eternite fluer


話がしたい




「ただいまー!」

隊長のことを考えるとつい暗くなってしまう思考を振るうように、私は屯所の玄関の扉をガラッと開いた。

「あ、おかえり名前ちゃん」
「ただいま。ザキ先輩、あの、隊長いる?」
「うん、部屋にいると思うよ。さ、行ってきな」
「うん、ありがとう……!」

私を出迎えてくれたのはザキ先輩で、何もかもお見通しらしい。屯所に戻る途中で別れた土方さんの言葉を思い返しながら、止まりそうになる足を叱咤して私は隊長の部屋へと向かった。

話をしなければいけない。怖くても頑張るしかない。いくら避けられたとしても、私は隊長が好きなのだ。禁止されたって、好きだったのだから。

とはいえ、頭で分かっていても体が着いていかないときもあるわけで。声を掛けなければ始まらないというのに、私は隊長の部屋の前で何も出来ずにいた。

「オイ、人の部屋の前で何やってんでェ」

不意に聞こえたのは隊長の声で、私は酷く驚きながら背後を振り返った。部屋にいるんじゃなかったの、という言葉を何とか飲み込み、私は言い訳を探した。

「入りてェんで退きなせェ」
「待って!」

そんな間に隊長は扉の前にいる私を退かそうとする。しかし、ここで折れていては話など何百年経ったって出来ないだろう。

「いいから退け」
「嫌。隊長に話があるの」
「俺はねェ」
「私はある」

絶対引き下がんないから、といつになく強気で言い返すと、隊長は舌打ちをしつつも部屋へ入れてくれた。多分、隊長に言い返したのはこれが初めてだ。

「で、話ってなんでィ」

机を挟んで座った私と隊長は目を合わせることもなく、とてもじゃないが今から話をしようとしている二人には見えなかった。しかし、思い悩んでいても仕方がないことは確かだ。私は単刀直入に本題に入ることにした。

「隊長、私のこと避けてるでしょう」
「……勘違いじゃねェの」
「うそ。避けてるよ」
「避けてねェっつってんだろィ」

隊長が私を避けていることなど屯所にいる人全員が知っていることだというのに、隊長はしらばっくれるばかり。目は依然として合わない。

「……好きだったよ」

隊長が避けている理由が知りたかっただけのはずが、私はそんなことを口走っていた。不味い、と気付くも時すでに遅し。ハッとして隊長の方を向くと、目を見開いて驚いていた。

「あ、ちが、これは」
「……名前、」

低い声が私の名前を呼ぶ。あぁもう終わりだ。約束を破っていたことを自分から言ってしまうなんて、私はどれだけ馬鹿なのだろうか。兎に角この場から去らないといけない。

「っ、ごめんなさい、隊長」

何かを言いかけた隊長を遮って私は部屋を飛び出した。自分でも驚く程動揺していて、私は外へ向かった。止まっていると余計なことばかり考えるのが嫌で、当てもなくただ走り続けた。





逃げ出すように部屋を出ていった名前を、俺はただ眺めることしか出来なかった。また、追いかけられなかった。

名前が俺のことを好きなのは昔から勘づいていた。声に出して言われたことはなかったが、これは自惚れでもなんでもない。暗黙の了解のように、言われなくても分かっていたのだ。

だが、いざ言葉にされると、それは熱を持って届いた。そして、俺は嫌でも気付かされたのだ。俺は名前のことが好きだ、と。弱っているところにつけ込んで、キス紛いのことをしておいて何を言っているのだと言われればそれまでなのだが。

しかし、名前のことを思えば、俺といることは、真選組であることはきっと良いことじゃない。名前の師匠達が見つかった今、尚更だろう。それでも、そばにいて欲しい、そばにいたいと思ってしまうのだ。

「……俺だって好きなんでさァ」

ぽつりと漏れた独り言は誰にも知られず消えていく。このままではいけない。自分に嘘を吐き、名前に嘘を吐かせるのはもう終わりにしよう。

俺は隊服のポケットの中から携帯電話を取り出し、名前に電話をかけた。呼び出し音が聞こえる。しかし、何故か名前は出ない。名前が出て行ってからまだ十数分だ。

携帯電話を屯所に忘れたままという可能性もあるが、名前は肌身離さず持っていることが多い。俺と話たくないから、わざと出ないのか。それとも、出られない状況下なのか。

「名前っ……!」

何となく嫌な予感がして、俺は上着を引っ掴み屯所を飛び出した。





名前の行きそうなところはすべて探した。しかし、名前はいない。もしや当てもなく適当にどこかへ行ったのだろうか。

自慢にもならないが、名前の思いは全く読めないのに、名前の考えはまるで自分のことのように読めるのだ。数打ちゃ当たる、と俺は名前ならこっちに行きそうだ、などという至極適当に道を進んだ。

そんなことを繰り返し、やっと見つけた名前は何故か腕に傷を負っていた。それも利き腕である、右腕に。

「名前!その傷は、」
「隊長……?何でここに」
「話は後でさァ」

俺が駆け寄ると、名前は酷く驚いた顔をした。そっと右腕に触れると、未だ止まりきっていない血が手に付く。俺は自分のスカーフを首から抜き取り、名前の腕の傷口付近をきつく縛った。応急処置でしかないが、しないよりはマシだろう。

とりあえず山崎か誰か連絡して迎えを、と思い携帯電話に手を伸ばすと、その手を名前にぐっと掴まれる。

「電話、しないで?今は、隊長と話したいよ」

そう言った名前の目は潤んでいた。

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