eternite fluer


二文字の拒絶




そして、時は流れ一年後。名前の昇進が決まった。名前に与えられた役職名は一番隊隊長補佐。真選組内で最年少ではあるものの、多くの攘夷浪士を検挙し、その実力を認められての昇進であった。

その裏には、どうしても沖田ともっと近くで居たいという名前の思いを知っている一番隊の隊士達の尽力があったり、なかったり。

敢えて浪士達を半殺し程度にしておき、トドメを名前に刺させることにより、名前の検挙数を上げる。そうなると、相対的に名前の検挙数はますます上がる。更には、昇進させてあげた方がいいんじゃないですか、などと近藤に話していたことも関係していたという話もあったりするのだ。

とはいえ、当然ではあるが沖田は猛反対した。沖田は依然として名前は真選組を辞めるべきだと考えていたからだ。女は剣を持つべきではないなどという固定観念からではない。名前の腕は確かで、沖田はそれを使うことには全く反対していない。

沖田は名前は自分とではなく、家族のように過ごしてきたのであろう彼女の居た道場の人達と生きることが名前の幸せになると本気で思っていたのだ。

しかし、沖田以外の人間から見ると、名前が幸せに暮らすためには沖田の存在が欠かせないのである。この小さいようで大きな二人のすれ違いは、この先の二人を苦しめることとなった。





「副長。本当に名前ちゃんを隊長補佐にして良かったんですかね」
「知らん。俺に聞くな」

太陽降り注ぐ昼下がり、真選組屯所の副長室にて、俺は副長と話をしていた。内容は仕事ではなく、俺達を悩ませるお子様二人のことである。

名前ちゃんの昇進が決まり、名前ちゃん自身はまるで花畑にでもいるかのように幸せそうだ。しかし沖田隊長はというと、えらく機嫌を損ねており、俺と副長への八つ当たりは酷くなるばかりであった。

そう、名前ちゃんの昇進には思わぬ枷が付いてきてしまったのだ。それはあまりに悲しく、けれど、俺達にしてあげられることは何も無い。名前ちゃんと、その枷を作った張本人は、初めの頃と同じ近いようで遠い距離を保つこととなってしまった。

きっとその枷は、嘘つきでひねくれているあの人の首も絞めることになるだろうに。その枷の内容を偶然聞いてしまった俺と副長は、二人して顔を見合わせ、大きな溜め息を零した。ただ見守っているのは、何とも歯がゆいものだ。




私、名字名前はこの度一番隊隊長補佐に昇進した。

「名前ちゃんおめでとう!」
「良かったね!」

普段は呼ばれない朝の会議で土方さんからそのことが告げられた後、私に長らく協力してくれていた一番隊のみんなはまるで自分のことのように喜んでくれた。

「本当にありがとう……!みんなのおかげだよ」

私がそう言うと、みんなも笑ってくれる。本当に私は幸せ者だ。しかし、私が補佐になりたかった理由の一つである隊長の姿は見えない。みんなにもう一度深くお礼を言って、私は隊長を探すことにした。幹部が出るはずの会議にも出ていなかったし、恐らくまだ寝ているか、縁側で惰眠を貪っているかであろう。何となく縁側に居るような気がして、私は先にそちらへと向かった。

「あれ、ほんとに居た」

縁側の方を覗き見ると、思わず声が漏れる。どうやら私の読みは当たりだったようで、一番太陽の光が当たる場所で隊長はごろりと横になっていた。目は開いているので、どうやら寝てはいないようである。

本来ならば、仕事しないといけないよと声を掛けるべきなのだが、今はそれどころではない。早く隊長に嬉しい報告をしたいのだ。きっと、隊長だって褒めてくれるから。

しかし、返ってきた言葉は予想していたものとは大きく違っていて、私は動揺を隠すことが出来なかった。

「ねぇ隊長聞いて!私ね、隊長補佐になったよ!近藤さんが最近頑張っているからって」
「認めねェ」
「推薦してくれて……え?」

「土方さんにも認めてもらえたんだよ」と続くはずだった私の声は、隊長のその言葉で消え去った。私の方を向かない隊長の表情は分からない。しかし、その怒気をはらんだ声色で、隊長は私の昇進を喜んではいないのだと悟った。

