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「やほ、元気?」
ハボックの病室を、クライサは訪ねていた。
ロイは既に(無理矢理)退院したため、片方のベッドは空いている。
「おー、上半身はピンピンしてるよ」
「そりゃ良かった」
ベッドの傍まで来ると、常備されている椅子に腰を下ろし、脇に抱えていた紙袋を差し出した。
「差し入れ」
「お、気が利くなー」
下半身が全く動かないため、入院生活は暇でしかたないのだろう。
ハボックは嬉しそうにそれを受け取り、封を開けた。
形から推測出来るように、その中身は本だ。
暇潰しになるようにと用意したものだが、彼は気に入ってくれるだろうか。
「……あのー…クライサさん?」
「ん?何かな、ハボックさん」
彼は、表紙を見て愕然とした。
そこに書かれていたのは、『生物学と錬金術の関連』という文字。
おまけに著者欄にはクライサの姉の名だ。
「腹立つけど、レベッカの書いた本って全部どえらく面白いんだよね。ちなみにそれ、図書館にも置かれてない稀少本だから。マニアに売ると凄い金額になるほど貴重なものなんだよ?あたしはもう一冊持ってるから、少尉にそれあげるよ」
ペラペラと連ねていくクライサを見ると、読まないからいりませんとは言えない。
元々頭はそれほど良くないハボックだ。
高度な科学書なんて読んでも、理解など出来るわけがない(それをクライサが知らない筈はないので、これは確実に嫌がらせだ)。
それよりも、クライサ。
姉を憎んでいるという割には、ロイに劣らずシスコン的要素が強いように見えるのは気のせいだろうか。
「……あ、そうそう。大佐から聞いたよ」
漸く姉自慢をやめ、少女はハボックに向き直る。
「退役するんだって?」
「……ああ」
ハボックは目を伏せて、頷いた。
動けない駒は、この軍には要らない。
下半身が全く動かないこの状態でロイについて行くことが、どれだけ彼らの足を引っ張るか、わからないハボックではない。
捨てていけ、置いていけ。
彼はロイに言ったが、上司の返答に目を見開いた。
置いていく。
先に行くから追いついてこい。
そう、ロイは言った。
「そうだね。ハボック少尉は追いつかなきゃ」
クライサは微笑んだ。
兄の甘さ、優しさに内心苦笑する。
バカだと思う、しかし愚かだとは思えない。
「つーか早く治しなよ?じゃないと大変なことになるから」
「何だよ、大変なことって」
「言えないようなこと。なるっていうか、あたしがする」
「何する気か知らねぇけどやめてくれ」
子どもらしい明るい笑顔に、ハボックのほうも自然と笑みを浮かべる。
彼女が、自分を励まそうと冗談を言っていることがわかるから。
手を伸ばせば届く距離にあるその頭を、クシャクシャと撫でた。
「……サンキュ」
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