謹賀新年



わたしは自室のベッドの上で大きなため息をついた。昨日は、もう、本当に散々だった。随分と久しぶりの直哉さんからの連絡に心躍らせたかと思いきや、彼は何故か瀕死で血塗れ。慌てて反転術式を使ったはいいが、直哉さんが死ぬかもしれないという状況に動揺し情緒が狂ってしまったわたしは、元怪我人の上でこれでもかと泣き喚き、挙句の果てに疲れて眠ってしまったのだ。思い返すだけでも、叫び出して、穴に入りたくなる。とんだ赤っ恥だ。

眠りこけてしまった馬鹿なわたしは、直哉さんによって自宅まで戻されたらしい。というのも、わたしは疲れと安堵によりぐっすり夢の中だったので、その後どのようにして家に帰ったのか全く知らなかったのである。

母視点だと、深夜に突如訳の分からないことを叫んで出て行った娘が、顔を合わせるのも嫌な、しかも何故か血濡れである親戚によって眠った状態で戻ってきたのだ。我が家の冷静担当の弟によると、昨夜の家の中はてんやわんやだったらしい。そんな大騒ぎの中でもわたしが一切目覚めなかったのは、呪力の使いすぎが原因だと直哉さんが言っていたとのことだ。

わたしがようやく目覚めたのは、騒動から数時間後の昼頃だった。偶然様子を見に来てくれた弟からあらましを聞き、自分のとんでもない愚行を知ったわたしは、少し一人にして欲しいと頼んだのである。少し冷静になると、無意識にため息が零れた。

気は進まないが、一応直哉さんに連絡しておこう、とベッド脇に置いてあるサイドテーブルに手を伸ばす。そこには、コートのポケットに入れていたはずのスマートフォンと財布、それから知らない一枚のレシートがあった。大方、母が取り出しておいてくれたのだろう。血塗れの直哉さんに抱きついたことにより、わたしの服も酷い有様だったであろうことは容易に想像できた。

あのコート結構気に入ってたのにな、と少し残念に思いながら、見覚えのないレシートを手に取る。コンビニのレシートだが、買ったものを見る限りわたしのものではなさそうだ。一体これは何だ、と何の気なしに裏返せば、達筆な字で「元気やから心配いらんで」と書き記されていた。そこでわたしは気がついた。この横線が少し右上がりになる癖の字は紛れもなく直哉さんのものだ。思わず頬が緩むのを感じる。

兎にも角にも、直哉さんが生きていて良かった。今はそれだけで充分だ。





というのが、約二週間前の話である。それからは特にこれといった出来事はなく、何よりも平穏が一番なのだとわたしは再認識した。

カレンダー上では高校生活も終盤に差し掛かり、待ちに待った冬休みがやってきた。しかし、ようやく京都にお呼ばれするのだ!と浮かれていたところに直哉さんから「年末年始はクソ忙しいから家で寝とけ(意訳)」と連絡が入り、わたしは絶望した。

だが、わたしはそんなことで挫けるほどやわな女ではなかった。会えないのならば、せめて新年の挨拶だけでも電話でしようではないか、と考えたのだ。毎年日付が変わる頃に友人らにメッセージを送る要領で、元日の零時に掛けようとわたしは決心した。

年越しそばをつつきながら、特に興味もないカウントダウン番組を見る。年が明けるまであと少しだ。果たして直哉さんは出てくれるだろうか。忙しいと言っていたしな、と躊躇い始めたところでいよいよ五秒前となった。四、三、二、一。テレビの画面いっぱいにハッピーニューイヤーの文字が踊る。それを横目に、わたしは連絡先に並ぶ直哉さんの文字を押した。コール音が鳴る。五回目で出なければ諦めて切ると決めて音を数え、四回目でコール音は途切れた。

「……もしもし」

いつもより掠れた声がわたしの耳に入る。ぼんやりとした、舌っ足らずな話し方にまさか、と嫌な予感がした。

「あの、もしかしてもう寝てました……?」

大晦日、元日。年が変わる瞬間ということもあり、大抵の人間は起きているだろうと勝手に思い込んでいたのだが、この様子では彼は多分眠っていた。京都にいたときに数回寝起きの彼と遭遇したが、朝に弱いのか随分とぼんやりしていて、テンションが著しく低かったのが印象に残っているのだ。今の電話口の直哉さんは、どこかそのときに似ている。

「明日……やなくて、今日から忙しいさかい寝溜めしとこ思て」
「……すいません、電話なんか掛けちゃって」
「まぁ、別にええけど」

案の定起こしてしまったようで、わたしはやってしまったと反省した。わたしの想像力では、お正月なんて初詣に行っておせちを食べるくらいしかすることのない行事で、寝溜めが必要なほど忙しいものだとは思いもしなかったのだ。直哉さんに迷惑を掛けてしまった、と声が沈む。それを察したのか、彼は努めて優しい声で「で、どないしたん?」と先を促した。

「あっ、えっと、その……一番最初に新年の挨拶言いたくって、その……それだけなんですけど……」

改めて要件を聞かれると、自分が何を言いたかったのかよく分からなくなってしまい、わたしはもごもごと内容の薄いことを口走った。それを静かに聞いていた直哉さんは、ふ、と笑いを零す。向こうから布ずれの音が響いた。起き上がったのか、いや、寝返りをうったのかもしれない。

「なんやねんそれ。健気やなぁ」

間延びした声が聞こえる。健気って何だ、健気って。貶されているのか褒められているのか、もしくは面白がられているのか。うーん、面白がられている気しかしない。

「いや、だって!」
「一番が良かったん?俺の一番が」
「そりゃ一番が……あ、いや、やっぱ今のナシです」

思わず肯定しそうになって、わたしは慌てて否定した。確かに一番に言いたいと電話を掛けたわけなのだが、直哉さんの言い方だと、何だか違う意味に聞こえてしまう。というか、違う意味を含めてからかわれているのだろうけれど。

「え、取り消すん?俺のこと起こしといて?」

悶々とあれこれ考えているわたしなど知らないとでも言うように、いけずやなァ、と直哉さんはお得意の嫌味攻撃を繰り出してくる。何がなんでも肯定させようとしているに違いない。すっかり本調子じゃないか。

「取り消しませんけど!一番って、順番の話ですからね!」
「うんうん分かった分かった。俺の一番が良かったんやな」
「もう!ちゃんと話聞いてくださいよ!」

暖簾に腕押し、糠に釘。全く聞いてくれる様子のない彼は楽しげに笑っている。それにつられて笑って、このまま時間が止まればいいと思った。


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