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目の前のプラスチックのドリンクカップが溶けた氷とぶつかってカランと鳴りその振動でカップに付いた水滴がテーブルに落ちていった
エアコンがガンガンに効いたこの食堂に人は見渡す限り片手くらいしかいない
テーブルに置いたスマホのロック画面を確認すればそろそろ5限目が始まる時間帯でそれなら人も少ないか、と無料で飲める冷水機の少しぬるくなった水を飲む


「外、めっちゃ暑そうなんやけど…こんなんほんま帰りたないわ〜…」

『5限終わる頃にはもう少し暗なっとるやろうし、少しはましになるんちゃう?』

「そらそうやろうけどなぁ…」


べったりとテーブルに張り付くように伏せた目の前の友達は窓越しの外の世界に辟易としながらアイス食べたいな、と呟いた


「なぁなまえアイス食べたない?そこ17の自販機あったはずよな」

『ダイエット中どうしたん?食べてもええけど奢らんで』

「今日はチートdayやから、奢ってくれてもええやんあたし一人暮らしの金欠大学生やで…」

『この前推しのツアーほぼ全部付いて回る言うてバカ高いチケ代払ったからやろ』

「仕方ないやろそれは生命維持のためやあたしのライフラインやから」


あーあ、推しもこの大学に通っとってくれて学科も学部も授業もゼミも全部被っとったら良かったのにー、なんてふざけたことを呟いた友人は、あ、でも!なんて声をあげた


「うちらには白石くんがおるもんな〜」

『な〜、言われても困るけどな』

「ほんま、ことごとく色々被ってるしめちゃ会えるしあたしのこの大学での推しで癒しやわ」

『ならこの5限の授業取ったらえかったんちゃう?おるんやろ?白石くん』

「それは無理あたしあいつの授業絶対もう取らへんって1年の時決めてん」


あいつまじでテストもめんどいし一々課題多いねんもん…せやけど取ったら白石くんの近く座って授業受けれたかもしれへんもんな、なんて言いながら今その授業を受けているであろう友達へ今日の白石くんどんな様子?とLINEを送っている
それを横目に自身のスマホに届いたLINEを開いて返信した


「なぁ白石くんてどんなデート好きやと思う?やっぱお昼くらいに集まって、植物園とか行って写真撮りまくって併設されとるカフェで遅めのランチとかかな」

『いや何で無駄にそんな解像度高いん?』

「こんなことばっか考えてるからや!で、なまえ中高と同じ学校やろ?知らんの?そのへん」

『知っとるわけないやろたかだか腐れ縁やしそんなに話したことあらへんからな』

「もったいな過ぎるわ〜あたしやったら死ぬほど話しかけてるけどな」

『昔からそんな感じの女子にめっちゃ囲まれてたイメージはあるわ』

「学園のプリンスやな…あー、でも白石くんと夜にディナー誘われてビルの最上階ホテルでドレスコード付き、そんなところにエスコートされて優しく微笑まれるんもええなぁ」

『いやあたしらただの大学生やで?そんなことあらへんやろ』

「夢くらい見させてや〜!あーあ、突然白石くんか推しがあたしのことめちゃくちゃ好きにならんかな」

『そんなん起きたらもはや事件やろ』


ピコン、と友人のスマホが鳴りどうやら授業中の友人から返信が帰ってきたようでわあわあと騒ぎ立て始めた


「え、写真送ってきてくれてんけど!天才やん!ほら、見て!」

『いや、こいつらなにしてんねん』


送られてきた写真は友人と白石くんが隣に座って二人がカメラ目線でしっかりとピースをしている自撮りだった


「てか何でこんな距離近いん!?知らん間に仲良くなってるやんか!?どういうこと!?」

『うるっっさ…』

「…"今先生居らんし隣やったから写真撮らせてってダメ元で言ってみたらそれなら二人で撮ろって言われた"…まって今めっちゃこの授業取らんかったこと後悔してる」

『今度頼んでみたら撮ってくれるんちゃう?知らんけど』

「そうする!てか今日もかっこよすぎん?やば〜」


白石くんだけを拡大して眺めている友人を他所に先生がいないからやたらとこんなにLINEが来るのか、と小さくため息を付きながら返信をしていく


「おまたせ!今日めっちゃはよ終わったわ〜!」


それから数十分たって授業終わりの15分ほど前に食堂にやって来た友人と3人でゼミの提出物を終わらせて帰路に付いた
作業中も帰り道もなんで白石くんと仲良くなってるんだ、だの白石くんのどこが良いとかそんな話をして別れた
LINEを開くと今日これにしよと映画のポスターの画像が送られてきていてあり、とだけ返信すればすぐに既読が付いた


