捧げ物 | ナノ

雨の邪鬼


雨に平手打ちをされる天気だ
ああ、傘も壊れてしまった
さようなら、お気に入りの赤い傘

急がないと学校に遅れてしまう
私は諦めて雨や風たちに平手打ちされながら、自転車で進んでいく

濡れてしまえ
ヤケクソで自転車を漕ぐ

息を吐く
自転車を漕ぐスピードが上がる
でもそれを風と雨が邪魔をする

本当に息の吸いすぎで、息苦しい
呼吸のするのでさえ、精一杯な私はなんとか学校にたどり着いた
学校に入ると見慣れた顔が見えた


「なまえ、また雨の中自転車漕いできたのか
 明日は朝から雨だって、昨日言っただろ」


「自転車漕ぎたい気分だったの」


快斗は私の自慢の幼馴染だ
それ以上もそれ以下もない


「また無理してんのか」


快斗は優しい
私が幼馴染で、私の……初恋の人

それが私は嬉しくも、申し訳なくもあった
いつも心配をかけてばかりだ


「平気だよ、早く教室行こ?
 ホームルーム始まっちゃうよ」

笑いかけると、快斗は顔を背けた
快斗がこうする時は、大抵照れてるか機嫌が悪いかだろう
今回は後者かな


「……お前はいつも」


「え?」


どうしたのと言おうしたけど、口が塞がれて言えなかった
目を見開く
私の口を塞いでいるのは、快斗の口で

キスされている……?


唇が離れると、快斗は私の腕を引っ張って、教室へ歩き出した
私はただポカンと口を開けていた

何が起きたのか、完璧には把握できなかった


教室に着くとまだ先生が来ていないらしく、ざわざわしていた
私はロッカーからジャージを取り出した
ホームルームが終わったら着替えようと思っていた

すると先生が入ってきて、みんながそそくさと着席していく
私もその波に乗りながら、着席する

毎日変わらない先生の言葉を右から左に受け流す
さっきのは何だったんだろう
事故?

唇をそっと撫でてみた
まだあのキスの感触が残っていた

もし事故だったとしても、嬉しかった
私はファーストキスは好きな人に捧げるって決めていたから


“わたしね!しょうらいかいとのおよめさんになる!”


そんなことを約束したこともあった
快斗は約束なんて忘れちゃったんだろうな


「なまえ!また雨の中自転車漕いできたの!?ホームルーム終わったよ
 早く着替えてきなよ」


「青子、ありがとう
 着替えてくる」


「うん!」


トイレに向かうと小泉さんと会った
私は小泉さんのことが結構好きだ
高飛車なお嬢様だけど、可愛いところもある


「……なまえさん、あなた黒羽くんのこと好きなの?」


突然の質問に、「え?」と間抜けな声を出してしまった
どうして、小泉さんが……そんなこと


「そんなんじゃないよ
 私はともかく、小泉さんはいいの?快斗のこと」


小泉さんは表情をあまり変えなかったが、わずかに動揺したように見えた


「私は、快斗を幸せにできる人ならだれでもいいと思ってる
 小泉さんでも、青子でも…
 誰よりも快斗も幸せを祈ってる、それだけは誰にも負ける気はないよ」



「一つ忠告しておくわ
 あなたは近いうちに素直にならなきゃいけない時がくる」


小泉さんはそういうと、教室に戻ってしまった
私は急いでトイレの個室に入って着替え始める
何とかギリギリチャイムが鳴る前に教室に戻ることができた





帰りのホームルームが終わって、生徒がそそくさと帰っていく
私は窓の外の夕焼けを見ていた


「綺麗…」


オレンジというよりは赤い夕焼けに私は目を奪われる
私もあんなに綺麗だったら……と途中まで考えてやめた
私は快斗が好き、きっとこれからもずっと
それは凄く幸せなことだと思うんだ
好きな人の側に居られて、好きでいられて

その時、背後から誰かに抱きしめられた
変態!?不審者!?
慌てて、引き剥がそうとしたが、力が強くて無理だった


「なまえ」


快斗の声だった
いつもよりも低くて、少し怖かった


「どうしたの……離して?」


「朝のキスはふざけてたとか、事故とかじゃねぇから」


何で快斗私が思ってたこと当てちゃうの
エスパー?


「お前なら、事故だとか思ってたんだよ
 わかるよ、ずっと一緒にいたんだから」


私の目からはポロリと涙がこぼれた


「キスは事故じゃない
 お前のこと好きだからしたんだ」


「快斗……」


“忠告しておくわ
 あなたは近いうちに素直にならなきゃいけない時がくる”


小泉さんの言葉が頭の中で反芻する
素直になっていいの?
太陽…いや月のように輝き続ける快斗を雨のような私が………好きだと言ってもいいの?


「なまえは、俺の事……どう思ってるんだ?」


「好き、好きだよ……快斗
 私はずっと前から快斗のことが好きだよ」


涙がボロボロと流れる
快斗のぬくもりが消えたと思ったら、快斗は正面にいて
勿論、私の汚い泣き顔は見えてしまって

快斗はそれを綺麗だと言って、私の唇にキスを落とした

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