うそぶく蔦



「今いいか?」
「あ、はい。何か御用ですか?」

洗濯物を干し終え、縁側で一息ついていたときのこと。後ろを通りかかった土方さんがわたしに声を掛けてきた。珍しいことに、わたしは目をぱちくりと瞬きながら返事をすると、土方さんは着いてこいとだけ言ってすたすたと歩いて行ってしまう。慌てて追いかけ、着いた先は土方さんの私室だった。

襖が開かれると、嗅ぎ慣れた煙草の匂いが広がる。身体に良くないものではあるが、実はそんなに嫌いじゃない。そんな彼の部屋に置かれた文机には大量の紙が積み上がっていた。推測するに、その紙の正体は大方報告書やら始末書やらなのだろう。主に、沖田さんが破壊した建物の。

「悪いが手伝ってくれねェか。終わりが見えねェんだよ」
「……これは流石に女中の仕事ではないと思うのですが」
「そりゃ分かってるが、今は猫の手も借りたいくれェなんだ。何でもしてやるから、頼む」

土方さんが誰かに手伝いを頼むなんて余っ程だ。とはいえ、出来ればわたしもそんな面倒は仕事は引き受けたくない。やんわりと断りを述べるも土方さんは食い下がるばかりか、「何でもしてやる」などと言い出す始末だ。彼の表情は暗く、一体何徹目なのか定かではない。

「……分かりました。お手伝いします」
「悪いィな。早速だがこれからやってくれ」

仕方なく了承すれば、土方さんは目に見えて嬉しそうに笑う。それだけで報われたような気持ちになるのだから、やりきれない。

何でもしてやる、か。土方さんにして欲しいことなら山ほどある。なにせ、わたしは長らく彼に片想いをこじらせているのだ。名前で呼んで欲しいとか、一緒に出掛けて欲しいとか。それらは全て、わたしが土方さんの彼女であったなら簡単に出来ることなのだが。

「終わったら」
「あ?」
「これ全部終わったら、付き合ってもらえませんか」
「あぁ、どこにだって付き合ってやるよ」

筆を走らせ始めて約三時間。二人がかりで進めても積み上がった紙は中々減らない。土方さんと近くで居られる時間は嬉しいのだが、ろくな会話もないこんな状況は飽き飽きだった。自分を奮い立たせることの出来るものは土方さんの何でもしてやる発言だけ。だから、口が滑ったのだ。

「……えっ、あ、はい。ありがとうございます」

しかし、幸か不幸か土方さんにはその意図が伝わらなかったようで、わたしは安堵の息を吐きながら彼の返事に曖昧に答えた。ちらりと横を盗み見るも、土方さんの横顔は普段と全く変わらない。鈍感男め、と心の内で罵っていると、ふと土方さんが手を止めた。書面に向かっていた視線が上がり、一時停止する。何かを考え込むような仕草を見せたかと思うと、わたしの方に勢いよく振り向いた。

「オイ!」
「な、なんです!?」

大声を上げた土方さんに釣られ、わたしまで大きな声で返事をする。見つめていたことがバレていないだろうかとひやひやしながら彼の言葉を待った。

「お前、さっきの、」
「……さっき?」
「付き合って、って、もしかしてそういう」
「……そういう、意味でした、けど」
「あー、その、なんだ。まぁ、考えてやらんでもない」
「え」

口を滑らせた言葉の意図が伝わったかと思うと、返ってきたのはまさかの肯定で、わたしは一瞬幻聴を疑った。土方さんの方を見やると、ばちっと目が合い思わず逸らす。どうしよう、軽く言っただけだったのに、こんなことになるなんて思いもしなかった。でも、本当は嬉しい。もう一度土方さんに目を向けると、彼はわたしを真っ直ぐ見返してにやりと笑った。

「この山がなくなったら、な」

前言撤回。わたし、絶対弄ばれてるだけだ。



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