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「#お仕置き」のBL小説を読む
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▼ねぇ、それわざとなの?

梟谷が食堂付きで本当に良かったなと幼馴染の姿を遠目に見てそう思った。
月曜日は忙しいから大体買う余裕もなくて食堂で昼を過ごす。幼馴染に関しては毎日食堂で昼食をとっている事を俺はすでに知っていた。


「お、名前ちゃんじゃね?」


少し遅れて気が付いたらしい。一緒に食堂に来ていた木兎さんが声を上げる。相変わず容赦のない声量に少し耳が痛かった。
そしてその声は名前に届いたらしい。此方に気が付いて、トレーに昼食を乗せた彼女が人を避けながらやってきた。


「京治、木兎さん、こんにちは」


綺麗な黒髪がさらりと肩から流れ落ちる。艶のあるそれを見るたびに手入れをした甲斐があったと少しだけ誇らしくなるのはここだけの話。


「ここいいですか?」
「おう!遠慮すんな!」


俺の向かい側、木兎さんの隣りが空いているのを確認してそう断ってくると、木兎さんは断る理由もなく元気に受け入れた。なんでそこ俺の横じゃないんだよと若干の不満を感じていれば、引かれる椅子に視線がそこに流れると何となく見覚えのある顔があった。


「お邪魔しまーす」


そう言って腰掛ける女子は確か名前の友達だったと思う。チラリと見た名前が悪戯っ子のように笑ったので間違いはない。
言っておくが俺と名前が幼馴染ということは別に隠していないし聞かれればそう答えているので近しい人は知っている事実だ。
だが、俺が名前の介護まがいを行っていることは誰にも話していない。恐らく、名前も。


「木兎さん何食べてるんですか?」
「ん、焼肉定食」
「美味しそうな匂いだと思ったら」


木兎さんの手元を覗きこむようにした名前に2人の距離が近くなるのを見て、込み上がる気持ちを流し込むように白米を飲み下した。
名前は無防備だ。俺に対しても、俺以外に対しても。実際家で行われているあれやこれの相手が俺じゃなければきっと名前の貞操は守られていないだろう、と考えて。中々に気持ち悪いことを考えている自分に気が付き目の前の生姜焼きをつついた。


「私も焼肉定食にすればよかったかな」


そう言いながら自分のきつねうどんを啜る名前に木兎さんは何を思ったのか「ほら、ひとくち」と肉を差し出したではないか。しかも、木兎さんが今使っている箸で。
それに満面の笑みを浮かべて「いただきまーす」と躊躇うことなく口にする幼馴染に目元を抑えた。本当に、こいつは。


「いちゃいちゃしちゃってー」
「そういうんじゃないよ〜」


隣から茶化す声が上がり、名前がふわふわとした声で返答する。
そうだ、名前は誰にでもこうなのだ。男女という境界線があまりにも薄すぎて分け隔てない。男女共に対応が変わらないので先輩には可愛がられるし後輩には懐かれる。けど、余計な勘違いをする輩だって多い。


「名前、今朝も告白されてたんですよー?」


名前の友達が木兎に言いながらチラリと俺を見てきたのに気が付いていないフリをして、味噌汁を流し込んだ。
分け隔てないからこそ、勘違いをされて告白をされる。
以前はここまでひどくなかった気もするが、俺の中の以前というのは小学校の頃なのであまり参考にはならない。


「モテモテだな名前ちゃん」


からかうように言った木兎さんに、名前は「そんなことないですよー」と朗らかに答えた。セリフの割に嫌味に聞こえないのは、気にもとめていないと言いたげな言い方だったからだろうか。
今までされて来た告白は丁重に断っているらしいと噂で耳にはしているが、実は気になっている話題である。
名前の普段の様子を知っているからこそ彼氏という存在は居ないで間違いないが、そういう対象の相手がいるのかは分からなかった。


