楽しくはないね


甘味処でばったり出会ってから数日経ったある日。

パソコンに向かって仕事をしていたとき、近くに置いてあった携帯電話から着信音が流れ出した。わたしが営んでいる情報屋は電話依頼が基本であるため、また仕事か、という思いを抱きながらそれを手繰り寄せる。しかし、その液晶に表示されていたのは「沖田総悟」の文字だった。

「うわっ」

てっきり依頼だと思い込んでいたため、無意識に押そうとしていた応答ボタンからさっと指を遠ざける。幸い液晶には触れていなかったようで、画面は依然として光り続け、着信音は鳴り止んでいない。

電話に出れば、きっと理不尽な頼みでもされることだろう。ここは無視を決め込むのが一番お利口さんな答えだ。後日何か言われたとしても、気づきませんでしたの一言で終わりである。よし、仕事の続きをしよう。

再びパソコンに向かい、キーボードを叩く。先日舞い込んだ依頼を共に情報屋を営んでいる父に共有しているところなのだ。うちは代々情報屋の家系で、わたしはその跡継ぎである。本来なら兄が継ぐはずだったのだが、とある一件で命を落とし、継承権がわたしへと巡ってきた。別に、欲しくなんてなかったのに。

「……あぁ、もう!一体何コールかけてくるつもりなんですか!?」

キーボードに手を置いたまま過去を回想していても、着信音は止まることを知らず鳴り続けていた。思わずソファへ投げ飛ばした携帯電話を拾いながら、いつの間に連絡先を登録されていたのだろうかと思考を巡らせたが、結局よく分からなかった。

未だに鳴り止まない携帯電話を見て電源を切ることも考えたが、他からの連絡が来た場合を考えてやめた。このままでは全く仕事が捗らない。わたしは仕方なく応答ボタンを押し、彼からの電話に出た。

「……はい、名字ですけど」
『遅せェ』
「どうもすみません。お仕事が立て込んでいたもので」

少しでも腹が立ったら即切ってやろうと思っていたのだが、開始早々に彼は人を苛立たせるような発言をする。ここまで来ればむしろ天才だ。いや、そのことに関して、彼は以前から天才であったか。

人というのは第一印象が多少悪くとも、お互いを知っていくにつれて良いところを見つけるものではないだろうか。しかし、彼の場合はその逆だ。悔しいけれど、ルックスは完璧であるし、肩書きは武装警察真選組一番隊隊長というもの。一般的に言えば、彼の第一印象はとても良いものだろう。とはいえ、中身は酷すぎる有り様である。

わたしは彼と付き合っている振りをしているわけだが、こんな人をストーカーする人の気が知れない。不思議だ。

「というわけで忙しいので切りますね」

話すことなど何もないという気持ちを込めてそう言うと彼は何故か黙り込む。そして数秒の無言が続いたのち、彼はじゃあ、と切り出した。

『明日三時に前の甘味処で』
「は、」
『じゃ、せいぜいお仕事頑張ってくだせェ』

それっきり一方的にプツッと切られた電話。明日、三時、前の甘味処。理由も無くただそれだけ。数日ぶりに話した彼は相も変わらず一方的で、気ままで、人の話なんて聞いてくれやしない。

「……また鬼電されたら嫌ですしね」

それなのに、わたしは一人言い訳をして、明日の昼二時にアラームを掛けた。





その次の日、三時のこと。

わたしは自己嫌悪に陥りながらも例の甘味処への道を進んでいた。時間ぴったりに行くのは何となく癪であるから、敢えて十分ほど遅れていく。我ながら馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、こうでもしないとやっていられないのだ。

しばらく歩き、甘味処の看板が見えたあたりで、待ちくたびれたとでも言いたげな顔をした沖田総悟が壁にもたれて立っていた。わたしと目が合うと顔を顰め、こちらへ近づいてくる。

「遅ェ。何分待たせる気でィ」
「すみません。女の子は支度に時間がかかるものなんです」

にこりと笑って上辺だけの謝罪を述べれば、彼は顔を顰めたまま無言でわたしの手を取り、歩き出した。え、と彼の方を見やるも、彼はいつもと何ら変わりない様子である。さり気なく握られた手は絶対離すなとでも言わんばかりにぎゅっときつく掴まれている。痛くはないものの、わたしの力ではほどけないくらいの強さで握られており、そのまま歩く彼は手を離す気などさらさらないようだ。