『ただいま』


実家から通える距離だから実家暮らしをしている
開いたままの鍵の扉を開けば見慣れた靴が並んでいて聞きなれたおかえりが響くのを聞きながらまっすぐ部屋へ向かう


「おかえり遅かってんな課題?」

『ゼミの課題さっさと出しとこってなってやって来てん』

「あ〜…あれな、俺ももうあとちょっとで終わるとこや」


扉を開けば当たり前の様にテーブルでPCを開いて作業をする白石くん、否蔵がいた
中学の頃から変わらず周囲にバレるとめんどくさいからとお隣さんで幼なじみであることを隠している私たちは高校に上がって恋人へ関係性を変え、それもまた周囲に隠したまま過ごしていた

「今日なまえの友達と写真撮ってん、なまえらに送る言うから撮ったんやけど見た?」

『見たけど』

「保存してくれた?」

『あれあたしに送られたんやなくて一緒におる友達に送られてたからあたし写真持ってへん』

「えっ、なまえの為に撮ったんやけど!撮り損や」

『喜んでたでみんな』

「…複雑やなぁ」


作業がキリ良くなったのか、やる気がなくなったのかPCをシャットダウンさせた蔵はパソコンを閉じてスマホを弄り始めた
そんな蔵を横目に大学の為の少しお洒落な服から機能性重視のだる着へと着替えていく
今さら彼の目の前で着替えをすることも、されることもなんともない
というより着替えるから出ていけと言ったところでこいつが出ていかないのは何度も実証済みでそのせいで馴れてしまったというのもある


『そろそろ出る?』

「あー、もう21時前か早いな」

『映画見るんやろ?何時のがあった?』

「確認してへんわ行ったらやっとんちゃう?」

『舐めとんかアホ…まあとりあえず行ってみるか』


だらだらとだる着でラフな格好の蔵が立ち上がりそのまま延びをしてあくびを溢す
手で口許を隠すこともしないその姿に何度もこの姿のどこが学園のプリンスなのだろうかと疑問に思った


『PC持って帰っとかんでいいの?』

「明日全休やしどうせなまえんとこ来るからええわ」

『はいはい』


二人で部屋を出てリビングに向けて蔵と出掛けてくるからご飯もいらないと声を掛ければくーちゃんはかわいいんやから気ぃ付けるんやで、なんて返ってきた
愛娘には気を付けろ言わんのかい、なんて思いながらスニーカーを履いて外へ出た


「夜でもちょっと暑いな」

『ほんまそう、蔵なんとかして』

「無茶言いなや…」


ジリジリするような日射しは無くなったとはいえまだじんわりと肌に汗が浮かぶ暑さの残る夜を二人で映画館の併設されたショッピングモールまで歩く
もちろんショッピングモール自体はもう閉まっているけれど映画館だけ開いていて私たちはまっすぐそこへ向かった


『どれやったっけ?やっとる?』

「あー、見たかったやつないな」

『見たかったのなんやったっけ』

「あの、韓国の怖そうで怖ない最近人気のやつ」

『…あー、分かったでどうする?』

「今から見れんの二本くらいしかないなぁ」

『B級サメ映画まだやってんねやあれは?』

「ええなそれにしよ」


どうやらもう映画が始まる5分前
急ぐこともなくだらだらと券売機で券を買っていつも通り、当たり前の様に蔵がすべて支払いを済ませてくれた
代わりにドリンクを買うときは支払ってあげるのがいつも通りで二人揃ってドリンクカップ片手に入場する
公開が始まってだいぶ経っていることとレイトショーで遅い時間であることによりスクリーンは貸しきり状態で指定した全体の真ん中に位置する特別広い席に座った


「貸し切りやな」

『珍しいな』


映画特有の長ったらしいCMを見終えて本編が始まっていく
家でサブスク映画を見ているような感覚でだらだらと話ながら見ていればあっという間に終わってしまって気づけばエンドロールの最後まで見きっていた


