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呆けている時間はなかった。

「……っ!!」

急激に色を取り戻していく世界。
最初に視界に入った天井が、『最後』に見たものと同じだと知って、飛び起きようとした体はズッシリと重く思うようにいかない。

「…っサービスの悪い…!!」

負った傷も、流れ出た血もそのまま。
与えられたのは『足掻くための時間』で、『生き延びるための手段』ではない。
つまり、生きたきゃテメェで致命傷を治せ、と。

やつあたりとしか言いようのない文句を吐きながら、なんとか肘を立てて上半身を持ち上げ、うつ伏せに体を転がした。
その間にも浅くなる呼吸。
朦朧とする意識を叱咤するように、床に拳を叩きつける。

「…ここで死ぬなんて、マジで笑えない…」

腕の力だけで、這う。
このまま死んだら、『理』に申し訳なさすぎる。
せっかくもらった時間が無駄にしかならない。
ダメ。
ダメだ、そんなの。
何か、何かないか。
何かーーー




ーーやっと起きた。




「…………え」

見間違いだと思った。
幻覚だと。

実際、幻覚なのだろう。
姉が…レベッカが、あたしを見下ろしている。
最期に見たのと同じ微笑みで。

ーーねぇ、クライサ。

「……何」

あれ、あたし、幻覚と会話してる。
笑い出したい衝動に駆られて、だけど黙って相手の反応を待った。
そんなことをしてる暇はないのだろうに、何故か、この幻覚を無視するわけにはいかないと思った。

ーー彼…『フラスコの中の小人』に、復讐という名の嫌がらせをしない?

「…………」

それはそれは楽しそうに笑って、レベッカはあたしに手を差し伸べた。
あたしの目は今、真ん丸になっていることだろう。
彼女の笑顔が、多分、イタズラを思いついた時のあたしの表情とおんなじだったから。

「…………ぷっ」

ああ、やっぱりこの人はあたしのお姉ちゃんなんだ。

「いいね。その話、乗ってやろうじゃん」

嫌がらせ。
いいね、最高じゃん。
あのヒゲ野郎に一矢報いてやりましょう。

驚くほど素直に上がった右手で、差し出された手を取る。
その瞬間、レベッカの姿は消え、あたしの手の中にあったのは金色のロケット。
いつの間に鎖が切れたのか(人形兵に噛みつかれた時に一緒に噛み切られたのかもしれない)、疑問は浮かんですぐに消えた。

蓋の開いたロケットの中にあったのは、血のように真っ赤な石だった。









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