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『漸く待ち人が来たか』
あの子が光の扉を潜った後、黒の間は次第に白に侵されやがて消えた。
俺が白の間の主人、真理の扉の守護者の前に現れれば、奴は俺を見るなり機嫌良さそうに笑う。
『姉妹揃って、お前の予想通りの選択をしたか』
「……ああ」
姉は拒み、妹は望んだ。
どちらも予想通りの答えだった。
ーーわかってるでしょう?
いらないわ、と微笑んだ彼女は、妹が同じ選択を迫られることを知っていたのだろうか。
ーー私の望みは『死』だもの。仮初めの生なんて、使い方がわからないわ。
彼女は、世界に居場所を見つけられなかった。
『彼』の企みを知り、それにより作られる世界に興味を持ったが、その先に見当がついてしまった。
興味を失くした科学者は科学者にあらず。
といって人間に戻ることも望まなかった彼女は、死んだ。
……あるいは、人間たちの抵抗や妹の存在に、戦いの結末を見たのかもしれない。
しかし生きる理由を失ったならば、結果がどうであれ本人には変わりないのだろう。
どのみち、レベッカ・リミスクは死んだのだ。
ーー復讐のための時間は、いらないのか。
ーーええ。元々、それは私の生きる理由にはならないもの。
それに、と彼女は続けて、心底楽しそうな笑みを浮かべた。
ーー私の未練は、クライサが引き受けてくれたわ。
「……そうだな。あとはあの子が、あの子の思うように生きてくれれば、それでいい」
あの子なら、あの『時間』も有意義に使ってくれるだろう。
『しかし、自分の生きた時間を丸ごと他人にやるなんてこと考える奴、お前が初めてだったよ』
「出来ることは何だってやってやるさ。…シェリーには何もしてやれなかったからな。せめて孫娘の力にはなってやりたいさ」
出来るなら、たくさんの時間を与えてやりたかったものだが。
あの子の目に映った『石』の大きさは、かえってあの子を苦しめる結果になるのではないかと思う。
……それを、あの子は否定したのだけれど。
『まったく、規格外のことばかりしてくれる』
「退屈しなくていいだろう?」
『まぁな。…それで、お前は後悔しないのか?』
「ああ。俺の記憶はあの子に預けた。『あいつ』は自分の道を歩き始めた。なら、俺に言うことは何もねぇよ」
ゆっくりと、真理の扉が音を立てて開く。
その先にある暗闇に、しかし俺は安堵をおぼえた。
ああ、漸くだ。
『じゃあな。“ ”』
かつての自身の名を聞きながら、目を閉じる。
目蓋の裏に映るのは、愛しい彼女の姿。
ーークレア。君と在れるのなら、俺はーー
心地良い、耳慣れた声が俺を呼ぶ。
それを境に、俺の意識は闇に溶けた。
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