも丁寧に磨いてやる。何やら幼い自尊心に傷が付いたらしく、手を小鳥のようにパタパタとさせていたが、顎に添えていた手に多少力を加えれば己の危機を察知したのか無抵抗となった。



この年頃は何事も真似をしたくなるらしい。じゅーごはじっと私を見たあと、口にくわえたままにしていた私の歯ブラシに手を伸ばし、それをしっかりと掴むとゆっくりとシャコシャコ動かしていく。

……。


別にいいか、と私も好きにさせていれば、人の歯を磨くという行為がお気に召したらしいじゅーご少年は少しだけ笑みをもらして夢中で私の歯を磨く。下手くそな歯磨きは私の口から泡を溢れさせるけれど、まあ、初めてにしては中々上手いんじゃないか。


ぐるぐるぺっと水で口を濯いだそのちいさな丸い頭を撫でて「ありがとう」と言えば、キョトンとした顔からじわじわと赤くなる。その年相応の可愛らしさにほう? と頭を撫で続けていれば、恥ずかしくなったのか暴れて椅子から落下した痛みで泣き叫ぶ六歳児を宥めるというこの日最大の難関がやって来た。



***



「……ねるの?」

「……ああ」

「どこに?」

「……私はソファーに寝るから、お前はベッドに寝ろ」

「……ふうん」



今年大学生となるため、大学近くのアパートに引っ越したのだ。今から大学に送る課題を行わなくてはならないし、知り合ったばかりの人間が隣にいては寝ずらいだろう。もう一組の布団が届くまで私はソファーで就寝することにする。


何か言いたげなじゅーごの言葉を待っていたが、結局何も言わずにそのちいさな背中は寝室へと消えて行った。



まだ初日だ。

これから慣れて行けばいいし、私との生活に嫌気が差しても短い期間なのだから少しの間だけ我慢して欲しい。


リビングでまだカーペットもひかれていない床に座り、ノートパソコンを開く。参考資料にチェックを付けながら、指でキーボードを叩いてどれだけの時間が経ったのだろう。流石に疲れ、少し痛みを発している指を解していた。

そのとき、完全には閉まっていなかったドアがゆっくりと開く音がした。


トイレかと振り向けば、少し目元を赤くしたパジャマ姿のじゅーごがタオルケットを引きずってドアから顔を半分覗かせてこちらを覗いていた。じゅーごやめろ、それはホラー仕様だ。



手招きすればとてとてと駆け寄って来たじゅーごは、何故か躊躇して少し離れたところで立ち止まる。ちいさな声が「おべんきょう?」と尋ねて来た。邪魔かと思ったらしい。どうしてこの子はこんなに気遣いが出来るのか。ならばビーフストロガノフなんて注文はやめてほしかった。


そんなことより。じゅーごに大丈夫だと告げてノートパソコンを閉じる。提出まで時間はあるし、今日はここまででいいだろう。



どうした?


そう問いかけたときのじゅーごはほっとしたような安心したような表情をして、私に近づいた。



「きょー……」

「何」

「……いっしょにねていい?」

「……いいよ」



先ほどの自分をぶん殴りたくなった。私にとっては新居でも、この子にとっては自宅ではない見知らぬ家。そこに一人で寝るなんて不安になるに決まっている。この子がどんなに大人びていても、6歳であることには変わりないのに。


それなりに重いがうとうとするちいさな身体を歩かせるのは先ほどの罪悪感で躊躇してしまい、何とか頑張ってじゅーごを抱きかかえて寝室に入れば、崩れることなくベッドメイクされたままのそれがあった。嗚呼、ベッドに入ることなく私のことを待っていたらしい。謝ることも出来なくて、頭にすりすり頬を擦り付ければ、子供特有の甘い匂いがした。



真っ暗なのが怖いというじゅーごのために豆電球だけは点けたまま、ベッドに入る。私の胸元を掴んで微睡むじゅーごは私の方を向いているため、頬がぷにっと潰れている。起きていたときの鋭利な雰囲気は何処に行ったのか、六歳児は年相応な無防備さを見せてくれていた。



「……きょー……」

「……ん」

「おむねちっこい?」

「……」

「……」

「……」

「いて」



襟ぐりを引っ張り覗き込むエロガキに半分本気のデコピンをお見舞いした。例え幼くとも、繊細なる女の胸事情を無作法に聞こうとした罪は重い。



寝ろクソガキと言えば、じゅーごは頬を緩めながら深夜に重大なダメージを与えられた私のささやかな胸にすりすりと頭を寄せて私にくっついた。温かいちいさな身体に釣られ、私の瞼も下がって行く。



「おやすみ」



明日は一緒に絵本を読もう。


囁いた声が届いたかどうかは分からないが、そのちいさな寝息を生み出す唇は笑みが浮かんでいた。





診断メーカーより「あなたは50分以内に10RTされたら、6才×18才の設定で同居して暮らし始めた高杉十悟と日向恭の、漫画または小説を書きます」


 


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