薬にもならない


体調を崩した。それはもうめちゃくちゃに。喉も頭も痛くて、測ってはいないけれど、多分熱もある。沖田さんと出会ってからというもの、仕事以外で出かけることが増えたせいで体調管理が疎かになっていたのだろう。一晩ソファで寝落ちただけでこのザマだ。急ぎの仕事がなかったのがせめてもの救いである。

何か食べて薬を飲まないと、と思うのに身体がついていかない。起き上がるのも辛い。そんなとき、携帯電話が新着メッセージを受け取った。こんなときに仕事が入るとは本当についていない。ソファから机に手を伸ばすして手探りで携帯を探し、開いてみるとそれは沖田さんからのものだった。

「……タイミング最悪なんですけど」

ぼそりと呟いた一人言に喉がずきずきと痛んだ。画面を見たことで頭痛も強まったような気もする。もう散々だ。開いたメッセージには今日三時に甘味処でと書かれていた。お断りの返事をしようとして、わたしは体調の悪さから来る嫌な眠気に負けた。つまり、既読スルーというやつをしてしまったのである。





電話が鳴っている。着信音がうるさい。不可抗力ではあるが、睡眠を取ったのが吉と出たらしく、体調は幾分かマシになっていた。半ば反射で応答ボタンを押し、スピーカーに切り替える。

「……もしもし」
「大丈夫か?」

噛み合わない。誰だ?と液晶をよく見ると、発信先は沖田さんであった。そこで、あ、と気づく。そういえば昼間に連絡が来ていたんだった。

「すいません、ちょっと体調悪くて。昼間の連絡も返し損ねてますね」

指摘される前に謝っておこうと先手を打つと、長い沈黙が落ちた。切られてはいないのだが、どうしてか黙り込んでしまったのだ。

「なんか声おかしくねェか」
「喉痛いんで」
「風邪?」
「おそらく」

いくらか間が空いて、沖田さんが話し出す。わたしはベットに背を預けたまま、彼の少し低い声を聞いていた。

「家どこでィ」
「家?」
「アイスでも買って行ってやらァ」
「や、いいですよ」
「何を今更遠慮してんでさァ」

まずい展開になった、とわたしは内心焦っていた。家に来られるのは非常にまずい。わたしには疚しいことしかないのだ。隠し事ばかりな上、今は頭がろくに働いていない。しかも相手はあの沖田さんである。彼は妙に鋭く、目敏いのだ。

「風邪移しちゃ悪いでしょう」
「アンタみてェにやわじゃねェんで」
「……家片付いてないので嫌です」
「別に気にしやせんけど」
「わたしが、気にするので」

どちらも一歩も引かず、もはや口喧嘩だ。先に折れたのは沖田さんで、彼はわたしの台詞にわざとらしい大きなため息を落とした。

「……大丈夫なのかィ」
「何がですか」
「体調」
「まぁ良くはないですけど、大したことじゃないです」
「そうかィ。ならいい」

彼の声が一段と柔らかくなった。そこでようやく、彼がわたしのことを心配してくれていたのだと気づく。どうやら風邪のせいでそこら辺まで馬鹿になってしまっていたようだ。

「風邪治ったら、今日の予定やり直しませんか」
「……名前の奢りなら」
「ふふ、分かりました」
「じゃーな。ちゃんと寝ろよ」
「はい、じゃあまた」
「おう」

プツリと電話が切れる。静かになった部屋で先程までの会話を反芻しながら、あれ?と引っかかりがひとつ。何かおかしなところがあったように思うのだけど、とまで考えてわたしは気がついた。

「名前、呼んでたんだ」

ぽつりと独り言が零れる。沖田さんは今まで頑なにわたしの名前を呼ばなかったのだ。それが何故か今日、なんとも自然にわたしの名を呼んだ。何故、どうして、という疑問より先に、わたしはうれしいという感情を抱いていた。これは偽の関係。そう言い聞かせているのに、想うことはどうにも止められないようだ。

「馬鹿を見るのはきっとわたしね」

声を出した拍子に喉がズキリと痛む。起き上がったわたしは冷蔵庫からのど飴を探し出し、ひとつ口に含んだ。ハーブの香りが広がる。だけど気持ちは爽やかにはなりそうにもなかった。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -