触れて愛して守りたい6


 最初は自分のこの腕の中に無防備な姿のすみれがいることが信じられなかった。なんだか夢でも見ているようで、けれど回数を重ねるうちにだんだん現実なんだと実感がわいてくる。今日だって例に漏れず、休みの僕の部屋へ来てくれたすみれが腕の中にいた。

「雅兄……わたしのこと好き?」

「うん、大好きだよ。愛してるよ」

「……わたしが妹でよかった?」

「もちろん。すみれが妹でとっても嬉しいよ」

「わたしも……雅兄がお兄ちゃんでよかった。雅兄大好き……」

 すみれはいくらでも言葉を欲しがった。身体を重ね終わると必ず同じことを聞いた。不安そうな瞳と視線を合わせ、ありきたりだけれど愛してるよと言えば安心するのか微笑んでくれる。

「……雅兄」

「うん?」

「もういっかい……」

「へ」

「あのね、もう一回、したいの……雅兄」

「え、うん、もちろんいいけど……すみれ、疲れない?」

「うん、大丈夫」

 上目遣いでそんなお願いをされたら断れるはずもなかった。さっきの熱がまだ残る頬に手を添えて、顔を近付けるとすみれはゆっくりと瞼を落とす。唇を重ねるとまたすぐにその柔らかい感触に夢中になった。

「んっ……まさ、に」

「……すみれ」

 何度触れてもたまらない。すみれの身体はどこもかしこも甘くて、反応や表情も驚くほど可愛くて、飽きるどころか抜け出せなくなっていく。お兄ちゃんに飽きられちゃうんじゃないかって怖いの、と時々泣きながら話すすみれは自分の魅力に全く気付いていないのかもしれない。

「すみれ……口、開けられる?」

「んっ……うん」

 素直に開いた唇から舌を入れて絡ませると、すみれは拙い動きで合わせてくれる。本当に弟たちに何度も抱かれているのだろうかと疑問に思うくらい慣れていない。キスの間無意識に息を止めてしまうのも、縋り付く腕も、泣き出しそうに震える瞼も、自分だけが知っているのではないかと錯覚してしまうほどだった。

「……ん、はっ……ん」

「ちゃんと呼吸してね」

「うん……まさにぃ」

「なあに?」

「頭撫でて欲しいの……あとぎゅってしたい、もっと好きって言って……」

 キスを止め髪に指を通して梳くように撫でればすみれは気持ち良さそうに目を細めた。それから抱き締めて、耳元で大好きだ愛していると囁く。すみれはその度に涙を流した。

「……雅兄」

「うん?」

「……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「いっぱいわがまま言って……たくさん言葉欲しがって……いつも泣いちゃって、ごめんなさい」

「謝る必要なんてないんだよ。すみれに甘えてもらえて、僕はすごく嬉しいんだから」

「……嫌いにならない?」

「なるわけないよ。大好きだよ、愛してるよ」

 いくら伝えても不安になってしまうのなら、何度だって伝えるだけだ。すみれはまた少し不安が和らいだのか頷いて涙を拭った。

「……雅兄」

 すみれが顔を上げて視線を絡ませたのを合図に、また深く触れていく。何も身につけていない華奢な身体を愛撫して、唇や舌を滑らせた。もうすみれはどこが弱いのか、どんな触り方が好きなのか、あっという間に覚えてしまった。

「ぁっ……ん」

「声、我慢しなくていいからね」

「……んっ、ん」

「すみれ」

 恥ずかしさから顔を手で隠し声を出すまいと唇を噛んだすみれを抱き締めると、なぜかまた泣き出してしまう。

「あ、ごめん……何か嫌だったかな」

「……ううん、嬉しいの。ぎゅってしてもらえて」

「いくらでもするよ」

「……雅兄、いっぱいぎゅってしてくれて……なんか、こんなに幸せでいいのかな」

 顔を手で隠したり声を出さないように指を噛んだりすると、弟たちは強引にその手を外したり押さえ付けたりすることも多いのだと、前にぽつりと言っていたのを思い出した。普段どれほどの我慢をしているのだろう。

