eternite fluer


花びら舞い散る




「たーいちょ!ねぇ見て!桜が綺麗に咲いてるよ!」

寒さが落ち着き、木々がピンク色に染まり出したある日のこと。桜のある広場にて、本年二度目である真選組のお花見が開催されていた。

「青い空、白い雲!絶好のお花見日和!!」

私は空を見上げ、声高らかに叫んだ。何といったって、私は今日をずっと楽しみにしていたのだ。ほんの少しはしゃぐ位は多めに見てもらいたい。

「名前、大人しくしてろ」

しかしそんな私の願いとは裏腹に、土方さんは私を諌めた。大人しくしてろ、って私は子供か何かか。きっと、土方さんのような堅物ではない人になら理解してもらえるはずだ。

いくらお花見が二度目だとはいえ、桜を目にしてはしゃがずに居られるだろうか。いや、居られない!なんたって、私は日本人なのだから!

とはいえ、鬼の副長である土方さんに逆らうことなんてさらさら出来ないビビりな私は「ごめんなさい」と大人しく頷き、自分の特等席、つまり隊長の隣に腰掛けた。

「ねぇ、隊長。桜綺麗だね」

私は隣でアイマスクを付けて寝ている彼をつんつんとつつきながら話しかける。だけど、彼は何も答えない。けれど私は知っている。隊長は狸寝入りが大の得意だということを。

「……隊長、ほんとは起きてるでしょ」

私がそう言うと、案の定寝た振りをしていた彼は付けていたアイマスクを押し上げ、のそりと起き上がった。

「なんでェ、分かってたのかィ」
「私、隊長のことならなんでも分かるんだよ」

隊長はいつも寝ているように見せかけているが、実は寝ていないことの方が多いのだ。その狸寝入りに何度土方さんは騙されたのだろうか。数えたことは無いけれど、きっと百回は超えていることだろう。

そんなことを考えながら私が隊長へ、にっとドヤ顔を向けると、彼は何故か黙り込んでしまった。

「……隊長?」

見上げるように隊長を覗き込むと、彼ははっとしたような顔をして、直ぐにそっぽを向いた。

「なんでもねェ」

そう言って、隊長はぐいっと酒を煽った。隊長の考えていることは、いつもよく分からない。





それから一時間程経った頃。

近藤さんや土方のヤローを始めとする隊士達は既に泥酔状態で、お花見現場はてんやわんやだった。いつもと変わらないのは、酒が飲めない名前とあまり酒が進まなかった俺の二人だけだった。

「ねぇ、お酒って美味しい?」

誰も相手をしてくれず、流石に暇になってきたのか、名前はそんなことを聞いてきた。名前は、桜の木に話をしている土方を横目に酒のビンを手に取る。

「私も飲んでみたいな……駄目?」
「……お前が飲んだって美味くねェよ。どうせただ酔っ払うだけでさァ。餓鬼が飲むもんじゃねェ」

お願い、と首を傾げる名前に軽くデコピンをかまし、俺は名前の手からすっと酒のビンを抜き取った。そして近くにあった缶ジュースを彼女の前にとんと置く。

「お子ちゃまはジュースでも飲んでろィ」
「もうお子ちゃまじゃないよ!」

名前は子供扱いをされたことに怒り、ぷぅっと頬を膨らませる。そういうところがお子ちゃまなんだろィ、と思わず吹き出すと名前は更に顔を険しくし
、二歳しか変わらない癖に、と恨めしい目線を送ってきた。その姿が何だか可愛くて仕方なくて、俺はぎゅっと名前を抱き締めた。

「え、た、隊長!?」
「さすがお子ちゃま。あったけェ……や……」

俺の腕の中であわあわと慌てる名前を他所に、いつの間にか酔いが回っていたのか、俺は意識を手放した。





「……酔ってないのかと思ってた」

私の首元に顔を埋めてすやすやと眠る隊長からはほんのりお酒の匂いがする。私より二歳年上だけれど、普段よりも幼く見える寝顔に思わず笑みが零れた。

「どっちがお子ちゃまなんだか」

せっかく寝ているのに起こしてしまうのも申し訳なくて、私はしばらくこの体勢のままでいることにした。隊長から離れ難かったというのもあるけれど、それは私だけの秘密だ。しかし、限界というものは来てしまう訳で。

「……足痺れたし重い」

私の体では百七十センチもあるたいちょうを支えるには少々無理があったようで、二十分もしない間に耐えられなくなった。仕方がなく、「起きて」と声を掛けようとした時、突然体に乗る重みがなくなった。驚いて目線を上げると、そこではチャイナ服を身にまとった少女がたいちょうを羽交い締めにしていた。

「あ……神楽ちゃん!」

その少女の名、神楽ちゃん、と呼ぶと、神楽ちゃんはにっと笑った。

「昨日ぶりネ!名前!」
「ちょっと神楽ちゃん 、何してるの、駄目だって」
「オイオイ神楽、イチャイチャしてる二人のことは見守るだけにしようなって言ったじゃねェか」

そんな会話を繰り広げながら、神楽ちゃんに続くように新八くん、銀ちゃんと、次々に万事屋の三人が揃った。

「あれ、銀ちゃんに新八くんも?どうしたの?」

どうして此処にこの三人が居るのだろうか。先日のお花見は万事屋の皆と飲み過ぎたせいで酷いものだったから、と言って仕切り直しのお花見を行ったはずだ。だから誰かが呼んだわけではない。かと言って、お花見をしに来たわけでも無さそうである。

