不透明な彼



わたしの恋人は何かを隠している。不規則な時間に入る仕事の電話。何もないところを見つめる目。異様なほど治りの早い体質。

出会ったときから怪しいところはいくつもあった。それでもわたしは禪院直哉という人間のことを好いていた。彼も多分、そうだと思う。深入りを嫌う彼は、わたしの疑問をいつもキスではぐらかした。

「……直哉さんって時々あらぬ方向見てるときありません?」
「ん?君のことしか見てへんけど」

外食をして、家路につく頃。タクシーを待つ間、彼がまた誰もいない空間を見つめていた。わたしの言葉にこちらを向いた彼は、平然とした様子で気障なセリフを口にする。また、誤魔化してる。

「そ、そういうんじゃなくて。猫が不自然に一点を見つめてるみたいな、そういうときありますよね」
「別にそんなつもりあらへんけどなぁ」

アルコールが入っていたため、少し強気だったのかもしれない。わたしがそう食い下がると、彼はとぼけるように笑った。その様子が、やけに怖く感じる。

「お、お化けとか見えてるんじゃないですよね……?」

わたしが一番懸念していたことは霊的な類いが見えているのではないかということだった。漫画の読みすぎかもしれないが、直哉さんののらりくらりとした雰囲気を見ていると、ありえなくもない話だと思ってしまうのだ。

「なんや、怖いんか?」

不安気なわたしを見てか、直哉さんがからかうようにそう言った。しかし言葉とは裏腹に、繋がれていた手にぎゅっと力が込められた。わたしより一回りも二回りも大きい手だ。彼はこの手で、一体何の仕事をしているのだろう。

「怖い、です。わたしと直哉さんじゃ見えてるものが違ってる気がして」

彼の腕にしがみつけば、そっと頭を撫でられる。だけど、何も答えない。この話は終いだと言われているような気がした。

「……ごめんなさい。こんな、わけの分からない話をして」
「ええよ別に。不安にさせてしもて堪忍なぁ」

そう言った彼は寂しそうな、悲しそうな顔をしていた。直哉さん、と口を開きかけたと同時に、タイミング悪くタクシーが到着した。これで帰り、とお札を手渡される。彼はもう、いつもの彼に戻っていた。

「……まあ一つ言えるとしたら、自分の見えとるもんだけが真実とちゃうってことやろか」

わたしは彼に促されてタクシーへと乗り込んだ。いつもと変わらない声がやけに響く。
「ほなね。おやすみ」

直哉さんが窓の向こうでひらりと手を振った。タクシーが進み出す。何故かもう、会えないような気がした。



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