eternite fluer


夏空広がる




季節は春から変わり、夏。名字名前は今日も元気です、と言いたいところだが、大問題が発生してしまった。

青い空に、白い雲、そして太陽。夏祭りに、花火大会。山に、海に、プール。隊長との楽しい夏が私を待っていたはずだったというのに。

「三十九度。名前、今日は屯所で留守番だ」

なんとまさかの夏風邪です。





「絶対嫌!私も行く!夏祭り!」

今日は、夏祭りに行きたいという将軍様の護衛の日。隊長とたこ焼き食べたり、綿菓子食べたり、いか焼き食べたりする予定を私は何日も前から組んでいた。なお、隊長がのってくれるかは別問題である。

「駄目だよ、名前ちゃん。寝てないと悪化するよ」
「酷い、酷すぎる仕打ちだよ……」
「アホか。将軍の護衛だぞ、遊びに行くわけじゃねェんだよ」

無理矢理にでも起きてやろうとした私は、ザキ先輩と土方さんに止められ、長々お説教を受けていた。むうと頬を膨らませても、「そんな顔したって今日は駄目だ」とぴしゃりと言い放される。

「じゃ、じゃあせめて隊長は置いていって!」
「駄目だ。総悟が抜けりゃあ戦力が落ちるだろうが」

必死の譲歩もあえなく切り捨てられ、皆が夏祭りに行く中、私は一人屯所に残ることになってしまう。そんなこと許さない。

「土方さんの鬼!せめて隊長を」
「嫌でさ。俺ァちゃんと仕事してくるんで」

めげずに土方さんに抗議していると、隊長がふらりと私の部屋に入ってきた。言葉通り、刀を肩に担ぎ、やる気満々である。サボる未来も見え見えだが。

「意地悪!」
「仕方ねェ、たこ焼きくらいならいいですぜ」
「エ!?買ってきてくれるの!?」
「写真送ってあげまさァ。高画質で」

隊長はそう言って、携帯を片手にきらりと爽やかな笑みを浮かべた。少しでも期待した私が馬鹿だった。なにせ隊長はサドの中のサドなのだ。写真なんて貰ったって辛くなるだけと知ってのこれである。

「せ、せめて……隊長の写真を……」
「一枚千円で手を打ちやしょう」

寝かされていた体を素早く起こし、私は隊長の足元で何とか、と手を擦り合わせる。そんな私を見て、隊長は考えるように腕を組み、そう言った。

「高い!」
「当たり前でさァ。金だけ用意して寝て待ってろ」

隊長はそれだけ言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。いつものことながら手厳しい人である。苦笑いを浮かべたザキ先輩は、お土産何か買ってくるねと優し言葉を掛け、土方さんとともに街へと繰り出した。





名前が風邪を引いた。皮肉なことに、今日は夏祭り。普段は聞き分けの良い名前も今日はかなり粘っていたが、土方さんの許しは出なかったらしい。至極当然のことである。

名前は俺達が護衛に行く直前まで土方さんに「隊長、隊長だけでいいから」と必死で縋り付いていたが、いつもの如く強烈なデコピンを食らわされ部屋へ強制連行されていた。

会場に着いてから、俺は早々に離脱し、人気のない場所でたこ焼きを楽しんでいた。カシャ、たこ焼きの写真を撮る。ついでに適当に撮った自撮りも一緒に名前に送れば、三秒も経たない間に既読になった。

行くと言って聞かない名前を布団に縛り付けてから、かれこれ一時間。縄抜けくらい出来るだろうから、こちらに来るのではないかと内心思っていたが、思ったよりも病状は酷いらしく、返事すらまばらになってきていた。

「仕方ねェ、電話してやっか」

そう独りごちた俺は、着信履歴を埋め尽くしている名前の文字を押した。意外にもワンコールの内に呼び出し音が途切れ、名前の掠れた声が聞こえた。

『……もしもし、隊長?何かあった?』
「いや、別に」

滅多に俺から掛けることのない電話に名前は酷く驚いているようだった。しかし、俺がそう言うと、いつものように笑う声が聞こえ、そして声が途切れた。

「……名前?オイ名前、聞いてんのか」

何度も名を呼ぶも返事はない。切りやがったか、と端末の液晶を見れば、未だ通話は切れていなかった。何となく嫌な予感がして、俺は屯所へと一人戻った。





嫌な予感というものはよく当たってしまうようで。屯所に戻り、名前の部屋へと向かうと、予想はしていたが、案の定名前はぶっ倒れていた。電話をしていたところ、力尽きたってところだろう。

「オイ、大丈夫かィ」

床に突っ伏している名前を抱き起こし、少し揺すって起こす。触れた体は思ったよりも熱くて、こいつは四十度近くの熱を出していたことを思い出した。

「名前、名前」
「ん、え、隊長……?」

もう一度呼びかけると名前は漸く目を開いた。荒い呼吸を繰り返しており、朝より体調が悪化していることは一目瞭然だった。

「なんで此処に……?」
「電話、途中で声聞こえなくなったんでさ」
「あ、ごめ……」
「しんどいか」
「……うん」

電話をしていたときよりも思考がまともではなさそうだ。名前はめったに風邪を引かないからか体調が悪いことに耐性がないらしい。

「薬は?飲んだのか?」
「えっと……飲んでない」

部屋の机の上には水の入ったペットボトルと薬が置かれている。大方、山崎あたりが置いたのだろう。しかし、薬の箱は開けられてもいない。ペットボトルも未開封のようで、いつまで経っても熱が下がらないのも当たり前だ。

「なんで飲まねェんでィ。悪化してんだろ」

俺はそう言いながら、うとうとしている名前を再び起こし、薬の箱を開けた。名前は自分で座る気力もないらしく、俺にもたれかかったまま適当に返事をしている。

「錠剤飲めない」
「やれば出来るもんでさァ」
「やだ……寝てたら治るからいい」

薬を差し出すも、名前は俺の背中に腕を回し寝る体勢に入る。オイ、と呼んでも嫌だとしか言わない。もはや駄々っ子だ。

「仕方ねェな」

全く薬を飲む気がない名前。俺は仕方なく薬を口に含み、ペットボトルの水を飲んだ。そして軽く口づけ、名前の口の中に錠剤を押し込んだ。

「んっ……ぅ」

うまく呼吸が出来なくなった名前が身をよじる。唇の端から入り切らなかった水が流れていく。名前が全て飲み込んだのを確認して、俺は顔を離した。相変わらず名前はぼんやりとしていて、何が起こったのかもよく分かっていないようだった。

「飲み込んだか」
「うん……」

少しの間を開け、俺はそう問うた。名前は小さな声でそう返すと、俺にまたもたれかかった。起きているのに限界が来たらしく、少し荒いが寝息が聞こえてくる。

キスを、してしまった。いや、これは薬を飲まない名前への打開策であり、決してやましいものではない。やましいものではないのだが、下心がなかったと言えば正直嘘になる。

苦しそうに息をする名前を見て、魔が差した。きっと、きっと夏の魔法にかかってしまっただけだ。

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