「いつでもぎゅってするよ」

「……ありがとう」

「今日はずっとこのままくっついていようか」

「え……」

「無理にエッチしなくてもいいんだよ。ぎゅってして欲しいならいつでも言って? 頭を撫でて欲しいときも、言葉が欲しいときも」

「でも……わがままいっぱい言うわたしのこと、嫌いにならない? 呆れない……?」

「全然。むしろもっと甘えて欲しいくらい」

「でも、わたしエッチぐらいしかできないよ……何も雅兄にしてあげられない」

「すみれ……」

 すみれは言葉が欲しいがために、ただ抱き締めて頭を撫でてもらうためだけに、もう一回したいと言ったのだろうか。あまりにも不器用な甘え方に苦しくなった。どうしたら素直に甘えてくれるのだろう。抱き締めて欲しいという小さな願いさえも呑み込んで隠してしまう。わがまま言ってごめんなさい、と申し訳なさそうに顔色を伺ってくる。

「どうしたら安心できるかな? 僕はすみれのためだったら何だってしてあげたい。それが言葉ならいくらでも言うし、ぎゅってして欲しいならいつでもするよ」

「でも……」

「無理にしなくても大丈夫。ね、今日はこのままぎゅってして、ゆっくりしていよう?」

「……でも」

「うん?」

「エッチも、してないと不安で……」

「すみれ……」

「だってお兄ちゃんみんな、他の女の人のところ行っちゃったらどうしよう……雅兄も、いつか誰かと結婚しちゃうよね……? お母さん、雅兄にお見合いの話持ってきたりしてるし……嫌なの、離れたくない、怖いのっ」

 急に取り乱したすみれに、自分は間違った言葉を選んでしまったのだと知った。身体の関係も安心材料の一つだったのだ。激しく泣き出したすみれを強く抱き締めて、頭を撫でて背中を摩った。

「僕はどこにも行かないよ。お見合いもしない。結婚もしない。ずっとすみれの傍にいるよ」

「でも、でもっ、わたしが、雅兄のこと縛ってる、それもすごく苦しいよ……」

「すみれ……」

「雅兄、わたしどうしたらいいかな、分かんないの、お兄ちゃんとずっと一緒にいられるわけないって、頭では分かってるのに……離れたくない、すごく苦しいの、毎日怖くて苦しくて……雅兄」

 すみれの苦しみが震える身体から伝わってきて、胸が鷲掴みにされたような感覚にも陥る。とにかく安心させてあげたい、少しでも苦しみを取り除いてあげたい、そうして自然に出た言葉に自分でも驚いていた。でもなぜかしっくりときて、その後に続く言葉はすらすらと出てきた。

「すみれ、結婚しようか」

「……え」

「今度市役所に行って、婚姻届もらってこよう? 出せないけど……全て書いて、大切にしまっておくのはどう? それから指輪も一緒に見に行って、あとウェディングドレスの写真もどこかで撮れないかなあ……すみれ、すごく似合うだろうなあ」

「雅兄……」

「それくらい僕は本気だよ。すみれのこと、愛してるもん。絶対に離れたりしないよ。約束する」

「……うん」

「少しは安心できるかな」

「……ずっと、一緒にいてもいいの?」

「もちろん」

「大人になっても……?」

「家族なんだから、一緒にいて当たり前だよ」

「雅兄……」

「なあに?」

「……指輪、欲しいな」

「うん、どんなのがいいかな? 今度の休みに見に行こうか?」

「いいの……?」

「もちろん。とびっきりの選ぼうね」

 僕の胸に顔を埋め泣いていたすみれが顔を上げ、瞳を輝かせた。年頃の女の子相応の反応だった。指切りをして、それからまた身体を重ねて、その間しきりに僕や自分の左手を眺めるすみれに指輪へ憧れがあったのだと初めて知った。

「……結婚か」

 行為を終えぐったりと眠るすみれを抱き締めながら、我ながらすごいことを言ってしまったなと冷静になり考える。あの答えで合っていたのか分からない。けれどすみれが安心してくれたのなら本望だった。ずっと一緒にいたいと思ったのは本当だし、すみれが望んでいるのなら何だって叶えてあげたいと思う。例えそれが倫理や道徳に反していて、許されないことだとしても。