「おもろかったな〜THEB級って感じやった」

『せやな結構王道な感じやねこの前見たんがサメの頭増えるやつやったから余計そう思ったんかも知れんけど』

「あれもあれでおもろかったな、続編もあるからなそれなりに人気作なんやろあれ」

『え、続編あんの?』

「頭もっと増えるらしい」

『絶対おもろい今度見よ』


ゴミ箱に飲み終えたドリンクカップを捨てて映画館を出る
付けたスマートウォッチの時刻を確認すれば23時30頃だった


『これからどうする?』

「腹へったわなんか食べへん?」

『確かに、映画見たらジャンキーなもん食べたなった気がする…せやな、ピザは?』

「今何時?まだやってんの?」

『ラスト24時までやから…今からならギリ間に合う』

「テイクアウトやろ?どこで食べるん?」

『いつも通り適当なホテルに持ってて食べよ』

「こら、女の子がそないなこと言うたらあきません」

『どーせあたしが言わんでもそうするやろ変態てかあたしラブホとは言うてへんもん』

「男とホテルなんてどこやろうと一緒やからな…まぁ、ほんならさっさと買っていつもんとこ行きますか」

『そんな常連みたいに言いなやなんかいややしそんな通ってないし』

「でも俺らからしたらいつもんとこやんあそこ」

『まぁ安いし広くて綺麗やし持ち込めるしちょうどええからな』


ピザのチェーン店へテイクアウトするべく足を向けながら蔵も付けたスマートウォッチで時間を確認したらしくほんまにギリギリに着きそうやんちょい急ごと繋いだ手を引いて少しだけ速度を上げた
そのお陰か24時の15分前に店舗に着いて全くメニューを決めていなかったが適当にMを一枚とSを一枚頼んでぼんやりと出来上がるのを待っている間に近くのコンビニでお酒を買って戻れば出来上がった様でさらりと蔵がそれを受け取り店を後にした
蔵の片手にお酒、私の片手にピザを持って空いた二人ともの手はしっかり繋いで蔵の言ういつものホテルへ向かう
ホテル街、という訳でもないが転々とホテルの並ぶ通りはやはり他に比べて少しだけ人通りが多い
そんなことも気にせず並んで入り口を潜り抜けて蔵が慣れた手付きで鍵を受け取りエレベーターで上がっていく
蔵が扉を開けてくれてするりと部屋に入り込むと後ろで蔵がきちんと鍵を掛けている音がした


『お腹空いた〜』

「どないする?先シャワー浴びる?」

『あ〜…めんどくさくなる前にそうするわ』

「ほな一緒に」

『それはええわ』


いけずや〜なんて拗ねた声が聞こえたが無視をしてシャワールームに入りアメニティのメイク落としでメイクを落としてさっと洗って上がる
着替えは無いし元々着ていたゆるいTシャツとジャージをまた着て部屋へ戻るとベッドに腰掛けてスマホを弄る蔵と目が合った


「ほら、また髪びしゃびしゃのまんまやこっち来て」


促されるまま蔵の方へ向かうと足を開いた蔵の間をとんとんと叩かれて収まるようにそこに座った
肩に掛けていたタオルを取って優しく髪を拭いていく蔵の動きが心地よくて少しだけ眠りそうになった
拭き終えた蔵がドライヤー掛けるからシャワールームに行くと手を引いて連れて行かれる


「ドライヤー掛けるで」

『あーい』

「このままシャワー一緒に浴びる?」

『なんで二回も浴びなあかんねん嫌やわ』

「照れ屋やな〜」


ぶぉんとうるさい音が耳元に響くけれどきちんと聞こえる蔵の声と笑い声がやっぱり少し心地よくて眠くなる
乾かし終えた蔵がよし、といってすぐにTシャツに手を掛け始めたのを見てすぐさま撤退してベッドに腰掛けてスマホを開いた
このまま寝転がると絶対に寝てしまうそう思ってスマホを弄っていればすぐに出てきた蔵は珍しく髪を濡らしたまま


『え、乾かさへんの』

「たまにはなまえにやって貰おうかなと思って」

『…ドライヤーはめんどいから自分でやって』


分かったなんて嬉しそうに笑いながら私の前に座った蔵の柔らかい髪を拭いていく
香る香りは同じもので少しだけくすぐったい
さくっと拭き終えてドライヤーしてこいと追い出すとしゃーないわとシャワールームへ戻っていった
その間にピザとお酒を出して並べておけば終わったくらいに蔵は戻ってきた


