一枚上手なのはどっち?

かつかつと鳴る私のヒールの音に別の足音が混ざり、またかと振り返る
誰かなんてすぐに分かる


「…バーボン何か用?」


「特に」


「じゃあ、何で追ってくるの……」


バーボンはいつもこうだ
私の後をコソコソとつけては、別に用事はないという
バーボンはジンに目をつけられているし、私にとばっちりがきたら、たまったもんじゃない
だから、私はあまり関わりたくない…………ということなっている


私は、バーボンの正体を知っている
降谷零、公安の人間

実は、一度警察に乗り込んだ時に会って、一戦を交えたけどあっちは気付いてないだろうな
その時のバーボン、いや降谷零は情熱的でいつものバーボンとは別人だった
そんな彼に恋をしてしまった


だから、潜入していると気づいた時は少しうれしかった
きっと、何か力になれるんじゃないかって


私も無理やり組織に引き抜かれた人間だ
組織を良いとは思っていない
できたら、逃げたいけどそれはきっと無理だ


私にとって、降谷零という存在で最初で最後の恋になる
組織では余計な感情を持っていれば、それが命とりになる
私の仲の良かったメンバーの何人かもそれで死んでいる


「………気持ち悪い」


彼に暴言をはく
これ以上を近づくなと線を引く


少女漫画とかで見る健気な女の子
主人公ではなく、脇役でいつも結ばれることのない女の子

私はそれでいい



「つれないですね」


「私は、あなたに関わりたくない」



バーボンを背を向けて、走り出す
バーボンは追ってこなかった

それが少し悲しかった







「ホワイト・レディー、バーボンはどうだ?」


「特に問題ないわ、ジン」


嘘つくことには慣れた
ジンに報告を終えるとそそくさと部屋を出る
私はジンと二人っきりになることを避けている

なんだか、私の心を全て見透かされているようで気持ち悪いのだ


私はパソコンを開く
あるファイルを開いて、カタカタと文字列を打ち込んでいく

私はここに未練はない
組織にいても、逃げても、私には自由がない

普通の人のように遊びに行くこともできないし、普通の生活を送ることもできない


これは、組織の情報を少しずつ漏洩するウイルスと、情報が届くようになっているパソコンだ
ちなみに、組織の人間が気づいて、止めようとすると逆に全部の情報が一気に流れ出す
そういう仕組みになっている

最後の文字を打ち終わり、ぱそこんを閉じる
後はこれをバーボンに渡すだけ


「もしもし、バーボン?
 話があるんだけど」








バーボンは約束の場所に私よりも早く来ていた
私に気付くと駆け寄ってきた

「あなたが呼びだしてくれるとはね…」


「演技はやめたら?あなたのノックなんでしょ」


「僕はノックではないですよ」


「それでもいい、これを受け取って
 これは組織の情報が少しずつ送られてくるように設定したパソコン
 私は今から逃げるつもり
 あてがあるの」


バーボンはしてやられたような顔をしていた
私がノックだと気づいていることは知っていても、ここまでやってるというのは知らなかったらしい


「バーボン、あなたが何を探ってるのかは分からないけれど、私はここにいる意味なんてなかった
 だから、出るだけ」


「あてがあるって…どうするつもりなんですか」


「アメリカに行くわ」


「!」


「助けてくれる知り合いがいる
 そのかわり、私の存在は消えるけどね」


バーボンが何のことが理解したようで、目を見開いた


「私、あなたのこと好きだった
 日本に帰ってくるかはわからないけど……きっと私はどこにいてもあなたのこと想ってる」


バーボンは私の頬に手を添えるとそのままキスをした
唇が離れたと気づいた時にはバーボンは私に手を向けて、走り去っていた


「……ファーストキス泥棒」


「なまえ」


「来てくれてありがとう、ライ……いや今は沖矢昴……」


「……ジョディたちも待っている」


私はバーボンに渡したパソコンと同じものを赤井に渡した
これも約束だ


赤井が乗ってきたマスタングに乗り込む

さよなら、バーボン








――数年後


「ぎゃ!」


「なまえはそそっかしいわね…」


「ごめん」


私の名前は別人になってしまったけど、ジョディたちは未だ本名で呼んでくれる
私はそれが嬉しくて、もっとみんなの力になりたいと心の底から思う


「いくら、彼に会えるからって…」


「あんまり接触したら、組織に勘付かれるかもしれないけどね」



私はアメリカに行って、しばらくしてからFBIに入った
元からスカウトするつもりだったらしく、少しの期間は下っ端のようにこき使われ、散々だったけど、やっと日本へ行く許可が下りた

眼鏡をかけたり、多少の変装はしなきゃいけないだろうけど、それでも会えるのは嬉しい


赤井から聞いていたバーボンがバイトしているという喫茶店に入る


「いらっしゃいませ
1名様ですか?」


「はい」


私が微笑むと、バーボンは少し表情を変えた
すぐに戻って、私を席に案内する


「……ただいま」


と言うと、バーボンは驚いて、振り返る



「……おかえりなさい」


私たちにはそれだけでお互いの言いたいことが分かった
とりあえず、バーボンに話しかける時は注意が必要だと思った

周りの女性客の視線が痛いもん


この後、バーボンをどう口説いてやろうかと策略を練る
意外と、あたま堅いし、降谷零と安室透とバーボンを両立しているのだから、なかなか手ごわいなあ

あの時のキスなんて、もういない私にしたものだ
私はあの時の私じゃない


「ご注文は何にしますか」


「……じゃあ紅茶と安室さんで」



女性客の目線がさらに鋭くなる
私は笑う
バーボンはすごく真面目な顔をして、「了解いたしました」と言った


ふざけすぎて殺されるかも



「梓さん、お先に失礼します」


「安室さん、お疲れ様」


えっ…?


「行きますよ、そのご注文はここでは受けられないので場所を変えましょう」


私の頬に熱がこもるのが分かった
そんな私の頬を優しく撫でてから、私の手を引いて店を飛び出した

さっきの私を見る目はまるで……一戦交えたあの時のような


私はこのあとされるであろうと想像して、俯いた


ここで降谷零はずるい