eternite fluer


ごめんね




これからはちゃんとしよう、と決めたは良いものの、具体的にどうすれば良いのか私には分かりかねていた。夜通し考え抜いた結果、とりあえず土方さんや隊長にガキかよ、とよく注意される言動をやめることにした。

すぐ感情を顔に出さない。ご飯は喋りながら食べない。隊長にくっつき過ぎない。何でもかんでも隊長を頼らない。何度も隊長の名前を呼ばない。それから、と考えて、隊長に関してのことがやけに多いことに気がついた。

そこで私は思ったのだ。隊長と離れておけば万事解決ではないか、と。

だから私は翌朝、隊長と離れた席に座った。もちろん食事中のお喋りは厳禁である。テキパキと食べ終わり、すぐ仕事へ向かう。何度か心配する声を聞いたが、もう私は立ち直っているのだ。大丈夫とだけ返して私はにこりと笑った。隊長は何も言って来なかった。

昼頃、私は見廻りへと出掛けようとしていた。そんなとき、隊長に声を掛けられた。しかし、ここでいつもの如く飛び付いてはいけない。もう私は変わったのだ。前の駄目駄目な私ではない。

プライベートならまだしも、これからは仕事だ。急ぐから、と私は隊長の横をすり抜け、外へと向かった。

門を出ると、偶然銀ちゃんに会った。甘えてはいけない、今から仕事、という考えが脳内を過ぎったが、銀ちゃんは家族のようなものだし例外で良いかというガバガバ判定により私は声を掛けることにした。

話の成り行きで隊長のことを聞かれ、私はこの際だと思い、昨日自分で決めたことを銀ちゃんに話した。正直自分でも正しいことなのか分からず不安だったのだが、銀ちゃんがいいんじゃない、と言ってくれたことにより、私の考えは間違いではなかったのだと少し安心した。

隊長には申し訳ない話だが、私が自立するには隊長と距離を置かざるを得ないのだ。本当は悲しいし、少しでも隊長のそばに居たいけれど、今は我慢の時期なのである。ちゃんと強くなって、師匠達を私が助ける。そう強く思った。





本日最後の業務である見廻りも無事終わり、あとは帰るのみとなったところで迷子の女の子を見つけた。どうやら母親を見失ったらしく、ぐすぐすと泣きじゃくっている。

「どうしたの?ママいなくなっちゃった?」
「うん……」

これも警察の仕事、と私はその子に声を掛けた。ちゃんと話の出来る子のようで、何処ではぐれたかを聞き出すことができ、私はその子と手を繋ぎながら母親を探した。

もう時刻は七時を回っており、少し暗い。夜目はきく方であるとはいえども、流石に顔も知らない人を探すのはかなり骨が折れた。歩き疲れ眠ってしまった女の子を抱えて、私は母親が居そうな場所をうろうろとしていた。

「あれ、名前ちゃ、ってあ!!」
「え?ザキ先輩?何!?土方さんも!?」
「あれ、あんたの娘じゃねェか!?」
「そうです!私の娘です……!」
「あっ、あっ、この子のママ!?」

突然背後から名を呼ばれ、驚いて振り向くとそこにはザキ先輩と土方さんと知らない女の人が居た。ザキ先輩は私が抱える女の子を指さして驚いたような顔をした。

土方さんがこの女の子を、隣にいる女の人に娘ではないか、と言ったことでようやく私は話が掴めた。どうやら母親も娘を探していたようで、頼った相手が土方さんとザキ先輩だったらしい。お互い探し歩いたせいですれ違っていたようだ。

「娘がお世話になりました。本当にありがとうございました」

私から未だ眠っている女の子を受け取った女性は、私達に深々と頭を下げて家路に着いた。一仕事やり切った、と良い気分でいると、私の頭に鋭い手刀が落とされた。

「いだっ!?」
「テメェ、今何時だと思ってる?」
「えっ、や、だってあの子のママ探してたし……」
「ほう・れん・そう、って知ってるよね、名前ちゃん」

あまりの痛さに生理的に涙が浮かぶ。キッと土方さんを睨むも、私の五十億倍鋭い睨みを効かされ、びくりと肩を揺らした。ザキ先輩に助けを求めるも、にっこりとした笑顔のまま凄まれ、私は四面楚歌に陥っていた。隊長が恋しい。きっと味方などしてくれないだろうけど。

「ごめん、なさい」
「次連絡寄越さなかったら減給するからな」

二人の怒りを治めるには素直に謝るしかない、と思い私は深々と頭を下げた。しかし頭上から飛んでくるのは厳しい言葉。減給は困る。大好きな甘味を食べられなくなってしまうではないか。そんなに怒らなくても良いのに、と一人項垂れていると、ザキ先輩が優しい口調で言った。

「みんな心配してたんだよ。はじめ俺達は名前ちゃんのことを探してたんだからね」
「え、そうなの……?」

私のことを誰かが探していただなんて一ミリたりとも考えていなかった私は、無事で良かったよ、とザキ先輩に頭を撫でられて、先程よりもはるかに大きな罪悪感を感じた。

「本当に、ごめんなさい」
「……分かったんなら良い。次からはちゃんと連絡しろよ」
「うん」

再び謝ると、土方さんは不器用にぐしゃりと私の頭を撫でた。ほら帰るぞ、と手を引かれる。

「ねぇ、名前ちゃん。無理しなくていいんだからね」
「ん?無理なんてしてないよ?」
「頑張りすぎるのも、無理してるうちに入るんだよ」

何を言っているの、とあっけらかんと答えた私にザキ先輩は困ったように笑った。私は頑張りすぎているのだろうか。

「でも私、師匠を助けるために強くならないとだし、少し頑張るくらい当然のことだよ」
「あの天人らを探すのが先だろ。その役目はお前じゃなくて山崎だ」
「それは分かってるけど、」

