eternite fluer


触れ合ってすれ違った




名前が真選組に入隊してしばらく経ったある日のことだった。多分、名前が十四になったくらいのときだ。

「副長!大変です!」

なにやら緊迫した様子の山崎が慌てて食堂の方へと走って来た。昼食、もとい大量のマヨネーズの犠牲となった何かを食べていた土方さんに小声で話している。

しかし、俺がいる位置からそこは遠く、何を言っているのかは分からない。けれど、山崎の慌てようと土方さんの怪訝な表情から良くない事が起こったのだろうということは察することが出来た。

大方、攘夷志士絡みであろう。最近少し活発になりつつあるということも今朝の朝礼で土方さんが言っていたような気がする。半分夢の中にいたからよく覚えていないけれど。

「何かあったんですかィ」

話の内容が気になった俺はそう言って、土方さん達に話しかけた。すると、土方さんは手招きなんかして俺の耳に顔を近づけた。大声では話せないようなことなのか。煙草の煙に顔を顰めながらも話を聞くと、まさかの答えが返ってきた。

″名前が育った道場が天人に取り押さえられた″

そもそも、俺は名前の過去を知らない。下らない話は良くするものの、何処で何をしていたのかとか、家族は居るのかとか、そういう名前自身に関することは一度も聞いたことがなかった。もちろん、道場に居たということも今初めて聞いた。

たった二歳しか変わらない俺が言うのも何だが、名前はまだ幼い。それなのに、剣の腕は立つし、男所帯である真選組で働こうなどと思うことに違和感は感じていた。どこかの道場で育ったというのならば納得のいく話ではあるが、土方さんが家族、という言葉を使わないあたり、そこに血の繋がりのある人はいないのかもしれない。

彼女はにこにこと笑っているイメージが強いものの、時折遠くを見るような切ない表情をするときがある。もしかしたらそれは、彼女が会いたがっている誰かに向けられたものだったのかもしれない。

とはいえ手持ちの情報が少なすぎる。ただ、明確なことは言えないけれど、このことは名前にとって大きく心を揺るがせることになるような気がした。





それから二日後。名前が真選組へ来る前に過ごしたという道場、名字道場へ行くことが決まった。だが、名前の育った場所だから、というわけではない。

最近、天人によって各地の道場が取り押さえられるということが頻発していた。道場に居た人々は殺されていたり、捕らえられていたり、まちまちである。どうやらその天人らは取り上げた道場にたむろして、攘夷浪士と闇取り引きを行ったり、麻薬を売買したりしているらしいのだ。幸い、その天人達は上との繋がりはないらしく、お上からストップがかかることはなかった。

土方さんはそのことを俺や山崎に口止めしており、名前が道場の件について知ったのは朝の朝礼中だった。

普段から笑顔を崩さず、むしろポーカーフェイスなのではないかと思えるような名前だが、その話を聞いた彼女は誰が見ても分かる程に動揺していた。

先に伝えておいた方が良かったかもしれない。そんな後悔が俺に生まれた。そうはいえども、後悔とは字の如く、後から悔やむ。爪が食い込むほど握ったせいで血が流れ出した名前の手を見て事態の重さを漸く思い知った。

どうしていいか分からずそっと名前の右手に触れると、名前はびくっと肩を震わせてこちらを向き、苦しそうな笑顔を浮かべた。

違う、こんな顔をさせたかったわけじゃない。俺はただ、周りをも笑顔にするような、心の底から笑った顔が見たかっただけで。その笑顔を守りたい、そう思って。

あれ、あぁ、そうか。こんなときだというのに、俺は不謹慎過ぎるだろうか。でも、今気付いてしまった。

俺は名前のことが好き、なのかもしれない。





いつも適当にふわふわと聞き流している朝礼に、名字道場という言葉が聞こえた。

え、と思ったが、どうやらそれは聞き間違えでは無かったらしく、土方さんは私の方を見てもう一度名字道場に行く、とはっきり言った。

聞き間違えだったら、良かったのに。天人?取り押さえ?正直頭がついて行かない。名字道場は小さいながらにも、ある意味有名な道場だった。同じ道場とはいえ、万事屋の新八くんのところとは全然違う。