「これ、何のつもりですか」

繋がれた右手を左手で指さしてそう言うと、彼はおもむろに足を止めた。当然わたしも足を止め、彼からの返事を待つ。すると彼は笑って一言口にした。

「デート」

驚いた。そんなふうに笑う人だなんて知らなかった。底意地の悪い人としか認識してしていなかったからか、爽やかに笑う彼は新鮮で、不覚にも少しドキッとしてしまった。

「あ」
「えっ、な、なんです?」
「今、胡散臭ェ笑顔が剥がれてやしたね」

その言葉に「え」と思わず口をおさえると、彼はさぞ可笑しそうにげらげらと笑った。

「普通にしてりゃいいのに」
「嫌です」

べ、と舌を出せば、彼はまた笑う。何ですかこいつ。このサド野郎。そう心の中で罵りながらも、何だかおかしくてわたしも一緒になって笑った。こうやって、心の底から笑ったのは久しぶりな気がした。

「……あ、そうだ沖田さん、これから何処へ行くんです?」
「ん?あ、旦那ァ」

彼は何かを言おうとして少し遠くを見た。すると、そこには何やら知り合いが居たようで、手を振って呼び止める。沖田総悟が手を振る方を見やると、そこには着崩した着流しに木刀を携えた銀髪の男が居た。

「あれ、総一郎くんじゃん。何してんの?」

ふわふわの天パを揺らして近づいてくる男の顔を見て、わたしは思わず顔を顰めた。

何故なら彼はかつて名を轟かせた攘夷志士白夜叉であり、よく情報提供を頼まれるのだが、なにぶん視線や気配に敏く、わたしは何度か見つかっているのだ。それ故に、わたしはこの人にも嘘をついている。

「見てわかるでしょ、デートでさァ」
「えっ、総一郎くん彼女居たの……ってお前、名前じゃねェか」
「わぁ、坂田さんお久しぶりです」
「おう、久しぶりだな。小説はどーよ、売れてんの?」
「まあまあですかね。その折はどうもお世話になりました」

そう、お察しの通り、わたしは小説家ということにしてあるのだ。わたしも一応プロであるからして、そう簡単には見つからないと思っていたのだが、坂田さんは尾行一日目にしてわたしに気がついた。それ故にわたしは坂田さんへの尾行の理由を、今書いている小説の主人公のモデルにしたくて、行動を追っていたという少々苦しいものにしてしまったのである。

勝手なことをして申し訳ありませんでした、と謝れば、彼は案外簡単に許してくれ、おまけに何日間か一緒に過ごさせてもらうことまで出来た。お陰様で坂田銀時という人物については既に熟知している。金銭面を除けば、お人好しで意外と正義感の強い、少し不器用な良い人だ。

「小説?あんた小説家だったのかィ」
「えぇ、まぁ」
「へェ。てっきりストーカー癖のあるニートかと」

坂田さんによりバラされたわたしの職業に、そんなに信じられませんか、と言いたくなるほど彼は眼をパチパチと瞬いた。いやまあ、わたしは小説家ではないのだが。

「ちゃんとお仕事してるって言いましたけど」
「お得意の嘘だと思ってやした」

悪びれる様子もなくそう言う沖田さんに「少なくとも沖田さんよりはお仕事してます〜」と言い返せば「俺だって仕事くれェしてやす〜」と真似をしてくる。

「へー……割と仲良いんだなァ、意外だわ」

グダグダと身のない言い合いをするわたし達を見て、坂田さんはしみじみとそう呟いた。仲が良い?そんなわけないじゃないですか。

「良くないです」
「良くねェです」

坂田さんに向かってパッと言い返すと、まるで打ち合わせをしたかのように見事に彼と声が被る。

「真似すんじゃねェよ、ストーカー女」
「違います〜名前です〜」
「はいはい、仲良し仲良し」

あぁ、もう!だから仲良しなんかじゃありませんって!


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