不器用で優しい指先2
すば兄はとにかく優しかった。壊れ物を扱うように慎重に、丁寧に、たくさんの時間をかけて触ってくれた。どこへ触れるにも必ず確認をしてくれて、嫌だと言ったり涙が溢れるとすぐ手を止めて待ってくれた。
「……大丈夫か?」
「うん……ごめんね、泣いちゃって」
「いやいい、本当に慣れてないんだな」
頬に流れた涙を指で拭ってから、頭をぽんぽんと撫でられる。お互い下着一枚になって随分と時間が経つのにすば兄はそれ以上進めようとはしなかった。
「すば兄」
「ん?」
「そろそろ……しないの?」
「は!?」
すば兄は顔をまた赤くして顔を逸らしてしまった。今まで私の身体に優しく愛撫やキスをしてくれた人と同一人物とは思えないほどの動揺っぷりだった。
「……だって、もう下着が、気持ち悪くて」
「え、あ、ああ、悪い……」
濡れすぎたショーツが張り付く感触が不快なのもそうだし、抱き締められたときに当たるすば兄のものが限界なのではないだろうかと思っていた。ずっと待ってくれるすば兄に申し訳なさもあった。
「……脱がしても、いいのか?」
「うん……あ、あれなら自分でやるよ」
「いやいい、俺がやる」
ショーツに指をかけてゆっくりと脱がせてくれたすば兄は、わたしのところをあまり見ないように目を逸らす。
「すば兄……見てもいいよ?」
「いや、無理だ」
「小さい頃、お風呂一緒に入ったでしょう?」
「それとこれとは別だろ」
「でも見ないとできない気が……」
「それは、そうだけど」
「うん」
顔を少しずつこちらへ向けたすば兄は、わたしのところを見て驚いたように息を呑んだ。イメージしていたのと違っていたのかもしれない。急に恥ずかしくなって隠すように太ももを重ねる。
「……やっぱり見ないで」
「どっちだよ」
「なんか恥ずかしくなってきた……」
「ここまでしておいてか?」
「うん、だってわたしの……変だもん」
「変じゃない。綺麗だ」
真剣な眼差しに思わず頷くと、すば兄は表情を緩めた。それからまた律儀に触ってもいいかとわたしに確認を取ってから指先をそこへ伸ばした。
「んっ……!」
「わ、悪い」
「ううん、大丈夫……すば兄、好きに触っていいよ」
「いや、分からないから、教えてくれ」
「……うん」
「気持ちいい、場所とか」
「えっと……上、の、ところ……分かる?」
「ああ」
指の腹でやんわりとなぞられて、身体に快感が走る。声も今までになく高い声が出た気がして恥ずかしかった。すば兄はわたしの反応に驚きながらも、すぐに順応して指を這わせた。
「……んっ、すば、に」
「他に、触って欲しいところ、あるか」
「下も……」
「ああ」
「指、入れて……」
「……いいのか?」
「うん」
すば兄は自身の指を見て何かを確認したあと、ゆっくりとそれを中に沈ませた。かなり濡れていたからかすんなりと入る。
「痛く、ないか」
「うん……大丈夫」
「爪、短く切ってはあるけど、痛かったら言えよ」
「……ありがとう」
爪を確認していたんだと気付いて、またすば兄の優しさに触れる。どこまでも慎重で優しい。大切にされていると実感できて嬉しい。また泣いてしまいそうで、ぐっと涙を堪えた。
「……悪い、嫌だったか?」
「違う、違うよ……すば兄、優しくて、泣いちゃいそう……」
「なんだよそれ」
「だって……」
「普段、兄貴たちに、乱暴にされてるのか?」
「……ううん、そうじゃないけど」
「泣きじゃくってる声、たまに聞こえる」
「え! うそ、やだ」
「……嘘だ」
「えー、もう! すば兄のバカ!」
「……泣きじゃくってる心当たりはしっかりありそうだな」
「すば兄酷い……」
「酷いのは兄貴たちだろ」
溜息を零しながらすば兄は再び指を入れたそこへ目を落とした。もう見ても恥ずかしくはないようだった。何もかも初めてだと言っていたけれど、すぐに慣れて進めてくれるすば兄に結局わたしはリードされていた。
「……指、動かした方がいいのか?」
「ゆっくり……抜き差し、して」
「ああ」
「……っ」
「痛いか?」
「ううん……気持ち、いいよ」
「そうか」
指を少しずつ動かし、わたしの反応を見て動きを変えてくれる。浅く出し入れされるのが一番気持ちいいことも、上の突起を執拗に触られるのがあまり好きでないことも、すぐに気付かれてしまった。
「……ぁっ、んっ」
「指……食い付いて離さないな」
「も、恥ずかしっ……すば兄のバカ、もうやだ、や」
「……分かったよ」
本当に嫌だと言えばすぐに止めてくれるすば兄は、あっさりと指を抜いてまた頭を撫でてくれた。他のお兄ちゃんたちにはない対応に感動さえしてしまう。どんなに嫌だと言っても止めてもらえないことが多くて、それが当たり前だと思っていたから尚更だ。
