嘘びたしの光
それからというもの、わたしは何度も沖田総悟と出かけることとなった。突然の呼び出しに嫌々待ち合わせへと向かう。いや、嫌々ではないかもしれない。少し、ほんの少しだが、彼と過ごす時間はそれなりに楽しかったりするのだ。
情報屋という特殊な職業故、わたしには仲のいい友人などもいない。誰とも上辺でしか付き合えないのだ。唯一心を許せるのは家族だけで、その中でもわたしは兄のことがいっとう好きだった。ぶっきらぼうで、いわゆるツンデレな兄は不器用ながらもわたしのことを可愛がってくれた。生きていれば、二十六歳だ。
話が逸れたが、そんな境遇で育ったため特定の人とあちこちを巡るのは新鮮なことで、思っていたより楽しい。情報を引き出すために一緒にいるわけでないだけで、こんなにも心地が違うものなのだと初めて知った。
「ねぇ、沖田さん」
「ん?なんでィ」
「どうしてわたしだったんですか?他でも良かったでしょう」
「何の話ですかィ」
「恋人の振りの話ですよ」
「あー、そりゃあ都合がよかったからに決まってらァ」
今日も今日とて、わたしは沖田さんと甘味処にいた。短期間に何度も訪れているからか、店員の女性に顔を覚えられている。わたしたちは団子ばかり食べているが、本当は饅頭の方が人気らしい。今は微妙な時間帯で客も少ないが、八つ時には非常に混雑するのだとか。
人が近くにいないことを確認し、わたしは彼にここ最近頭を悩ませていた疑問をぶつけた。返ってきたのは当たり障りのない答えで、わたしは少しがっかりした。弱みを握られている以上、当たり前の返答といえばそうなのだが。
「……そうですよね」
出した声が思ったよりも沈んでいるように聞こえて、わたしは自分自身に驚いた。沖田総悟も同じようで、こちらを見てはパチパチと目を瞬いていた。
「なんでェ、もっと高尚な理由がよかったんで?」
「いえ、別に」
「……かわいくねェな」
隣に座っている彼がからかうようにぐいと体を寄せてくる。それを躊躇なく右手で押し返せば、舌打ちが聞こえた。
「沖田さんにかわいいなんて思われたくありません」
売り言葉に買い言葉。少し険悪な雰囲気になるも、めんどくさがり屋二人では続くはずもなく、数分後にはいつも通りに戻っていた。ここの団子が美味しいからかもしれない。
「こんな頻繁に食べてたら太りそうです」
「出不精だからでしょーや。散歩でもすりゃすぐ痩せまさァ」
「……返す言葉もありませんね」
簡単に言いくるめられてしまい、少々不服である。しばらく体重など量っていないが、そろそろまずいかもしれない。わたしは自他ともに認める出不精である。やはりここは彼に一肌脱いでもらうしかないだろう。
「じゃあ今からお散歩に行きませんか?」
「えー、俺ァこの後も仕事で歩き回るんですぜ」
「いい運動じゃないですか」
「ったく……言うんじゃなかったぜ」
しぶしぶ、といった様子で立ち上がった彼はそのまま支払いへと行ってしまう。何だかんだ言ってわたしの意見を取り入れてくれるのは、彼なりの優しさなのだろうか。そういえば、わたしが支払ったのは一番最初だけで、それ以降はいつも彼が出してくれている。まあ、わたしは恋人の振りを「してあげている」立場なので問題はないのだが。
「なんとなく、引け目を感じる……」
ぽつりと呟いた言葉は彼には届かなかっただろう。わたしは一人、次は支払おうと決意したのだった。
*
「総悟」
「げ、土方さん」
名字との外出から帰ってきたタイミングで嫌な奴と鉢合わせた。太りそうだと懸念した彼女に、少しは動いたらどうだなどと余計なことを言ったせいであちこち歩かされて、もうへとへとだ。早く風呂に入ってドラマ見ながら寝落ちたい。
「随分な挨拶だな」
「うるせェお人なこった。何か用ですかィ」
青筋を立てる土方さんを見ないふりで上着を脱ぐ。少し腕を回しただけでバキバキと嫌な音が鳴った。あーもう早く寝たい。
「……何か聞き出せたか?」
突如距離を詰めてきたかと思うと、声を潜めて土方さんがそう言った。あぁそのことか、と俺はため息をついて首を横に振った。
「いや。全く口を滑らせやせんぜ、あの女」
思い浮かべたのは先程まで隣を歩いていた彼女のこと。にこにこと固めたような笑顔を貼り付けては息をするように嘘をつく女、名字名前のことだ。
「怪しい動きは?」
「特には。万事屋の旦那とも知り合いみてェですし、情報屋ってのは間違いじゃねェんですか」
「いや、それはねェ。これは確かな事実だ」
煙草の煙をふぅと吐き出した土方さんに、そーですかィ、とだけ返す。
「……ま、俺ァ別にどっちだっていいですけどねィ。ストーカー対策に一役買ってくれそうなんで」
「ないとは思うが、変に入れ込むんじゃねェぞ」
「誰に言ってんですかィ、土方さん。俺がそんなヘマするわけねーでしょ」
「あいつから情報を引き出せ。いいな」
「うるせーな指図すんなコノヤロー」
「上等だコラ!表出ろ!」
ドタドタと追いかけてくる音に振り返らず風呂場へ急ぐ。嘘はついていない、と自分に言い聞かせ扉をぴしゃりと閉めた。そしてそのまま、まだ夕方だからか誰もいないのをいいことに、俺はその場にずるずるとしゃがみ込んだ。
「入れ込むってなんでィ……」
一人きりの脱衣所に情けない自分の声だけが響いていた。名字名前が情報屋であることを掴んだとの報告が上がったのは二週間ほど前のことだった。
俺は元々一人の女にストーカー行為を繰り返されていた。そのストーカーにより、俺にもう一人ストーカーが増えたことを知ったのだが、それが名字であった。しかし、その尾行技術が一般人のそれではないことから、俺は山崎に名字を尾けるように指示した。その時はまさかその女が情報屋だとは露ほども思っていなかった。
思わぬ発見を土方さんは好機だと捉えたようだった。そいつから様々な情報を引き出してやろうと考えたのだ。対象の俺が適任ということで、くだらない茶番を挟み知り合うこととなった。
従順なように見えて跳ねっ返りな名字をおもしろいと思ったし、恋人の振りでもさせればストーカーも諦めるに違いないと考え、俺は土方さんの案を了承したのだ。
適当に惚れさせてペラペラ喋ってくれたら御の字程度に思っていたのだが、まさか俺がその女と過ごす時間を悪くないと思い始めるなど想像もしなかった。
完全に計算外だ。