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「#エロ」のBL小説を読む
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曇りと新月で空からの光が遮断され転々とある街灯だけがこの街を明るく染めてくれる夜
両手で抱えた紙袋はガサガサと夜の静けさに似合わぬ音で鳴り今にも荷物が口から逃げてしまいそうだ
遠くで鳥の鳴く声が響いて少しだけ不気味
仕事終わりの疲労した体は恐怖心よりも休みたい欲求が上回る
早く家に帰ってご飯食べてお風呂入って寝よう
何せ明日は休み心行くまで休んでしまおう
アパートの階段を登って部屋の扉の前に立つ
予めポケットに滑り込ませておいた鍵を扉に刺して鍵を開けて扉を引いた
真っ暗なそれは外と代わり無いようにも感じてとりあえず電気をつける為踵を使ってパンプスを脱いだ靴を揃えるのも荷物を置いてからにしよう
ガサガサと荷物が音をたてるがそれも気にせず塞がった掌の使用を諦めて肘で電気のスイッチを押す
ぱっと明かりが視界全体に広がって眩しさに目を細める
しかしそれよりも先にまるで当たり前の様に長い足を組み私愛用のカップで飲み物を飲みながら反対の手で本を開いた全身を黒でコーディネートした男がソファに座っていることに気づいた


「おかえり待っていたぞ」


力の抜けた両手から滑り落ちた荷物が床に落下して買った卵がパックごと潰れる音がした


「どうした?…卵、割れたな驚かせたか?」


ぱたんと本を閉じてカップをテーブルに起き長い足を組みほどいて立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた男は安い人工灯をその美しい金髪で反射する
まるで絵画か彫刻品かと見まがうほどに整った顔には慈愛を持った笑みを浮かべ声は地を這う様に低いのに甘ったるい程に優しい
ハーフバックの垂らした前髪がさらさらと揺れちらりとタンザナイトの瞳が覗いた
驚くほどにその場から動けず声もあげられない


「相変わらず仕方ないな…俺が片付けておいてやるから先に風呂でも入ったらどうだ?」


ぽんぽん、頭の上で彼の手が上下する
撫でられているそう理解した瞬間に全身が粟立った

なにせ彼は全く知らない人なのだから


『ぁ…誰…ですか…』


情けないほど震えた声は斜め上の彼のタンザナイトを見つめた


「誰…?あぁそうか悪いなまだ名乗ってなかった」


頭に手を乗せたまま彼はまるで日常会話を行うような様子で話す
グルッペンだ好きに呼んでくれなまえ、なんて甘ったるい低い低い声が耳から入り込む
目が彼の瞳から反らせない、体が縛り付けられたように動かせない


『なんで、』

「なまえを迎えに来たからだ」


迎えに来たその言葉の意味が理解できない
第一私たちは初対面でここが私の帰る場所で行くところなんてどこにもないはずなのだ
それなのに目の前の優しい笑みは当たり前の様に頭を撫でる


『迎えにって、』

「今日はやけに質問が多いな…だが、まぁ今日は俺たちの特別な日だ答えてやろう何故迎えに来たか、だろ?」


何故だが無性に体が震え始める
このままじゃダメだ生体反応で内部から震え始める
力も少しずつ抜けていき動けないでいたはずなのにふらりと倒れるように一歩彼の方向へ足が進んだ


「おっと…疲れているんだったな悪い気が利かなくて立ち話もあれだ座って話そう」


ふわりと力の抜ける体を受け止めた彼がそのまま背と膝に腕を回して横抱きにする
いつもより高い視界で移動させられ割れ物を扱うようにそっとソファに座らされた
優しくされればされるほど恐怖心が沸いてくる
それなのに行われる行為に抵抗できないのは彼の放つ圧倒的な圧力と存在感になにかすれば殺されてしまうと本能が察知しているから
体の震えは未だに止まらず酷くなる一方だ


「俺がなまえを迎えに来たのは簡単な話だ」


隣に並んで座った彼がテーブルに置いていたカップを白く細い指先で捕まえて口へ運ぶ
揺れた中身はどうやら紅茶のようでこの場の雰囲気にも合わず優雅に香りを広げた
同じくテーブルに置かれた真っ黒な本はタイトルが箔押しされており高級感が漂っている
"Über ihre Geliebte"英語ですら無さそうなその文字の羅列はもちろん読むことさえ叶わない