「……すば兄」
「ん?」
「する……?」
「……あ、ああ、うん」
また顔を赤くして吃ったすば兄が顔を逸らした。いちいち照れて固まってしまうのが、なんだか可愛い。しばらくして決心をしたのか、すば兄はベッドサイドに置いてあったコンドームに手を伸ばした。その様子をまじまじと見ていると、自分の下着に手を掛けたすば兄はまた動かなくなった。
「……いや、見られてると、やりにくい」
「えー、わたしのはこんなに見たのに?」
「それは……おまえのは、慣れさせないと、痛いだろ」
「そうだけど……むー」
「何拗ねてんだよ」
「拗ねてないよ」
ふいっと顔を背ければすば兄が困った様子でわたしの顔を覗き込んだ。
「……怒ったのか?」
「ううん……見ないようにしてるだけ。すば兄、準備するんでしょう?」
「あ、ああ……」
見ないように顔を逸らしている間、すば兄は準備をしてくれた。緊張して手間取っているようだった。少し時間がかかったあと、すば兄がわたしの身体に覆いかぶさり頭を撫でてくれる。
「準備、終わったぞ」
「……うん」
「……いいのか?」
頷いて答えるとすば兄は身体を起こした。わたしの足を上げさせてから、場所を探るようにそれを宛てがった。いつもこの瞬間は緊張してしてしまう。
「……大丈夫か?」
「うん……」
「痛かったら、言えよ」
「すば兄……多分、わたし、泣いちゃうと思う……でも、止めなくていいからね」
「いや……それは、自信ない」
「えー」
「泣いてるすみれ相手に、できないと思う」
「でも、いつも泣いちゃうの、痛い痛くないとか関係なくて……」
「まあ、それはそのとき考える」
「……うん」
「入れて……いいか」
いいよ、と答えたあと一呼吸置いてからすば兄のものがゆっくり入ってきた。強い圧迫感に身体が強ばって、涙もやっぱり溢れてくる。
「……もう少し、力、抜けないか」
「んっ……抜きかた、わかんなっ、ごめんなさい、すばに」
「いやいい、ごめんな」
「……すばにい」
「ごめんな、少しだけ、我慢してくれ……悪い」
「ぁっ……」
奥まで入ってくる感覚についに涙が流れて、それからすぐにすば兄が抱き締めてくれた。
「ごめんな、ごめん」
「すば兄……そんなに謝らなくていいよ」
「でも、痛いだろ」
「ううん……痛くないよ。慣れないだけで」
「そうか」
「うん……すば兄のタイミングで動いていいよ」
「おまえが泣き止んだらな」
頬に伝った涙を指で拭ったあと、耳や唇を確かめるようになぞる指がくすぐったい。頭を撫でる大きな手が気持ちいい。しばらくその感触たちにうっとりしていると、すば兄が言った。
「……すみれ、好きだ」
「え……」
「妹としてじゃなく、て、女として」
「え、ちょっと待って、すば兄、好きな人いるんだよね……?」
「はあ……だからおまえだよ」
「……嘘」
「好きじゃなかったらこんなことしない」
「だって、すば兄、わたしのことなんて、なんとも、思ってないんじゃないの……?」
「なんとも思ってないのに手を出すのか? 俺、そんなふうに思われてたのか」
「ちがっ……違うけど、でも、でも、なんで」
「俺も同じだ。兄貴たちと。悔しいけど……こんな、妹を、好きになって、でも、気付いたら、好きになってた」
「……っ」
「悪い、ただでさえ兄貴たちとの関係に悩んでるのに……ごめんな、好きだって言うつもりなかった。でも、すみれの顔を見たら……」
「……すば兄」
すば兄の表情が滲んでいく。好きだと言ってもらえて嬉しい。でも、苦しい。すば兄はわたしのことをただの妹だと思っているのだと疑いもしなかったから、急な告白に混乱してしまう。妹相手に手加減してくれているのだと思っていた。妹だから、優しいのだと思っていた。
「……悪い」
「ううん……」
「嫌、だったか?」
「ううん、嬉しい……けど、ちょっと、混乱してる」
「……そうか」
「ごめんね……」
「いや、いい、悪かったな」
止まらない涙をすば兄は何度でも拭ってくれた。身体を繋げたまま、動かずにずっとそうしていた。
その間、たくさんの会話をした。小さい頃の話、家族の話、バスケットボールの話、学校の話、夕食の献立の話、他愛ない話ばかりだった。今まであまり話さなかった時間を埋めていくように言葉を交わした。
「……すみれ」
「うん……」
やっと涙が止まり、腰を動かし始めたすば兄はわたしを離さなかった。最初から最後まで抱き締めたままだった。泣いたら一度動きを止め、頭を撫でてくれた。スポーツマンの大事な身体に爪を立ててしまっても何も言わなかった。ただずっと抱き締めて、好きだと耳元で囁きながら、妹ではなく一人の女の子として、わたしを優しく丁寧に愛してくれた。 |