「何、言ってるの、隊長」
「俺ァ認めやせんぜ、そんなこと」
「ど、どうして?何がいけないの?」

静かではなかったはずの縁側に隊長の冷たい声だけがやけに大きく響く。寝っ転がっていたはずの隊長は、いつの間にか私の目の前に立っていた。隊長のその表情からは、ふざけた様子も、冗談を言っている様子も感じられない。

「……ねぇ、どうして?」
「理由なんざ要らねェだろィ」

私は隊長の役に立ちたい。隊長と一緒にいたい。ただそれだけなのに、一体何がいけないというのだろうか。私の頭の中はそればかりで、何度聞いても理由を教えてくれない隊長が焦れったい。

「別に、えこひいきしてもらったわけじゃないよ」
「知ってらァ」
「確かに討ち入りのときは一番隊のみんなに少しずるして手助けしてもらったけど、他の仕事はちゃんとやったよ」
「だから知ってるっつってんだろィ」
「じゃあどうして!?」

強くなりたいと願った日から一年間、私は必死に頑張った。それなのに、どうして一番認めてもらいたい人には認めてもらえないのだろう。目の前に立つ隊長の考えていることが分からない。絶対、喜んでもらえると思っていたのに。

「……そんなに認めて欲しいのか」
「当たり前じゃない!私は隊長の隣に立てるように今まで頑張ってきたのに……」
「じゃあ、一つ条件がありまさァ」

私の言葉に呆れたように溜息を吐いた隊長は、一つと指を立てた。条件?と首を傾げる私をよそに隊長は淡々と言った。

「俺のことを好きにならねェこと」

その言葉を聞いた瞬間、私は頭が真っ白になった。脳内ではクエスチョンマークが飛び回り、まるで今の言葉を認識したくないと言っているみたいだった。

「なん、で?」
「仕事に私情を挟むなんざもってのほかだろィ。一番隊を舐めてんのかィ」
「そ、そんなことないけど!」
「なら別に構わねェだろ」
「……分かった。約束する。だから、」

私はただ隊長の隣に立って戦いたくて。隊長に認めてもらいたいたくて。隊長の傍に居たくて。認めてもらえたら、好きって伝えてみようかななんて思ったりしていたわけで。

でもまあ、隊長の近くで居られるなら、それで十分かもしれない。だって『好き』でいたって、隊長には分からない。『好き』って言葉を言わない限り、私の気持ちなんて伝わらない。屁理屈かもしれないけれど、そのくらい許されたい。

「お願いします。認めて下さい」

私は隊長に深々と頭を下げた。一瞬、隊長が息を呑んだような気がした。そっと頭を上げると、隊長は面食らったような顔をしていた。でも、それは直ぐにいつも通りの飄々とした表情に戻る。

「……なら認めてやってもいいぜ」
「ほ、ほんと……?良かった……」
「約束破ったら承知しねェぞ」
「うん、分かってるよ。あ、じゃあ指切りしよ!」

私はそう言うと、半分無理矢理隊長の手を取り、小指を絡め合った。隊長は訝しげな顔をしていたが、振りほどかれることはなかった。

「指切った!」

そう言って小指を離すと、何故だか隊長が少し遠くなったように感じた。この先、私は隊長に嘘を吐き続けることになるのだ。好きだけど、言わない。口にしたら全て終わり。

「ねぇ、」
「オイくっつくんじゃねェ」
「少しくらい良いじゃない!別に好きだからくっつくわけじゃないよ」
「……そーかよ」

寂しくなって隊長に近づくと、退けと手で肩を押される。それでも私は笑って、きっと好きになんかならないよ、と隊長の腕を取った。この恋はまだ、始まりそうにもない。

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