「俺となまえ、一つになるためだ」


カップがソーサーに触れてかちゃりと鳴った
その音の余韻にさえ浸る暇も無く彼の脳に直接届けるような柔らかく低い声が響いた


「何も心配はいらない面倒なことはすべて俺が終わらせてきた…まぁ、お陰で少し時間が掛かってしまったがそれも未来への投資、少々なら厭わない」


彼の手が頬へ触れた
暖かいのに冷たい指先がそっと頬を撫でて視線から、指先から、彼自身から愛しいと言う感情だけが流れ込んでくる


『なにが目的なんですか…』

「目的?そんなものないさなまえが俺の隣に居る、俺にはそれだけで十分だからな」

『…と、なり…』

「比喩でも何でもない俺の隣で俺と一緒に生きるそれで良い」

『なん、で…第一私たち知り合いでもないじゃないですか…』

「たった今、知り合いになっただろ?俺の名前はグルッペンで、お前の名前はなまえお互い名前も知っている」


とん、とんとお互いの胸を、心臓の位置を指差して笑う彼は嫌になるほど美しい
酸欠を起こしたように脳はくらくらとしてこの状況が現実かどうかの区別も付かなくなっていく


『でも、たった今知り合いになったような人と…一緒に、生きていく…なんて…』

「共に生きる為に深い関係性が必要か?…まぁなまえがそういうなら関係性を更新しよう」


本当は俺たちの家へ戻って落ち着いてから付けてやろうと思ってたんだがな、なんて呟きながら真っ黒なジャケットのポケットから真っ黒なリングケースを取り出した
左手を掬われて彼が嬉しそうにリングケースの中身を嵌めていく
それはするすると嵌まってぴったりと薬指へフィットした


「さぁ、これで関係性は夫婦…いや、まだ書面の提出が済んでいないからな…さしずめ婚約者、と言った所か」


彼から解放された左手を見て背筋が凍りつき左手が震える
キラキラと美しいダイヤモンドが輝くシルバーリングがぴったりと左手の薬指へ納まっている
それは私だけじゃなく彼の左手の薬指にも言えること
こんなの付けてちゃダメだ、こんなの彼を受け入れて認めた様なものだ、ダメ、外さないと
力の入らない右手をなんとか動かして左手の薬指の指輪へ手をかけると彼の手が両手を押さえ込む


「さあ、まだ何か聞きたいことはあるか?」

『や、だ…やだ…離し、て…』

「聞けないお願いだな」

『いや…やめて…こ、わ…い…』

「そんなに怯えないでくれ…まるで俺が悪者みたいだろ」


彼に押さえ込まれた両手に視線を向けて彼から目を反らす
早く、はやくこれを外して逃げないと、このままだと捕まってしまう
そう思っているとふ、と彼の手が離れた
今しかない力の抜けきった右手を動かそうとした瞬間かちゃりと音がして額になにか冷たいものが充てられる


「なあ、なまえ?俺はいつ、なまえに頼みごとをした?」


見えていないけれどそれが何か分かってしまってぶわりと汗が滲む
全身が大きくぶるりと震えて恐怖心に体が支配されもはや震えることもない
ゆっくり、ゆっくり顔を上げて彼のタンザナイトに視線を合わせれば先程までと同じまるで愛しい何かを見るように優しく笑ってこちらを見下ろす彼と視線が絡まる


「よく考えろ、その頭で、しっかり考えろ本当になまえは俺を拒絶していいのか?」


かち、とセーフティが外された
短い呼吸で息をして回らない脳みそに動いてくれと願う
タンザナイトから目は離せない
彼の手元と表情がまるで違って頭がくらくらする
分からない、考えないといけないのに、なにも考えられない


「頭が回らないか?思考が出来ないか?判別を下すことも出来ないのか?」


とんとん、と額を銃口が小突く
充てられた額から徐々に体温が奪われていくように感じる
嫌だって言わなきゃ、拒絶しないと
頭の中で危険のサイレンが鳴っているのに、生を望む心の奥底が生きるために拒絶するなと訴える
生きたい、拒絶しないと、生きていたい、拒絶を、生きる、拒絶、生、拒、いきたい


「俺が答えを与えてやろうか」


目まぐるしく変わる思考の終止符は彼の声
優しくすべてを包み込む様な声色が冷たい体に染み渡る


「俺を拒むな、受け入れろ、そうすればお前は永遠に、幸せだ」


冷えきった唇に暖かい彼の唇が触れ、離れていく
そうすればゆっくりと頭を撫でられる
頭の中があれほどまでに目まぐるしく変わっていたはずなのに今は真っ黒に塗り替えられていた
幸せに、生きていられるなら、何故拒む必要がある?
ひとつ、頭に疑問が浮かぶ
グルッペンの元にいれば、幸せで居られる_
ひとつ、脳内で言葉が浮かぶ
グルッペンが____いれば、幸せ______
ぽつり、ぽつりと浮かんだ穴空きの結論


『グルッペン…が…いれば…幸せ…?』


浮かんだ言葉がするすると口から出ていく
グルッペンが今まで浮かべていた笑みではなく心底幸せそうに笑った


「あぁ…あぁそうだ、それでいいそれが正解だ」

『一緒にいれば…永遠に…』


グルッペンが額に充てていた黒い塊を下ろしてぎゅっと力強く抱き締めた
ふわりの広がるムスクの香りが鼻腔を支配し体を回り脳内を犯す
彼の香り、グルッペンの香り


「愛してる、絶対に離さない…」


そう呟いてもう一度口づけを落とした
さっきと違って体温は感じない、それはまるで二つの体は一つになって体温まで同じになった様だった


「さあ、帰ろう俺たち二人の家へ」


ソファへ座ったときのように彼が優しく横抱きする
何も心配いらない、これからは二人だけそれが一番幸せになれる
触れ合っている場所から彼の全てを包む安心感が伝わる
二人とも本当に浮かんだ結論に辿り着けぬまま


隣に になれない
_幸福
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