「好きなやつでもいるのか?」


まるで俺の気待ちを汲み取ったかのように木兎さんが名前に聞いた。
思わぬところで上がったその質問に危うく味噌汁を吹き出すところだった。気付かれないやうにぐっと堪え飲みくだし漬物を口に放り込む。


「んー」


気の無い返事だった。肯定も否定もせずうどんを啜る名前は考えているのか、はたまたそれも面倒なのか「おうどんおいしー」と幸せそうに笑う。


「付き合ってもいいって思ったやついねーの?」


選り取り見取りじゃん。と女子に言うセリフとは思えない言葉を告げる木兎さんに思わず「言い方…」と言葉が漏れれば隣の名前の友人が噴出するように笑ったのが分かった。


「んー」


しかし名前は気にしていないのか、唸るように悩むように、やはり肯定も否定もせずにうどんを啜る。
まあ、そんなことに興味があるのなら俺に裸なんて見せて平然となんてしていないか。
そんな風に俺が考えているとは知らない3人の会話を聞き流しながらチラリと名前を見れば、彼女と視線がカチリと合わさった。
名前がこっちを見ていたらしい事に気が付き「何?」と聞けば隣の席と向かいの席の視線が俺に来てから名前に移る。それを気にした様子もなく名前は「京治は?」と疑問を口した。


「京治はいないの?」


主語が足りない。でもそれを聞き出すほど空気が読めない訳ではなかった。
この子は馬鹿なのかなと幼馴染を心の中で心配しながらも顔には出さないように努める。


「たしかに赤葦のそういう話聞かないな」


悪ノリなのか話に乗ってきた木兎さんに面倒なパターンに片足突っ込んでいる事に気が付いて名前を見る。


「いると思うの?」


いやむしろ、いると思えるのだろうか。
もしこれで俺がほかの誰かを好きなのだとしたら相当頭がおかしいと思う。
名前を好きじゃないと、ただの幼馴染だと置き換えた前提でも、他の誰かに好意を抱きながら名前の世話をするなんて相当トチ狂っている。
まあでも、好きな女の子の裸を見ても平静を保てる程に俺は狂ってしまっているのだからなんとも言えないか。
健全な高校生だったはずなんだけどな。


「んー、」


名前はやはり肯定も否定もせず唸った。
それを見て俺は最後の一口である生姜焼きと白米を口に入れて咀嚼し、水と一緒に飲み下す。


「名前がそばにいるうちは無理なんじゃない」


驚くほど抑揚のない声だったなと、吐き出してからどこか他人事にそう思った。
目をパチクリとさせた3人に「ご馳走様でした」と席を立つ。「あかーし!?」木兎さんの声を聞こえなかったふりするなんて中々無理があるが残ったところで居心地悪いに違いないその場に、留まるなんて選択肢は俺にはない。

幼馴染の名前がそばにいるうちは。きっと木兎さんにも名前の友人にもそういう意味で聞こえ、受け取っただろう言葉は、肝心の名前には何て届いただろう。
おそらく全く違う意味で聞こえたのではないだろうかと去り際に見た固まった表情の名前を思い出して小さく息を吐く。

別に離れて欲しいとか離れたいとか、そういうのではない。
名前の世話が嫌なのかと聞かれれば困ることは多いし大変だけど嫌いじゃないしむしろ好きだ。
けど、名前にとって俺はただの幼馴染にすぎないと言うことをここ1年で嫌という程知っていた。

あの日、初めて名前を風呂に入れる事となってしまった日。
うつらうつらと眠気に負けそうな名前は両親に甘えるのと同じように俺に言ったのだ。恥ずかしげもなく、当然のように。

「脱がして」

バスタオルでも巻いて入るのかと思えば全裸で髪洗ってーと言ってきた名前を浴槽に沈めてしまいたいと本気で思った。
男として見られていない。そう理解したと同時に自分の表情が無くなるのがわかって、違和感だらけのその関係を受け入れることしか出来なかった。