「腹へったな〜」

『結局この時間帯に食べるピザが一番美味しいねんな』

「…健康面で言えば圧倒的にダメなんやけどなぁ」

『その背徳感がスパイスになってんの、今日のピザもええ感じにスパイス効いてて美味しいやろな』

「…まぁ、たまには、な?」

『ええからはよ乾杯しよ』


缶を開けてお互いにぶつけ合って乾杯、と呟いて一口
しゅわしゅわ弾けるお酒の味が体に流れて染み渡ってついあー、なんて声が出た
蔵がそれに少しだけ笑ってピザを手に取る
まだ熱いそれはチーズがとろりと伸びて蔵の真っ白な手が器用にそれを口許まで運んで、ばくりと大きく開いた口に一切れの半分ほどが消えていった


「うまぁ…」

『あー、最高やわ』

「ピザ、久しぶりに食べた気ぃするわこんなえらい上手いもんやったかな…」

『確かにピザはあんま食べてへんかも』

「こんなんすぐ食うてまうわ…あかん…」

『…ほんっま美味しそうに食べるなぁ…蔵は…』

「ほんまに美味しいからや!」


手に残っていたピザをまた一口で食べきると幸せそうに笑いそのままお酒を飲んだ
至福そうなその顔をあてにお酒を飲んで蔵とは違ってゆっくりピザを食べ進める


『そういえば蔵ってどんなデートが好き?』

「どないしてん突然?…そら、俺はなまえと行けるならどんなデートも好きやで?」

『そういうこと聞いてんとちゃうわアホ』


今日の大学で友人から"白石くんはお昼頃に集まって植物園行って映え写真撮って併設したカフェで遅めのランチするデートが好きそう"と聞いた話をすれば笑った蔵はやたら具体的なデートプランやんとこぼした


「んー、そういうのもちろん好きやで?二人でゆっくり植物園回ってこれは何って言うん?って聞くなまえに俺がこれはトリカブト言う毒草でなって教えてあげんねん」

『当たり前の様に植物園に劇薬の毒草置くなや危ないわ』

「ほんで、そうやな…カルミア・ラティフォリアと一緒に並ぶなまえの写真なんか撮ったりしてな」

『カルミ…?なんそれ』

「カルミア・ラティフォリア英名でマウンテン・ローレル言うてピンクと白のごっっつかわいい花が咲く毒花や…ちなみにそれに含まれる毒を大量に接種すると1時間で死ぬ」

『そんな物騒なものと並べられてるあたし可哀想やろ』

「それが終わって、二人で植物園のカフェで植物使こうたランチ食べて食後にゆっくりハーブティーでも飲みながら撮った写真眺めて"このなまえめっちゃかわいいで?""恥ずかしいわ蔵…この蔵もめちゃめちゃ格好いい""ありがとう、愛してるで"…なんてなぁ!」

『えらい盛り上がってるけど妄想やから早く止めてもらっていい?言わへんからそんなんそれに毒草だらけの植物園のカフェでハーブティーとか怖すぎるんやけど』

「ここからがええところやのに!」

『もうええわ、で結局どうなん?そういうんが好き?』


こっから俺がかっこよくビシッと決めてそれに惚れ直すなまえがおんのに、なんて言いながらお酒を飲みきって新しい缶を開けた


「そら好きや、なんなら中学生の頃そういうデートしたかったし憧れとったなぁ」

『そうなんや』

「うん、でも…なんやろなぁ…それがなまえとって思うとちょっとちゃうねんな」

『へぇ…』

「たまには行きたいと思うし、せやからそういうときは行こうって誘うんやけどほんまたまにやねん」

『確かにあんまりどこ行くって前から計画立ててしっかり出掛けることないなぁ』

「多分、そうやって非日常空間に身を置かんでも一緒におるだけで楽しいからなんちゃうかなって思う」

『…へぇ』

「なんやその反応…それに今日みたいななんも決めてないし結局見る予定やった映画は見られへんとか無駄だらけやしこんな時間にジャンキーなん食べてお酒飲んで不健康なんも結構好きやしな」

『楽やしな』

「そう、昔はこういうデートはあかん!って思ってたけど一緒におれるだけで幸せやから無駄なんてないし不健康でも心は健康になれてるしありやなって思うてきてん」

『…酔ってる?』

「俺がそんなすぐ酔うと思ってるん?」


話し込みながら食べていればあっという間にピザはMサイズの箱が空でSサイズももうすでにあと二切れになっていた
私も蔵もお酒はまだ二缶目、始まったばかりで酔っているとは思えない