お前じゃない、と言った土方さんの声は冷たい。だけど、と食い下がる私にザキ先輩はまあまあ、と口を挟んだ。

「つまり、名前ちゃんに活躍してもらうのはもう少し先になっちゃうわけだから、今は休むときだよってこと」
「休むとき」
「副長だって心配してるんだ。頑張るのは少し休んでからにしてほしいなって」

ザキ先輩が優しく私を諭している間、土方さんは居心地悪そうにそっぽを向いていた。そっか、心配してくれているから厳しく言うんだ、と私は一人納得した。

私は馬鹿だ。私はまだ皆に守られていないと生きていけない。それなのに一人でも大丈夫だなんて勝手に思い込んで、差し伸べてくれている手に気が付けなかった。

誰も私に頑張ることを強要してなどいない。していたのは私だけだ。みんなは私を心配してくれていたというのに。

「ごめんね。私、ほんと駄目駄目で」
「そんなこと前から知ってる。お前はいつもみたいに甘えてりゃあいいんだよ」
「うん……じゃあ早速甘えていい?」
「あ?」
「歩き疲れちゃったからおんぶして!」

早速、と土方さんへ手を伸ばすと、阿呆か、とまた手刀を落とされる。甘えろって言ったくせにと頭をさすっていると、突然体が宙に浮いた。

「あえっ!?」
「オラ、これで満足かよ」
「ちょ、副長!人が見てますよ!?」
「ねぇ何してるの土方さんあわわ好奇の視線がささる……」

私はおんぶを頼んだはずなのに、何故か今お姫様抱っこをされている。いつもよりぐんと視界が高くなり、少し怖くなって慌てて土方さんの服を掴んだ。

「ねぇちょっと!これは流石にやだよ!」
「文句ばっか言ってんじゃねェ」

すれ違う人の視線に泣きそうになりながら、私の抗議を全く聞いてくれない土方さんと、他人ですアピールをしながら離れて歩くザキ先輩と屯所へと向かった。





見廻りから一向に帰ってくる様子のない名前を土方さん達が探しに行ってから、しばらく経ったときのことだった。

「ただいま帰りましたー」

玄関の扉が開く音がし、山崎の声が聞こえたかと思うと。

「ねぇいい加減下ろして!馬鹿!」
「馬鹿はお前だ!」
「あー!馬鹿って言った!馬鹿って言った方が馬鹿なんだから!」
「その理屈だと馬鹿は名前ちゃんだよ」
「うそ!」

昼頃とは打って変わって元気になった名前と土方さんが言い争いをする声が聞こえてきた。

名前が戻らないと聞き、いてもたっても居られなかったが、名前が俺と離れたいと言ったことを思い出し、俺は探しに行くことが出来なかった。

ただ元気そうにしている顔だけでも見ておくか、と俺は何気もない様子で玄関の前の廊下を通ることにした。

「あ、た、隊長!」

横目で見るだけと思っていたのだが、突然声を掛けられて思わず振り向いてしまった。見やった先では、何故か土方さんにお姫様抱っこをされた名前が複雑そうな顔をしていた。この状況下で複雑な心境なのはどう考えても俺だろと思わざるを得ないが、俺は何とか心を鎮め名前に先を促す。

「……何でィ」
「あの、ね」
「とりあえず自分で立って話してくれやせんか」
「あっ、うん、そうね」

名前は土方さんの腕から離れると、俺の前まで近づいた。しかし、中々話出そうとせず、目をあちこちに泳がせたり、手を開いたり握ったり、なにやらまごまごとしている。

「で、続きは」
「……今朝は隊長のこと避けてごめんね」
「それで?」
「私、大人にならないとなと思って」
「へェ」
「だから、隊長とは離れないと駄目かなって思ったの」
「言い訳はそれだけですかィ」

我ながら意地の悪い返しだと思った。しかし、そうでも言わないと名前の言い分は納得出来ないのだ。離れた方がいいと自分も思いながら、離れたくないと思ってしまう。感情というものは、なんとも不可思議だ。

「ち、違うの。思ったんだけど、やっぱり無理。ほんとは今も隊長に抱きつきたくてたまらないし、今日も明日も明後日も一緒にいたい。そばにいたいよ」
「……そーかよ」

ああ、駄目だ。駄目なのは俺だ。そんな風に言われて、嫌だなんて言えるわけがない。

「だから、その、」
「もういい」

名前の声を遮ると俺はそう言って、来いよ、というように腕を広げた。気まずそうに俯いていた名前はその様子を見て、泣きそうな、それでいてどこか嬉しそうな表情をして、俺の方へと飛び込んできた。

「うわっ、と」
「ごめんね、ほんとにごめんなさい」

思ったよりも衝撃が大きく、バランスを崩しながらもしっかりと抱きとめれば、名前は俺の背中に回した腕に力を込めた。泣いているのか、名前の謝る声は少し震えている。

泣かしちまって、ごめんな。そう思ったが、やはり口に出すことは出来ず、名前の柔らかい頬を摘み、「これで許してやらァ」とだけ言った。

名前の肩越しに呆れたような顔をした土方さんと山崎が見える。明日覚えとけよ、と心の中で密かに呪った。

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