私たちは今、雨になる


雨の日だけは、私はポアロで雨宿りをできる
お兄ちゃんがこの辺の仕事場なため、仕事が終わるまでポアロで待っているのだ
歩いて帰るって言ってるのに、心配性だなあと最初は面倒に思っていたけど、今は違う


「いらっしゃいませ
 今日いらっしゃると思ってましたよ、雨ですから」


安室さんの素敵な笑顔に私の心はバクバクと激しく暴れる
息が苦しくなって、胸が締め付けられる

きっと私は安室さんに恋をしている

高校生の私が、29歳の安室さんに恋をするのは半分憧れもあると思う
子どもの私にとって、大人という存在は少し謎で、興味を引かれる

特に、安室さんのようなイケメンは


「お兄ちゃんがすごく過保護で……
 苺タルトとアイスミルクティーお願いします」


「すぐにお持ちしますね」



安室さんは私なんて眼中に入っていない
窓に打ちつける雨を見ながら、なんだか悲しくなってくる

私は雨のようなものだ
打ちつけて、打ちつけて、でも誰にも届かない
誰かに染み込みたい

好きな人が少しでも私の色に染まってくれたらいいのに


雨は止んだら、終わりだ
乾いて、蒸発して、そのまま空気中に漂う
誰にも気づかずにただ、空気として吸われる


厨房にいる安室さんをじっと見つめる
安室さんが息を吐いて、吸うのを私はただ見ていた

ただ、その綺麗な形をした唇から吸われるなら、空気になるのも悪くないかもしれない
そして、また視線を窓の外に移す


「お待たせしました」


「ありがとうございます」


安室さんが持ってきてくれた苺タルトを口に運ぶ
美味しいと呟くと、まだ隣に居たらしい安室さんがありがとうございますと笑った

隣に居たことに気づかなかったから、がっついてなかったかな、食い意地はってると思われたらどうしよう

途端に恥ずかしくなってしまった

食べるのが止まった私を見て、安室さんは「どうかしましたか?」と声をかけてきた

私は、何がしたいんだろ
無理に待ってる必要なんてないのに、ただ安室さんへの下心でここにいる
無駄な心配をかけている


「何でもないです……」


「……なまえさんはいつもどんな気持ちで外を見ているんですか」


「え?」


「注文を待っている間、なまえさんはずっと切なげに外を見ていて……どういう気持ちなのかなと気になってしまいまして…すみません、変な事聞いて…」


都合のいい私の耳は、気になっているという言葉だけ拾った
誤魔化すように、また苺のタルトを食べ始める

安室さんは何も言わず、厨房の方に戻って行った


ああ、変な子だって思われただろうな
次の雨の日は無理やり帰ろう


「……」


食べ終わって、ゆっくりと立ち上がる
この時間を惜しむように私の体はいうことを聞かない


「合計で648円になります」


「すみません、1000円から」


おつりをもらう時に、安室さんの手と私の手が触れた
私は驚いて、安室さんから受け取ったおつりを落としてしまった

安室さんは急いで、しゃがんで拾ってくれた
私も同じくしゃがんで、散らばったおつりを拾う


「……すみません」


「いえ」


「……安室さん、私いつも安室さんのこと考えてます
 雨の中の外を見ながら、空気になって……あなたに一部になりたいと」


私は無意識に本音をポロリと零した
ああ、私すっごい今、気持ち悪い奴だ

涙がポロポロ出てきて、外は晴れているのに私は雨で
ああ、何やってるんだろう、わたし

涙で歪んだ視界では安室さんの表情は読み取れなかった

私はおつりを全て拾い、店を飛び出した
晴れた空がどこか、憎らしかった


無我夢中で走って、気が付いたら家の近くの公園まで来ていた
私の涙が枯れた頃にはまた雨が降りそそいだ

公園で屋根のついた場所の椅子に座りながら、ただ雨を見つめる
すると、誰かがこっちに向かって走ってきた
きっと、誰かが私みたいに突然の雨で雨宿りしようとしているんだ


その姿を私が完全にとらえるまで、あと10秒


「安室さん……」


「なまえさん……」


何で追ってきたの
何で、そんなの、期待する


「僕も雨降る外を見つめるなまえさんを見ながら、空気になって、あなたの一部になれたらって思ってました」


「………」


私の目からは安室さんに打ちつける雨のようにたくさん涙が零れた
ああ、今、私は雨だ


安室さん、安室さん………
声は出なくて、ただ涙だけが零れる


安室さんは雨の中で笑っていた
女の私よりも、ずっと綺麗で、私を虜にする


私は肩にかけていた鞄を放り投げて、雨の中に飛びだした
そのまま、安室さんの胸に飛び込んだ


「安室さん……!私………!」


安室さんは私の背中に手を回してくれた
私が2文字を口にすると、その力は強くなったように感じた


私たちは雨の中、2人抱き合った
雨の中では私たちは雨だった



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