そんな私の単純な疑問に、神楽ちゃんはわざとらしく口笛を吹き出した。いや、正確には吹けておらず、声でフフフン〜などと言っているだけだけれど。そんな神楽ちゃんの隣で新八君はしきりに眼鏡の位置を直し、銀ちゃんは天パで元々くるくるの髪を更にくるくると指に巻き付けている。

私がじっと三人から目を逸らさないでいると、冷や汗をダラダラと流していた三人は堪忍したようで、銀ちゃんが重い口を漸く開いた。

「……あー、いやァ、それはだな」
「おい」

私の疑問が解決されるはずだった銀ちゃんの話は、突然の隊長の不機嫌そうな声に掻き消された。銀ちゃんはそれにほっとしたような顔をするが、私としては少々気に食わない。とはいえ、発言主は世界一大好きな隊長である。当然、一瞬で許した。

「上司が羽交い締めにされてんのスルーしてんじゃねェ」

隊長はそう言い、助けろ、と私を見やる。そういえば、神楽ちゃんに捕まえられたままだった。忘れてた、と心の中で思いながら神楽ちゃんに近づく。

「ごめんね。神楽ちゃん、離してあげてくれる?」
「仕方ないアルな。名前に感謝しろヨ、クソサド」

神楽ちゃんがそう言ったと同時に、隊長はどさりと地面に降ろされた。

「いってェ」

隊長は落とされたときに打ってしまったのであろう腰を擦りながら立ち上がる。相変わらず彼の目線の先は私ではないけれど、そんなことは気にしない。

こうして無事隊長の件も片付いたわけだし、そろそろ私は先程の問いを解決したい。そんな気持ちで銀ちゃんの方を見やると、彼は隊長に、まるでヤのつく職業の人のように詰め寄っている最中だった。もちろん、神楽ちゃんも。新八くんはと言うと、一歩下がった所から隊長に申し訳なさそうな顔を向けていた。

それを見て私は、神楽ちゃんに銀ちゃんより新八くんのような人にならないと駄目だよ、と深く思った。銀ちゃんがいる手前、今は言わないけれど。そんなことを一人考えている間にもどんどん銀ちゃん達の話は進んで行く。

「総一郎君さァ、誰の許可得て名前に抱きついて寝てんだコノヤロー」
「旦那、総悟です」
「そうネ!調子乗ってんじゃねーヨ、クソサド!」
「つーかそんな記憶ねェんだけど」
「はァァ!?がっつり抱きついてたアルヨ!!」
「ちょっとちょっと総一郎くーん?証拠もあるんだけどォ?」
「だから総悟です、旦那」

銀ちゃんと神楽ちゃんが言っているのは、隊長が私に抱きついたまま寝てしまっていたことを指しているらしい。どうやら隊長は全く覚えていないようだけれど。まあ、酔っ払いとはそういうものだ。別に、残念に思ったわけじゃない。思ってないんだから。

銀ちゃんは最後まで隊長の名前を間違えたまま、何故か袂からカメラを取り出した。どうしてカメラを持ち歩いていたのか疑問ではあるが、証拠がある、と言ったように、そのカメラには先程までの私たちの様子が写っているのであろう。

お金は払うから十枚くらい焼き増ししてくれないかな、などと考えている間に銀ちゃんは隊長にその画面を見せていた。あっ、と思うも時すでに遅し。それを見た隊長は、珍しく目を大きく見開いた。

「……マジか」

次の瞬間苦々しくそう呟いた隊長は、やっぱり、本当に覚えていないみたいだった。

「えっと、ほら!隊長飲みすぎてたじゃない!?だから酔っ払って、寝てた!寝てただけだよ!?」

きっと隊長は、それを見て嫌な気持ちになったに違いない。そうでなければあんなに顔を顰めないだろう。だから私は必死にフォローした。さながら問題児を上にも下にも抱えたフォローの達人、フォロ方さんのように。しかし、流れた嫌な空気は晴れず、酔っ払った隊士達の声だけがその場に響いていた。





半分、いや、三分の二が自分達の余計なお節介のせいで気まずい空気になったあと、銀時、新八、神楽の三人は早々に話を切り上げ、万事屋への道を歩いていた。

「あいつ、酔った勢いか知らねーけど名前に抱き着くなんていい度胸アル。普段はごっさ冷たい癖に」
「まぁまぁ、落ち着いてよ神楽ちゃん」
「落ち着いてるアル。そんなことも分からないからお前はいつまで経っても駄眼鏡ネ」
「なんで僕ゥ!?」

そんな風にいつもの如くギャーギャーと騒いでいる二人を横目に、銀時は一人考え込んでいた。

『つーか、そんな記憶ねェんだけど』

総一郎君のこの言葉。あの驚き方からして、嘘を言っているわけではないということは流石に分かった。

いつだか、どこかの酒屋のジジイに言われた『人は酔ってる時はいつもの何倍も正直になる』なんてことを不意に思い出した。『本人は覚えてないことが多いけどねェ』とも言ってたっけか。

「正直になる、か」

酔って抱き着いた、ということは、きっとそういうことなんだろう。薄々勘づいていたことであるとはいえ、良かったな、という気持ちと、釈然としないな、という気持ちが半々で、何だか少し複雑だ。

いや待って。今の俺、なんかちょっと鬱陶しいお父さんみたいじゃね?ウソウソ。前言撤回。俺は名前が幸せであれば、それで十分だ。

「……銀ちゃん?何一人でブツブツ言ってるアルか?」
「いや、なんでもねェ。さっさとけェるぞ!」

兎にも角にも、名前が楽しく生きてくれれば俺はそれで良い。とりあえず、今日のことは喜んでおこうじゃねェか。

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