気紛れな逢瀬



昼時、爽やかな風の吹く中庭。監督生は、ベンチで一人の昼食を楽しんでいた。いつも一緒のグリム、エース、デュースの三人衆は、先程の錬金術の授業でやらかしてしまい、お説教中である。幸いにも説教枠から外れた監督生は、縋るような目でこちらを見ていた三人に「健闘を祈る」と愛のあるメッセージを残し、一足先に昼休みを満喫していたのだ。

いつもは食堂で食べることが多いのだが、一人寂しく食べるのも何だかな、と今日は中庭を選んだ。すっかりマブとの生活に慣れきってしまっていることに、監督生は一人苦笑した。購買で三人の好きそうなパンをいくつか買い、その内のひとつを頬張る。もちもちのベーグルは腹持ちもよく、監督生のお気に入りであった。

「あ、小エビちゃん」

やけに静かな中庭に、甘い声が轟く。ふわりと香るのは、潮の匂いだろうか。小エビ、という独特なあだ名で監督生のことを呼ぶのは、この学園においてただ一人。ターコイズブルーの髪にひと房の漆黒が映える、長身の男。左右で色違いの瞳が監督生のことを覗き込んでいた。

「フロイド先輩、こんにちは」
「はいこんにちは」

監督生の言葉に、フロイドは垂れ目を細め、にっこりと微笑む。気分屋で有名な彼だが、今はどうやらご機嫌のようで、纏う空気が一段と穏やかである。そのことに監督生はひっそりと安心し、そっとベンチの端へと寄った。

「あれぇ、アザラシちゃん達は一緒じゃねぇの?」

監督生が空けたスペースにフロイドはどっかりと座り込む。持て余していそうなほど長い脚を組み、背もたれに体重を預ける様子を監督生はぼんやりと見つめていた。

「……小エビちゃん?聞いてんの?」
「聞いてます聞いてます。グリムですよね」

暖かい日差しと満腹感でうっかり微睡みかけていた監督生は、フロイドの声にハッとして目を大きく開ける。取り繕ったことなどフロイドにはお見通しだろうが、何も言われないのを良いことに監督生は話を続けた。

「多分、まだクルーウェル先生に叱られてると思います」
そろそろ終わると思うんですけど、と苦笑を浮かべれば、フロイドは「懲りないねぇ」とケラケラ笑う。今頃グリム達は盛大なくしゃみをしているかもしれない。

「先輩も今日はおひとりですか?」
「うん。そういう気分だったから」

穏やかな風が、監督生とフロイドの前髪を揺らしていく。それきり二人は黙り込んだままだった。しかし、その沈黙は決して苦に感じるようなものではない。監督生は芝生がそよそよと泳ぐ様子を見つめながら、再び夢の世界へと誘われていた。

「……せい、監督生!」

聞き慣れた声に監督生の意識が浮上する。薄く開けた瞼の先で、エースが呆れたような顔をして監督生を見つめていた。その少し後ろでは、グリムを抱えたデュースがホッとしたような表情を浮かべている。

「ちょっと監督生!全然電話出ないと思ったらこんなとこで寝てたワケ!?」
「全く、心配したじゃないか」
「本当に手がかかる子分なんだゾ」

口々にそう言われ、ようやく監督生は自分があのまま眠ってしまっていたことに気がついた。そういえば、お説教が終わったらまた連絡すると言われていたんだったっけ。

「ごめんごめん」

手を合わせてへらりと笑えば、エースが「ホントに反省してんの?」と眉間に皺を寄せる。もちろんこれがエースのツンデレ芸であることを監督生はよく知っているので、気にすることはない。他の二人、いや、一人と一匹にとっても最早慣れたものである。

「そういやずっと気になっていたんだが、これ、誰のだ?」

エースの話もそこそこに、デュースがすっと指さしたのは監督生に掛けられていた制服の上着であった。ひざ掛けのように掛けられており、監督生がエース達からの連絡に気付かないまま眠っていたのも、これによる温かさのためかもしれない。

「あ……フロイド先輩、かな」

ばさりと持ち上げた上着は、監督生はもちろん、エース、デュースのそれよりもひと回りかふた回りほど大きい。それだけでも持ち主は随分と絞られるが、眠る直前まで隣にいたことを考えればフロイドのものに間違いないだろう。

「え、なんでフロイド先輩?」
「さっきまで一緒にいたから」

突然出てきたフロイドの名に二人が固まる中、なんてことのないように答えた監督生に、エースだけが「うわぁ」と顔を顰める。

「お前ってホント怖いもの知らずな」
「そう?機嫌悪くない時は結構優しいと思うけど」
「ふぅん」

何か言いたげな様子のエースだったが、監督生は気が付かないフリをして「それより」とパンの袋を三人に差し出した。その中身を見た瞬間、グリムがぱぁっと顔を輝かせる。

「ツナパンなんだゾ!」
「グリム好きでしょ、コレ」
「さっすが子分!よく分かってるな!」

グリムのセリフを聞いて、調子の良い奴だな、とデュースが呆れたように笑った。そうなってしまえば、フロイドの上着のことなど監督生以外は忘れ去ってしまう。三人が各々パンを選んでいる間に、監督生はフロイドへメッセージを送った。

「上着ありがとうございました。お礼にまた今度何かさせてください」という簡素な文に、「いーえ。今日は気分よかったから貸したげただけ」と返事が来る。どう返したものか、と考えているうちに、フロイドから再びメッセージが届いた。それを見て、監督生は思わず吹き出してしまった。

なんたって、「でもアズールがちゃんと制服着ろってうるせーから取りに行く」という文と共に、蛸と火の絵文字が送られてきたのである。この二つから連想されるのは、フロイドの好物であるタコ焼きしかない。

「何笑ってるんだ、監督生」

突然笑い出した監督生に、デュースが訝しげに問いかける。監督生は首を横に振り、笑いを押し殺したような顔で口を開いた。

「なんでもない」

フロイドのこういうところは自分だけが知っていればいい。そう考える監督生もまた、ナイトレイブンカレッジの生徒らしくヴィランであったのだ。



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