額縁



美術館へ行かないか、と誘われたのは次の三連休の数日前のことだった。グリム、エース、デュースの三人と次の授業が行われる教室への移動中、私は声を掛けられた。

「こんにちは、監督生」
「あ、リドル先輩。こんにちは」

真紅の髪にぱっちりとした大きな瞳。きっちりと着こなされた制服には皺ひとつ寄っていない。そんなリドル先輩の麗しい笑みに、私もにっこりと挨拶を返した。

「今、少しいいかい」

先輩が申し訳なさそうに眉を下げる。ルールに厳しい彼は、教室移動の時間が減ることを気にしているらしかった。五分前行動どころか、遅刻ギリギリで滑り込むことも多い私には要らぬ気遣いなのだけれど。

「はい、もちろん」

当然そんなことを言えるはずもなく、私はただ了承するのみに留めた。「先に行ってて」と言う前に、何やら気になっている様子のグリムとデュースを、空気を読んだらしいエースが「じゃ、オレら先行ってるから。ホラ行くぞ」と半ば無理矢理連れて行く。随分と手際の良い様子に、私とリドル先輩は顔を見合わせてくすりと笑った。

「普段からあのくらいキビキビとしてくれたらいいのだけど」

三人の後ろ姿を見送りながら、先輩が困ったようにボヤく。彼らと同じ部類である私は下手に「そうですね」とも言えず、ただ曖昧に笑うだけに留めた。先輩のようなきっちりした人間になりたいと常々思っているけれど、中々上手くは行かないものである。そんな時、ちらりと時計を見やった先輩が「おっと、いけない」と声を上げた。

「話がまだだったね。いきなりですまないが、次の祝日は何か予定があるかい?」
「次の祝日ですか?」

突然のことに困惑しつつも、えぇと、と頭の中にカレンダーを思い浮かべる。次の祝日とは、来週の金曜日のことだろう。少し前にグリムと「三連休嬉しいね」と話した覚えがあった。特にこれといった予定もなかったはずである。

「特になかったと思います」
「……そう」

ありのままを告げれば、リドル先輩が心なしかホッとしたような表情を浮かべた気がした。その理由は分からないけれど。授業が始まるまで、まだ時間に余裕がある。騒々しい廊下は立ち話にうってつけだった。

「良かったら、一緒に美術館へ行かないかい」

チケットを二枚貰ってね、と先輩がジャケットの内ポケットから封筒を取り出す。封筒には赤薔薇のシーリングスタンプが押されており、先輩の言う美術館はどうやら薔薇の王国にあるらしかった。薔薇の王国には沢山の有名な絵画が所蔵されている美術館があると、エースが言っていたことを思い出した。

「え!嬉しいです!でも……私が行ってもいいんですか?」

エーデュースの二人がハーツラビュル寮生ということもあり、リドル先輩とはお話する機会も多い。他の先輩方に比べれば仲が良い方だと言えるだろう。しかし、休日に二人きりで出掛けるほどかと言われれば悩ましいところだ。誘ってもらえることはとても嬉しい。しかし、それ以上に気が引けてしまう。そんな私の心中を察したのか、リドル先輩はハッキリと一言告げた。

「キミと、行きたいのだけれど」

開け放たれた大きな窓から爽やかな風が吹く。先輩の前髪がひらりと舞い、呼応するように私のスカートが揺れた。

「えっと、私で良ければ、ぜひ」

廊下が騒がしくて助かった。少し震えた声も、うるさいくらいの鼓動も掻き消してくれるだろうから。そっとリドル先輩の表情を窺えば、優しい視線とかち合う。

「そうか、良かった。詳しいことはまた連絡するよ」

眉を下げて微笑む先輩の姿は、百億の名画にも勝るに違いない。私はゆらりと手を振り返し、去って行く後ろ姿を予鈴のチャイムがなるまで見つめていた。



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