あいたいの理論



慌ただしい行事シーズンが過ぎ去ると、校内は一気に受験ムードに切り替わった。三年次は進学予定によりクラス分けされたため、友人を含めた周りは毎日試験やら何やらで忙しそうである。本来ならばわたしもそうなるはずだったのだが、進学は諦めざるを得ない。つい数ヶ月前はあんなにも勉強が苦痛だったというのに、今では随分恋しくなってしまったものだ。

あれから直哉さんと会うこともめっきりなくなった。もちろんそれはわたしが学校に行かなくてはならないからなのだが、そうは言ってもやはり寂しいものは寂しいのだ。彼からは連絡ひとつなく、かと言って自分からするのも何だか気が引けてしまいそのままになっている。わたしは毎日、ただただ時間を持て余すしかなかった。

直哉さんが褒めたわたしの反転術式も、平凡な日々において活躍の場は全くない。そもそも他人に口外出来る代物ではないというのもあるが、大怪我をすることなどそうそうないのだ。京都にいたときも、ほとんどその力を使うことはなかった。最近術式を使ったのは、紙で手を切った時である。虚しい。

寂しさと虚しさと持て余した暇を抱えたまま、残酷にも時はどんどん過ぎて行った。息苦しい残暑が終わり、肌寒くなる。カーディガンでは補えなくなって、コートの季節がやってきた。





十二月、直哉さんと最後に会ってから三ヶ月経った頃だった。夜十二時頃、わたしは自室の机に肘をついて、彼は今頃何をしているだろうかと物思いに耽っていた。メッセージを書いては消し、書いては消し。長い間時間を無駄にしていると、手元の携帯が着信を知らせた。慌てて画面を見やれば、そこには直哉さんの文字があった。これが以心伝心か、と素早い動きで応答ボタンを押す。

「もしもし」
「……あー、名前ちゃん?」

動揺と興奮を悟られないように努めて落ち着いた声で電話に出ると、最早懐かしさすら感じる直哉さんの声が聞こえた。しかし、どうも様子がおかしい。呼吸が乱れている?とにかく、いつもの直哉さんではなかった。

「はい、名前です。お久しぶりで、」
「位置情報、送るさかい……はよ来て」

それだけ言い残し、電話がプツリと切れた。続いてピロンとメッセージの受信通知が来る。タップしてマップアプリを開くと、赤いピンが指している場所はわたしの家から少し離れたところであった。要するに、彼は今東京にいるのだ。

「これって……」

電話口での彼の息も絶え絶えな様子を思い返し、さぁっと血の気が引いた。わたしはコートを引っ付かみ、携帯と財布をポケットに突っ込んで家を飛び出した。「こんな時間にどこ行くの!」という母の大声が聞こえる。

「直哉さんが死んじゃう!」

負けじと大声でそう言い返し、わたしは大通りへと走った。適当なところでタクシーを捕まえ、行き先を伝える。どうか死なないでと胸の前で痛いほどに手を握り締めた。

十分少々で辿り着き、わたしはお札を運転手さんに押し付けた。人生で初めてお釣りは要らないと言った。スマホを片手にピンの指す場所へ向かう。そこは路地裏なのか、車が入ることが出来なかったのだ。

「……直哉さん!」
「遅いねん」

赤いピンと自分の居場所を示す青いマークが重なる。そこにはぐったりとした直哉さんがいた。既に暗闇に慣れきった目には、彼の着物を汚す赤い血がはっきりと見えた。

「うそ、やだ、ねぇ直哉さん」
「反転、術式」

彼に駆け寄って傷口を確認する。血液の出処は腹部が主のようだ。顔色が真っ白な上、壁に背を預けてはいるが、意識ははっきりしている。

「死なないで……」

傷口に直接触れないよう注意を払いながらわたしは術式を使った。泣いている場合ではないのに、涙が止まってくれない。そんなわたしの頭を、直哉さんはぎこちない動作で優しく撫でた。

「こんくらいで死ねへんて」

初めて会ったときと同じく呆れたように彼は笑った。数十秒そうしている間に反転術式によって傷は全て塞がり、元々なかったかのように消えた。傷口があったところをつつと指でなぞると直哉さんが身を捩る。

「ちょ、こそばいねんけど」
「もう痛くないですか?」
「うん」
「本当に?」
「なんで嘘つかなアカンねん」

しつこいわたしに彼はぐっと眉根を寄せた。それを見て、わたしはまた泣いてしまった。涙の膜の向こうで直哉さんがギョッとした顔をしている。わたしは彼に縋り付いてぐすぐすと涙を零した。

「ごめんごめん、キツいこと言うたな」
「ちが、そうじゃなくて、いつもの直哉さんだ、って思って」

珍しく直哉さんが謝罪を口にする。それを否定しつつも、わたしは顔を上げられなかった。彼から離れがたかったのだ。抱きついていることに直哉さんは何も言わないどころか、わたしの背中に腕を回しぎゅっと抱き寄せた。わたしはただひたすらに、彼の心臓の音を聞いていた。


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