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三年前のセントラルシティ。そこで、クライサは姉と二人で暮らしていた。
姉の名はレベッカ。当時22歳の軍属の科学者で、様々な研究をこなし、天才と謳われていた。

両親はクライサが産まれてすぐ事故で亡くなった、と姉に聞かされていた。当然両親の顔も知らず、思い出も親の愛情を受けたことも無い。そんな彼女の母親代わりをしていたのが、レベッカだった。

『クライサ、こちらマスタング中佐よ。ほら、挨拶なさい』

『これは可愛らしいお嬢さんだ。私はロイ・マスタング。よろしくお願いするよ』

「大佐は、レベッカに用があった軍のお偉いさんたちによくついて来てね、あたしに錬金術を教えてくれたの」

と言っても、クライサは錬金術をほぼ独学で会得してしまっていたので、教わることはほとんど無かった。両親が共に錬金術師だったらしく、家にたくさんの錬金術関係の蔵書があり、物心つく前から絵本代わりにそれを読んでいたのだ。研究や実験に忙しかった姉の邪魔をして、困らせないように。

『お姉さんは随分と忙しいみたいだね。寂しくないかい?』

確かに、一日中ひとりで過ごすのは寂しかった。けれど、姉の部下の研究員たちはクライサのことをよく気にかけてくれていたし、もちろん姉も暇な時は彼女と一緒にいてくれた。そのため、両親がいなくても、彼女は幸せだった。



幸せだった、のに。


『クライサ、おいで』

ある日、姉の研究室に呼ばれた。
危ないから、と普段は中に入るのを許されたことはなかったのに、だ。疑問には思ったが、姉の言うことだ、それに従って室内に足を踏み入れた。

部屋に入ってすぐ目にしたものは、床に描かれた錬成陣だった。その中央には、何か粉のような物が入った大きな器が置いてある。そして、陣の中に倒れた、五人の研究員。

『大丈夫よ、少し眠っているだけだから』

ピクリとも動かない研究員たちが心配で見上げた先で、レベッカが笑った。本当に、何でもないことのように言って。

『クライサ』

肩に手を置かれ、ビクンと身体が震える。

『お姉ちゃんね、クライサの錬金術が見たいの』

見せてくれるわよね、と笑った顔に、ぞっとした。怖くて、怖くて、逃げ出したくなった。

けれど反対に、頷いている自分がいた。姉の期待を裏切っちゃいけない、姉の言葉に逆らっちゃいけない。
震える両手が、錬成陣に近付いていく。

陣に手が触れた瞬間、レベッカの笑みが深くなった気がした。









『いやあぁあぁぁあっっ!!!!』

膨大な量の情報が頭に叩き込まれ、数人分の記憶が目の前を行き交い、痛み、苦しさに悲鳴を上げる。
顔を上げると目に入るのは、人の形をしていない(しかし、頭、腕、足、体から突き出す骨は確かに人間のもの)、彼女がつくってしまったモノ。
『それ』は暫く呻き続け、クライサに助けを求めるように腕を伸ばしてから、死んだ。

「それって……」

「そうだよ。あたしは人体錬成をした。……自分以外のものを代価にして、ね」

室内に、クライサ以外の人間はいなかった。
五人の研究員も、姉も、そこにはおらず、研究員たちの身につけていた物だけが床に散乱していた。
クライサが行った人体錬成の代価として、彼らの身体とーー命が失われてしまったのだ。

「あたしは何も持っていかれずに済んだ。五人分の命と引き換えに」

その意味を知らぬ間に錬成陣を発動させ、気付いたら自分のせいで何人もの人が命を落としていた。

何故そんなことをさせたのか。
誰を錬成させたかったのか。

「それを尋ねようにも……その日以来、レベッカの行方は掴めないでいる」


その後、偶然訪ねてきたロイによってクライサは保護された。人体錬成を行った痕跡を消し、研究員たちは失踪したことにされ、真実は隠された。その研究室、そして彼女の家自体も閉鎖された。

クライサはと言えば、精神的に不安定な状態だったために入院させられ、病室でただ呆然と窓の外を眺めていた。
しかし、その眼は何も映さない。何の反応も示さない、人形のようになってしまったのだ。

「他に身寄りの無いあたしを気にかけてくれて、大佐はちょくちょくお見舞いに来てくれたの」

けれど、彼と言葉を交わすことはなかった。彼の声に反応を示すことも出来なかったのだ。

それほど、人体錬成のショックは、姉に裏切られたショックは、大きかった。










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