■ プロローグ 嵐の前の静けさ

新一から「今から博士の家に来てくれ」と連絡があり、暇だったので「うん」と軽く返事をして家を出た
博士の家に入るとあっという間に子どもたちに取り囲まれた


「なまえお姉さんも一緒に行こうよ!東都水族館!」

「え、私邪魔じゃないかな?」

「なまえお姉さんが来てくれた方が嬉しいです!」


実は私も密かに気になっていた
水族館なんて、もう何年も言ってなくて、それに今回のリニューアルオープンで追加された二輪観覧車にすごく乗ってみたい

私が頷くと、子どもたちは喜んでくれて、私も嬉しくなった


「なまえは本当に好かれているわね」

「……えへへ」


哀ちゃんにそういわれて嬉しくなって笑っていると、博士が困った顔で私を見ていた


「なまえくん、実はもう車の定員オーバーで……」

「あ、大丈夫ですよ。現地まで自力で行きますから」

「自力で行くって、あそこバス通ってねーのにどうするんだよ」


新一の言うとおりだ
あそこはバスが通っていない
やっぱり無理かもしれないと思った時、新一がある提案をした


「沖矢さんに送ってもらえばいいじゃねーか」

「……沖矢さんか」

「何か問題でもあるの?」

それでも、沖矢さんに迷惑かけるのはちょっとなあ…と私が躊躇していると、哀ちゃんがなまえが来ないなら私も行かないわと言いだした


「ち、ちゃんと頼むから!哀ちゃん落ち着いて…!」


哀ちゃんが沖矢さんをちゃんと信用してくれているようでよかった
昔の哀ちゃんなら、絶対沖矢さんに頼むなんて言わない
むしろ、避けるはずだ
やっぱり、哀ちゃんにもみんなにも楽しんでほしいし、私も楽しみたい
よし勇気を出して沖矢さんに頼もう

私はみんながいる部屋から離れて、沖矢さんに電話を掛ける
3コール目が鳴り終わったところで、「はい」とやっと聞きなれた声が聞こえた

《どうかしたんですか》

「沖矢さん、明日東都水族館まで送ってもらうことってできませんか……
 子どもたちに誘われたんですけど、博士の車もう乗れないみたいで……
 無理なら全然大丈夫です、バスで行くので…」


上手い言葉が思いつかず、最後の方は俯いて、モゴモゴしてしまった
その時電話先でフッと沖矢さんが笑ったような気がした


「珍しいな、お前が俺を頼るなんて
 それに、あそこはバスが通ってないんだろう?」

「…聞いてたんですか?」


声は沖矢さんだったものの、口調は赤井さんそのもので私は思わず、顔をあげて聞き返した
沖矢さんは、「どうでしょう」と意味深に返してきた
少し意地悪だ
一応あたりを見回すけど、怪しいものはない
見つけられないところに盗聴器でも仕掛けてるんだなあ…
私はともかく、哀ちゃんは敏感だろうし


「いいですよ、送っていきます
 それと今晩は暇ですか?」

「うん、暇です」

「久しぶりに夕食でも一緒に食べましょう」

「はい!」


思った以上に元気に答えてしまった
これでは嬉しくて仕方ないのが丸出しだ
本当のことだけど、少し恥ずかしい
電話先からはクスクスと笑い声が聞こえて、私の顔がますます熱くなる


「笑わないでください…!」

「すみません、あまりに可愛らしかったものですから……
 あ、こっちに来るときは迎えに行くので連絡ください」

「近いので大丈夫ですから」


隣の家なのにわざわざ迎えにきてもらう必要はないと思い、やんわりと断る
沖矢さんに「たまには甘えてください」と優しい声色で頼むので、私にこれを拒否することはできない


「分かりました、よろしくお願いします」


素直にそういうと、「用事が済んだら、連絡ください」とどこか嬉しそうな声色だった
電話を終えて、子どもたちのところに戻ると何やら楽しそうにどこを見るかなどの計画をたてていた

「東都水族館楽しみだね」と歩美ちゃんに言うと、うん!と笑顔で返された

子どもたちってどうしてこんなに可愛いんだろう……
声に出てしまっていたようで、哀ちゃんから「漏れてるわよ」と言われた







「じゃあ、明日の10時に駐車場で待ち合わせね!」

「うん、また明日ね」


歩美ちゃんたちが帰って、沖矢さんは電話をして5分後に迎えに来た


「お邪魔しました」

「またいつでも来てくれ、哀くんも喜ぶしの〜」


哀ちゃんはいつもと変わらないけど、新一はつーんとしていて機嫌悪いなあと思いながら、阿笠邸を後にした


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