愛撫でる指先
疲れた。もはやそれしか言えない。残業、残業、残業。定時退社がしたい。肉体的にも精神的にも疲れ果てたわたしは重い身体を引きずって自宅へと急いでいた。早く会いたい。部屋でわたしのことを待っているであろう、彼に。
「おかえり〜」
インターホンを鳴らすと、数秒も経たないうちにガチャリと玄関の扉が開く。ひらりと手を振った部屋着の男は、五条悟、わたしの高専時代の先輩であり、現在の彼氏である。
「ただいま……疲れた……」
満身創痍なわたしを見た彼はまたかといった様子で「お疲れ様」と笑う。わたしは靴を脱ぎ捨てて部屋に入り、ソファに倒れ込んだ。
「夜の任務つらいもうやだ眠い」
「はいはい、そのままだと服シワになるよ」
クッションに顔を埋めて唸るわたしの服を彼が剥ぎ取っていく。気づけば、あれよあれよという間に下着姿にされていた。
「お風呂入るでしょ」
「入りたい気持ちはある……」
「じゃあ一緒に入る?」
「でも悟くんもう入ってるでしょ」
「君とならもう一回入るのもやぶさかではないよ」
「うーん、なら入ろうかな」
「オッケー。お湯ためてくるわ」
「ありがとう〜!!」
いつだか友達が言っていたことがよく分かる。年上彼氏、最高だ。なんといっても包容力が違う。情けない姿を晒して、わがままに甘えても許してくれる。それどころか、駄目人間になりそうなくらいに甘やかしてくれるのだ。
「たまったよ。さ、行こう」
ソファでうとうとしていると声がかかった。差し出された悟くんの手を掴んで緩慢な動作で立ち上がる。
「はぁ、好き」
「どうしたの、可愛いね」
「伝えないといけないと思って」
「僕も好きだよ」
自分よりずいぶん高い位置から降ってくる優しい声に、思わず彼の腕を絡めとってしがみつくと、酔ってる?と軽い笑い声が返ってきた。シラフのはずだよと言いながら脱衣所で服を脱ぎ捨てる。風呂場のドアを開ければ、入浴剤の匂いが広がった。
「ゆず?」
「そう。好きでしょ」
「うん」
身体を流して湯船に二人で浸かる。悟くんの名義で借りられているここの湯船は、彼が足を伸ばしきれるほど広い。わたし一人だと持て余すほどだ。
「はぁ〜極楽」
「気持ちいい?」
「うん、最高。疲れが一気に吹っ飛びそう」
「それは良かった」
悟くんの前にわたしが座る形で彼の肩に頭を預けると、優しい手つきで額に張りついた前髪を優しくよけてくれる。そしてそこにキスをひとつ落とされた。
「おつかれ」
「ありがと。なんかお酒飲みたくなってきた」
「えー、僕下戸だからなぁ」
水面をパチャパチャと手慰みに揺らしていれば、彼の大きな手に握られる。指を絡めて、次は唇に口付けられた。この甘ったるい時間がわたしはたまらなく好きだ。
大きな声では言えないが、わたしは仕事に意義や使命など微塵も感じていない。それでも毎日過酷な任務にも向かうことができるのは、悟くんのおかげだ。
「じゃあソーダにしよう。昨日買った気がする」
「あぁ、それはいいね」
「バニラアイスあったっけ?」
「あるよ」
「じゃあそれも乗っけてクリームソーダにしよう」
「最高じゃんそれ」
二人のどこかハイテンションな笑い声が浴室に反響する。この時間がなくならない限り、悟くんがそばにいてくれる限りわたしは呪術師として生きていけるだろう。こんなわたしは、駄目人間だろうか。