和風喫茶店



九月、始業式。ひと月半ぶりの学校は眠くて仕方がない。つまらない校長の話を聞きながら、標準語ばかりの世界に懐かしさを覚えていた。

写真が欲しいとせがんで撮ってもらった直哉さんとのツーショットを見つめながら、寂しさを抱えて帰路に着いたのはつい最近のことである。寂しいと言葉にはしなかったものの、わたしの言動の節々からそれを感じ取っていたのか、直哉さんは帰る直前まで傍にいてくれた。それだけで満たされるのだから、わたしの心もずいぶん簡単な構造である。

「ね、親戚んとこ行ってたんだって?」
「そう。京都のね」
「へぇ、どうだった?なんか前会ったときより痩せてない?」
「あー結構運動したからかも」
「……何しに行ってたの?」
「あ、いや、あちこち行ったって意味」

呪術のことはぼかしつつ夏休み中親戚のところへ行くと伝えていた友人は、再会した途端にわたしを質問攻めにした。それもそのはずである。今までわたしが親戚の家に行くことなどなかったのだから。父方の実家は同じ東京にあるため、行くとしても日帰りだ。それが夏休み中ずっと京都で滞在するとなれば、長い付き合いの友人が不思議に思うのも無理はない。

一応連絡は取り合っていたのだが、彼女は大学受験を控えているため、あれこれと詳しい話は全くしていなかった。元気?とかそういった類いの、ある種の生存確認みたいなものだ。

「親戚ってどういう関係の人?」
「……それがよく分かんないんだよね」
「は?そんなことある?」
「多分近い関係ではないことは確か」
「えぇ、何それ。写真かなんかないの?」
「あ、それならある!」

答えられないことが多いなと今更気づきながら、わたしはスマホの写真アプリを立ち上げる。そして一枚の写真をタップして友人に見せた。

「これ」
「え、待って?すごいイケメンじゃん」
「だよねぇ」

彼女の新鮮な反応にわたしは苦笑を浮かべた。わたしの直哉さんとの出会いは衝撃なものだったとはいえ、わたしは彼と会ったときからかっこいい人だなとしみじみ思っていた。だというのに、禪院家では直哉さんをそういう風に言う人はいない。良いことであったとしても、人の容姿をジャッジするような真似はしない方針なのかは分からないが。

「こんなイケメンとひとつ屋根の下で過ごしてたの?ズルい」
「その言い方、なんかヤバいから」

ようやく自分と同じ反応をする人を見て、やはり直哉さんはかっこいいのだとわたしは再確認した。そんな人とよく一緒にいれたものだとも思う。わたしが禪院の血を受け継いでいなかったら、術式を持っていなかったら、関わることもなかったのだろう。

「ラッキーだね」
「ほんとにね」

楽しそうに笑った彼女に、わたしはうんうんと頷いた。
面倒な始業式が終われば、お次は体育祭文化祭シーズンである。最後の学園祭ということで、クラスもいつもより騒がしい気がする。気合いが入っているのだろう。

運動が得意なタイプではないわたしは、体育祭はほとんど見る専門である。全員参加が必須の競技だけ参加するのだが、その練習をしたとき自分の体力が向上しているのを感じた。例の友人は運動神経抜群のため、リレーなどの花形競技にも出るらしい。

わたしの楽しみである文化祭では、クラスで和風喫茶をやることになった。ここでもわたしは自分の成長を感じることとなる。和風という名の通り、和服を着ることになったのだが、皆が着付けに苦戦する中わたしはすんなり着ることが出来た。京都でのしごきは決して無駄なものではなかったのだなと、わたしは一人うれしくなった。





文化祭当日、わたしはかわいらしい和服に身を包み、廊下で友人と集客に励んでいた。イベント行事特有のざわめきがやけに心地良い。様々な格好をした生徒たちが廊下を行き交う中、わたしは自分の目を疑った。

「え、あれ?」
「どうしたの?」

ぱちぱちと目を瞬いて戸惑っていると、隣の友人が訝しげにわたしを見やる。彼女の問いに答える前に、わたしは視線の先を指さした。

「あれ……」
「あ、例の親戚じゃん!」
「えっ、だよね?なんで?」
「呼んだんじゃないの?」
「呼んでない……」

指した指の先にいたのは、先日別れたばかりの直哉さんであった。見間違いかとも思ったのだが、友人もそうだと言っている以上、その可能性はないだろう。極めつけに、彼とバッチリ目が合ったかと思うと、ひらりと手を振られた。

「な、直哉さん」
「お、おったおった。来てやったで〜」
「えっ、な、なんで?」

いつもの和服ではなく、ラフな格好をした直哉さんがわたしの元へやってくる。隣で友人が生の方がかっこいいと呟いているのが聞こえた。一人困惑するわたしをよそに、彼はにこりと人の良い笑みを浮かべる。

「帰るん嫌や言うてごねとったお嬢さんが寂しがっとるやろな思て」
「なっ、」

そんなんじゃ、と反論しようとしたところでここが学校であることを思い出し、わたしはぐっと堪えた。ただでさえ直哉さんは目立つのだ。ここで少しでも騒いでしまえばわたし達は注目の的だ。友人もいることだし、それは避けたい。

「ごめん、一瞬席外してもいい?」
「いいよ〜どうせもうすぐシフト終わるから自由時間だし」
「ごめんね、ありがとう!あとで連絡する!」
「了解〜」

友人に断りを入れてわたしは直哉さんの袖を引く。三年間通ったこの学校における人の少ないところは熟知しているのだ。「あとでね」と手を振り向かった先は屋上へ続く階段であった。

「何やねん。こないな人気のないとこに連れ込んで」
「変な言い方しないでくださいよ」

突然訳も告げられずに連れ出された彼は不服そうである。

「どうしたんですか、こんなところに来るなんて」
「ちょうど仕事でこっち来とってん。せやから冷やかしに行ったろかなって」

会いたくなかったわけではないし、なんならむしろ会いたかったので来てくれたことは純粋にとてもうれしい。ただTPOが駄目なのである。

「来るなら教えてくれれば良かったのに……」
「直前まで行く気になるか分からんかってん」
「えー、意地悪!」
「生意気」

ぐっと顔を顰めたわたしの額を直哉さんが指で弾く。所謂デコピンだ。痛い!とおでこを押さえれば、彼はゲラゲラと笑った。

「ま、ほなそろそろ帰るわ」
「えっ!もう帰っちゃうんですか?わたしのクラスだけでも寄ってってくださいよ〜!」
「なんで俺がガキのままごと見に行ったらなあかんねん」
「ままごと……じゃあどうして来たんですか」

言わんとすることは分かるが何もままごと呼ばわりしなくても、と眉をひそめてそう詰めると、彼はきょとんとした様子でわたしを見やった。

「言うたやんけ。お前の顔見に来たったって」

ドッといきなり心臓がうるさくなった。ずるい。本当に彼はずるいのだ。そんな心中も知らずに、直哉さんはそない物覚え悪かったか?と首をひねっている。残念ながら物覚えはいい方だ。言い方ひとつで破壊力は段違いになってしまうものなのである。

「ずるい!!」
「は?何がやねん」

突然大きな声を出したわたしを彼が怪訝そうに見つめている。なんでもないです、とわたしはぷいと顔を背けて、とんでもない人を好きになってしまったものだとため息をひとつ落とした。


prev back next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -