刺も愛嬌



「にゃー」

何処かから猫の鳴き声が聴こえた。

「……裏庭かな」

鬼の形相をした土方さんにとんでもない量の白紙を渡されてから早二時間。いい加減集中力は切れ、黙々と滑らせていた手は何度も何度も止まるようになっていた。

そんな中での猫の鳴き声である。癒しを求める心が揺らいだ。可愛い猫、終わらない仕事、可愛い猫、終わらない仕事……。

結局わたしは猫を見たい一心で、書類を作成する手を止めた。裏庭へ行ってみると、そこには猫だけでなく沖田さんの姿もあった。わたしが今書いている報告書の十分の九は彼により増えた仕事である。

この人はそれを知らんぷりし、猫と戯れているという事実から目を背けたくなったが、見た目だけは良い沖田さんと全てが可愛い猫の組み合わせは、わたしに仕事のストレスを忘れさせるには十分だった。

「お前何処のやつでィ。見かけねェ顔だな」
「にゃん」
「白いなァ、お前」

膝に乗っかった白猫をうりゃうりゃと撫でくり回す沖田さんはいつもの意地の悪い笑顔ではなく、年相応の無邪気な笑顔を浮かべている。

そういえば猫好きだったな、と思い出しながらわたしは携帯を構えた。シャッター音の出ないカメラアプリを使っているため、バレることはないだろう。

「にゃんにゃん」
「ん?なんでィ」

彼は猫と目を合わせ、まるで会話をしているかのように首を傾げる。何と言うか、控えめに言って最高だ。可愛い。本当に可愛い。

猫の手を握ったり、抱き上げたり、執拗に撫で回したり。それでも嫌がらないあたり、この白猫は沖田さんのことが好きらしい。頭をぐりぐりと沖田さんに押し付けてはにゃーんと可愛く鳴く。どうやら二人(一人と一匹)は両想いのようだ。

「んー?俺のこと好きなのかィ?駄目だぜ、俺にはもう好きなやつが」
「んんっ」

しまった、と思ったが遅かった。あまりにも沖田さんが可愛くて、つい声が出てしまった。だって、彼の言うその好きなやつとは、わたしのことなのだ。あまり見れない沖田さんのデレに少し、否、かなりテンションが上がってしまったのは致し方ないと言えるだろう。

「……おい、そこで何やってる」
「何にもやってないです」

当然、気配に敏い沖田さんはわたしがいたことにすぐに気がついたようで、先程までの笑顔は何処へやら、わたしへ異常なまでもの量の仕事を振ってきた土方さんと同じくらい怖い顔をしている。

「じゃあ、その携帯は?」
「え、ええっとですね、えっと、それはその、」

上手い言い訳が思いつかずもごもごと吃るわたしを、沖田さんは恨めしそうな目で見つめていた。

「……猫とお話してる沖田さんがあまりにも可愛かったので、つい、写真を……」

言い逃れなど出来ないことを察知したわたしは仕方なく正直にそう答えた。終始目は泳ぎっぱなしで、とてもじゃないが沖田さんの顔を見ることは出来なかった。

しかし、私の答えに沖田さんが何も言わないことに疑問を感じて恐る恐る前を見やると、彼は腕で顔を隠している。

「お、沖田さん?」

わたしがそう呼び掛けても返事をしてくれない。これはいよいよ様子がおかしいと思い、彼に近づくと、とあることに気がついた。

「え、」
「うっせェこっち見んな」

沖田さんの隠しきれていない耳が真っ赤に染まっていたのだ。こんな姿はめったに見られない。今日の沖田さんは可愛さの暴力である。女であるわたしが言うのはおかしいが、このまま近くでいると襲ってしまいそうなくらい可愛い。

ぷいっとわたしから目を背け、あっち行け、とでも言うように手をひらひらと振った。本当はもう少し珍しい沖田さんを見ていたい気もしたが、これ以上しつこく絡んで土方さんにするようにバズーカを撃ち込まれてはたまらない。ここらが潮時だろう、と後ろ髪をひかれながらもその場を離れた。

しっかりとカメラに収めた猫と沖田さんの何十枚もの写真をスクロールしながら部屋へと向かう途中、すれ違った山崎さんが「変質者みたいな顔になってるよ苗字」と怪訝そうな顔で見てくるほど、わたしはにやけていたようだった。


「……猫と喋ってたの見られてたのかよ」

名前のいなくなった裏庭で沖田の零した言葉に、猫がにゃんと返事をした。



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