外へ飛び出してから、私は当てもなく適当に歩き続けていた。
四年という月日は思ったよりも長くて、よく通ったこの道も変わってしまった。隊長との関係も変わってしまった。話をしようと思っただけだというのに、何故こうなってしまったのだろう。
きっと、隊長を好きになってはいけなかったのに、約束を破ってまで好きでいた罰が当たったのだ。私は隊長に真選組を追い出されるのだろうか。いや、局中法度に則れば、私は切腹だ。
「……まだ死にたくない、けどな」
行くところもない。かといって、帰ることも出来ない。手持ち無沙汰というのはこういうことだろうか。徐々に暗さを増していく空に不安感を覚えながら、私は路地裏で一人うずくまっていた。
結果的に、その選択は失敗だった。突然誰かが近づいてくる気配がしたかと思うと、後ろから聞きなれない声が私の名を呼んだ。
「真選組一番隊隊長補佐、名字名前とお見受けする」
パッと顔を上げると、帯刀した浪士らしき人物が三人。いけない、ぼんやりしていた。ここまで近づかれるまで足音や気配に勘づけないなんて。私は立ち上がると素早く後ろへと距離をとり、刀に手をかけた。
はずだった。
「うそ!?か、刀置いてきた!」
普段なら腰に下げられているはずの愛刀は見当たらない。そして思い当たる。そうだ、隊長の部屋に置いたままだ。
「丸腰とはねぇ……ラッキーなことだ!」
刀の在り処を思い出したところで、今から取りに行けるわけでもなく、こちらが丸腰なのを良いことに、三人の浪士は一気に向かってきた。
前から一人、左右から一人ずつ。前からの最初の斬撃を躱し、左側の男の右手を蹴り上げる。痛みに耐えかねた男が落とした刀を床に落ちる寸前で拾い上げ、右側の攻撃を避けるように動いた。
しかし、引きが甘かった。右腕に鋭い傷みが走る。
「っい……」
痛い。血が流れている感覚がする。それでも、こんなところで死ぬわけにはいかない。痛みなんて慣れてるでしょ、と自分を奮い立たせ、傷を押さえることもせずに、刀を右手に握り直した。
「お兄さんたち、ごめんね?もう手加減出来ないかも」
そう言って私は容赦なく浪士を切り倒した。浪士達が息をしていないことを確かめてから、刀を傍に置く。
「痛いなもう……」
その時動かした腕には鋭い痛み。血を止めないと、と腕を左手で握り締めた。しかし、血液は止めどなく流れ続ける。段々と意識が薄れていくのが感じられる。
飛び出して来てしまったため、携帯も何も持っていない。表通りに出るほどの気力も残っていない。私、このまま死ぬのかな。
「……会いたいよ、隊長」
座り込んでしまえば力は抜けてしまい、もう立つこともままならなくなった。目の前の景色は白くなっていて、意識が途絶えるのも時間の問題だろう。最期に、隊長に、会いたかった。
「名前!!」
どこからか愛しい人の声が聞こえた。幻聴ではないか、会いたくて会いたくて仕方がなかったから、都合の良い夢でも見ているのではないか、と思いながらうっすらと目を開ければ、そこには隊長が酷く焦ったような顔をして私を見ていた。
どうして此処に?その言葉が口から出たのかは定かではない。なにせ、意識が体と離れていきそうなのだ。自分が言ったことも、隊長が言ったことも曖昧でよく分からない。
隊長が私の腕を止血している間、私はただただ黙り込んでいた。痛いのと、悔しいのと、悲しいので泣きそうになる。私は必死に涙を堪えていた。
腕の止血が終わり、隊長は隊服のポケットに入れてある携帯電話へと手を伸ばした。私はほとんど無意識にその手を掴んだ。今じゃないと、もう隊長と話をすることは出来ないかもしれない。そんなことばかり考えていたからか、咄嗟に出た行動だった。
「電話、しないで?今は、隊長と話したいよ」
私はもう駄目かもしれない。ならば最期に、隊長に思っていること全て伝え切らなければならない。
「……分かった。三分だけやらァ。だがそれ以上は待たねェぜ」
「ありがとう、ごめんね」
隊長は嫌そうにしながらも、私の提案に渋々了承してくれた。私と話したくないというのもあるのだろうが、結局のところ隊長は優しいのだ。私の体が持たないかもしれないことを、考慮している。
「約束、破ってごめんね。でも私、隊長のそばにいたかったの。ほんとにごめんなさい」
隊長に寄り掛かりながら、私はたどたどしくも思いを告げていった。隊長はちゃんと聞いてくれているが、相変わらずのポーカーフェイスで、何を思っているのかは分からない。
「……おかしいよね、隊長補佐は仕事なのに。隊長は私のことなんて好きじゃないのに、迷惑でしょ」
「違ェ、それは、」
「でもね、私まだ真選組でいたいよ。補佐じゃなくてもいいから、まだいたいよ……このまま死ぬかもしれないけど、それでも、」
私は真選組でいたい。真選組の名字名前でいたい。そう声に出したはずなのだが、どうやらもう限界が来てしまったらしい。意識が薄れていく。
「名前、違ェんでさァ!悪いのは俺で、俺が、」
隊長が悲痛な声で何かを言った。しかし、何もかもがぼんやりとしていて聞き取ることが出来ない。そこで私の意識はプツリと途切れた。