『思うてないけどえらい饒舌やから』

「なまえへの愛ならいつでも饒舌になんで」

『ならんでええわ』

「で、なまえはどんなデートが好き?」

『特にこれ、ってのはないけど…二人でゆっくりできるのがいい』

「へぇ…」

『にやにやすんなや腹立つ』


隣に座る蔵の肩を軽く殴るとごめんごめん、なんてへらへらと笑う


「なら告白とか、プロポーズとか理想ないん?」

『それもあんまないけど下手に特別なイベントの日にドレスコードのあるようなところにエスコートされていって、なんてされる位ならなんもない日にさらっとされる方が嬉しい』

「なるほどなぁ…参考にするわ」

『なんでや蔵はこんな風にしたいとかある?』

「男なら一度は好きな子と高層ビルの最上階レストランでフルコース食べるのをタキシード着た俺がドレス着たんをエスコートしたい!とは思うで」

『やっぱそうなんや』

「せやけど、そこでプロポーズはなんや…誘ったときから今日プロポーズします!って雰囲気伝わってまうのがちゃうなぁと思ってて」

『あー…確かになんやすごい事されるかも、って思うもんな』

「せやからそういうのもしたいけどプロポーズとは別でしたいなぁ…誘ったら来てくれる?」

『行くけど』

「ならいつか行こな…理想のプロポーズって結構難しいなぁ」

『まぁ中々想像つかへんし』


ついに空になったピザの箱を少しだけ小さく折ってビニール袋に片付ければ蔵はスマホを開いてあーなるほどなぁなんて声をあげていた


「思い出の場所、夜景の綺麗な所、イルミネーション…はーやっぱそういうのになんねんなぁ」

『何見てんの?』

「これ」


ほら、と見せられたスマホを覗けば女性が憧れるプロポーズの場所とシチュエーションと書かれた某有名結婚雑誌のサイトが開かれていた


「やっぱええレストランとか旅先、とかなんやなぁ」

『でも自分の家も相手の家も入ってんねや』

「テーマパーク、海、ホテル…なるほどなぁ」

『…テーマパークとか人目が多そうなのは嫌やな怖い』

「俺指輪パカって開くんはやりたいなぁ」

『失敗してわたわたして欲しいわ』

「せぇへんわ!やるときはビシッと決める男や!」

『成功したら指輪嵌めてあげたいタイプやろ』

「あーそれええなぁやりたい」


左手貸して、と手を出されて促されるまま差し出せば相変わらず細っこいなぁと優しく触って薬指を撫でた


「ここに、俺が選んだ指輪付けて俺だけのもんですよって見せつけてくれるって思うと…悪ないな」


なんやそれ、と言い返そうとしたけどそれより先に蔵が指先に落としたキスに驚いて言葉は出なかった
それに気を良くしたのか、また優しく手を撫でて先ほどピザを食べていた時みたいに口を開けてそのままばくりと私の左手の薬指が食べられた
なにしてんの、と驚きで出た声に一瞬だけこちらを見たけれど無視されて指のつけ根辺りがぎゅ、と噛まれた感覚がした


『え、なに、』

「…今は指輪とかあらへんから、これで俺のって見せつけようかなって思って」


するりと蔵の口から出てきた指のつけ根には赤い歯形が付いていた
あまりにも扇情的なそれについ口をつぐむ


「愛してるで、なまえ」


離したりせぇへんから、そう言ってキスを落とし始めた蔵に抵抗はせずされるがまま受け入れた
今日は許可も得ず始めたなぁなんてぼんやり考えていれば当たり前の様に抱えられて広くて丈夫なベッドの上に運ばれた
まだ落とされるキスを受動的に受け入れていればまた左手の薬指を執拗に撫でられる
今日は気に入ってるんやなそれ、と思っていればばちりと蔵の淡い瞳と目が合った


「…なにぼんやりしとるんや…俺の事だけ考えてちゃんと俺を見てて」


むすっとした顔で見下ろす蔵につい笑った
ほんまそういうこと言って悪い男やな、とは口に出さずに仕方ないから蔵の首に腕を回してこちらからキスをしてやった
それだけで満足したのか不機嫌そうな顔は消え去った様子に相変わらず単純やな、と思った
でもそういうところが嫌いじゃない、からこの歯形の上に重ねられる指輪を嵌めてくれるのは蔵じゃないと嫌だと思ってしまうのだろう
理想現実
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