何故なら、名字流は人を殺すことに特化した流派だからだ。

名字流の起源は今からかなり遡るらしい。昔、刀が戦の中心の武器であった頃に出来た流派だと師匠から聞いたことがある。

名字道場には本当にお世話になった。攘夷戦争で親を亡くした私を引き取ってくれ、剣術を教えてくれた。師匠は、最初は女である私が刀を握ることに良い顔をしなかったけれど、私の三週間に渡る説得により漸く許可が出た。

強くなりたかった。どうしても、強くなりたかったのだ。私の親は、近くで勃発した戦の流れ弾から私を庇って亡くなったと聞いた。幼かった私にその記憶は残っていない。しかし、大切な誰かを身を挺してでも守り抜く。そんな最期はとても素敵だと、まるで他人事のように思ったのを覚えている。

守りたい人を守るためには強くならなければいけない。そんないとも単純な思考から私は刀を握ることを選んだ。とはいえ、いくら人を殺す為の剣術とは言っても、本当に誰かを殺すわけではなかった。しかし、真選組に入り、名字流を生かす場所は確かにあったのだ、と実感したのだ。

話を戻すが、名字流は人を殺すことに特化している。土方さんや隊長や銀ちゃんみたいな人ではない限り、きっと負けてしまうことはないだろう。夜兎族のような戦闘民族でもないような天人如きに取り押さえられるなんてあるわけがない。

私がまだ道場に居た頃にも、似たようなことがあった。天人達は、この場所を譲り渡せだなんだと突然押し掛け、敵いそうもない数々の武器をチラつかせ、横暴に奪っていくのだ。

しかし、師匠達はそんなことに怯むような人間ではない。大層な武器を使う暇もなく、あっという間に返り討ちにしてしまった。

つまり、名字道場が天人に取り押さえられる可能性は限りなく低い。ということは、何か弱みを握られたか、反撃することができない状況下にあったか。そのどちらかだ。酷く動揺しているはずなのに、私の頭の中は冷静だった。

助けたい。恩返しにもならないかもしれないけれど、それでも。私の守りたい人とは道場の皆だ。私は皆を守りたい。助けたい。

だけど、方法が分からない。どうしたらいいのか、私には分からない。

無意識に手を握り締め、ありったけの知識をフル動員して考え込んでいると、急に右手に温かさを感じた。驚いてぱっと隣を見やると、そこでは隊長が心配そうに私を見ていた。

私は大丈夫だよ、という意味を込めて笑った。しかし、上手く笑えてなかったのだろう。隊長は少し顔を歪めた。





朝礼が終わったあと、私は隊長に呼ばれて中庭に来ていた。

「名前、お前は行かなくていい」

そう言った隊長にいつもの飄々とした様子はなく、そのことが少し心を痛くした。私の目を見て逸らさない視線から伝わるのは不安と焦り。きっともう、私が名字道場で育ったことを知っているんだろう。だからこうやって、優しく私を気遣ってくれている。優し過ぎるよ、隊長。

でもそれじゃあ駄目だ。私は強くならなくてはいけない。守られてるばかりでは何も守れない。

「大丈夫だよ、平気」

私はそう言って、努めて笑顔を浮かべた。しかし、隊長はまた苦しげに顔を歪める。本当に、大丈夫、と私がもう一度強く言っても隊長は首を縦に振ってはくれなかった。お願いだから、分かったと言って欲しかった。一刻も早く部屋に戻りたかった。このままだと、いつか泣いてしまうような気がしたから。

「私だけ行かなかったら、土方さんに怒られちゃうよ」

私はそれだけ言って踵を返した。けれど、向こうへ戻ろうと踏み出したはずの体は、ぎゅっと温かいものに包まれて動かなくなった。

「行くんじゃねェ」

理由は簡単だ。私は隊長に後ろから抱き締められていた。耳元で聞こえた隊長の声はあまりにも悲しそうで、私は何も言えなくなってしまった。

なんでそんな風に言うの。守られてばっかりはやだよ。ねぇ、私そんなに弱くないよ。

言いたいことは山程あるはずなのに、何も出てこなくなってしまい、ただ涙だけが溢れた。私は随分と無意識に泣くのを我慢していたのかもしれない。隊長は私を自分の方へ向かせてもう一度抱き締めた。回された腕はさっきよりも強く、少し苦しいくらいだった。

「……ごめんなさい」

静かな中庭に私の嗚咽だけが響いていた。もうすぐ、雨が降る。

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