触れて愛して守りたい1
すみれはこんなにも華奢だっただろうか。いつも抱き締めているはずの身体が、ベッドの上ではさらに小さく消えてしまいそうに思えた。
「……雅兄?」
固まった自分を見てすみれは首を傾げる。不安そうに揺れる瞳がさらに彼女を儚く幼く見せた。僕は何をしているんだろう。部屋へ来た妹の目的は休憩だったはずだ。一番安心できて落ち着くと言ってくれた部屋。この場所で、僕は今、すみれに触れようとしている。
「すみれ……本当にいいの?」
「うん、いいよ」
「嫌じゃない?」
「嫌なわけないよ……雅兄だもん」
「……すみれ」
額や頬にキスを落とせば、すみれは恥ずかしそうに目を伏せた。初々しい反応が愛おしくて、もっと触れてみたくなる。弟達が夢中になるのも頷けた。何度抱いてもこの反応なら手放せないだろう。 唇を塞ぐとぎゅっと目を瞑って身を任せてくれる。背中に縋るように手が回され、口内へ舌を滑り込ませるとシャツが握られた。
「すみれ、緊張してる?」
「……うん」
「だよね、僕も」
「雅兄も……? 男の人でも緊張するの?」
「そりゃするよ」
「そうなんだ」
まるで他の兄達の緊張した様子を見たことがないという言いぶりだ。妹の前では落ち着いた大人の男として振る舞いたい気持ちはよく分かる。でも残念ながら僕にはできそうになかった。少しでも強引に触れると壊れてしまう気がして正直怖い。
「……もっとキスしてもいい?」
「うん」
「嫌だったら言ってね」
「大丈夫だよ」
「キス下手だったらごめん」
「ふふっ」
謝罪の言葉がよほど面白かったのかすみれが笑った。お互いの緊張がだんだん解れていく。ゆっくりと唇を触れ合わせて、舌を絡めて、抱き締め合った。溶けてしまいそうなくらい長い時間キスをした。
「……まさにぃ」
キスを終えて呼ばれた名前が甘く響く。すみれを見ると、とろんとした目は潤んでいて頬や耳が赤い。初めて見るすみれの姿に頭が痺れる。
「……すみれ、可愛い」
「可愛くないよ……」
「可愛いよ。みんなからも言われるでしょう?」
「うーん」
「特に椿とかは言いそうだと思ったけどな」
「……うん」
「だよねえ、すみれ可愛いもん」
困った表情をしたすみれは僕から目を逸らしてしまう。潤んでいた瞳から今にも涙が溢れそうだ。
「可愛いって言われるの嫌だった?」
「あの……」
「うん?」
「可愛いって言われると、頭の中がぐちゃぐちゃになるからちょっと苦手……」
「え、そうなの?」
「あ……こういうこと、してるときだけ」
「……そうなんだ」
「みんなには内緒にしてね?」
「もちろん」
誰にも言ったことがない気持ちを打ち明けてくれるのが嬉しい。でも苦しくもなった。可愛いという言葉がつらい気持ちに結び付いているのだろうか。普段の感覚で可愛いと言ってしまわないように気を付けないといけない。
「変なこと言ってごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ、話してくれてありがとう」
安心したのか表情の和らいだすみれは溜めていた涙を指で拭った。そして驚くことにブラウスのボタンを自ら外し始めた。
「すみれ、ちょ、え、待って」
「雅兄……怒らないでくれる?」
「え」
ブラウスからちらりと肌が覗いただけで分かった。胸元にびっしりと付けられた鬱血痕。すみれは肌が白いから一層際立つ。可愛い可愛いと言われてこんなことをされたら、つらくなるのは当たり前だ。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの……すみれは悪くないよ」
「嫌な気持ちにならない?」
「ならないよ」
「怒らない……?」
「怒るわけないよ」
「雅兄は……誰に付けられたのって聞かないんだね」
すみれのつらさが凝縮された台詞に目眩がした。兄達の歪んだ愛情を全て一人で受け止めている。そこに僕まで加わってしまっていいのだろうか。 でも今ここで止めたら誤解をさせてしまうだろう。鬱血痕のせいだと、また自身を責めて泣いて、精神的に不安定になることが容易に想像できた。
「綺麗だよ」
「……え」
「すみれは肌が白いから、赤い花が咲いているみたいじゃない?」
「あ……うん、わたしもね、鏡見てときどきそう思うの」
「だよねえ、うん、綺麗」
すみれが嬉しそうに笑うのを見てほっとする。綺麗だと思ったのは本当だ。びっしりと咲いた赤い花は下着の中まで続いているようで、思わずそこへ手を伸ばす。
「……もっと見せてくれる?」
頷いたすみれの下着をずらすと緩やかな膨らみには疎らに散った花が見えた。ここは鬱血痕を付けながら吸うよりも舐めた方が感じやすいのかな、と弟の考えやすみれの反応が読み取れてしまう。
「ち、小さくてごめんね……」
「そう? 僕はそんなふうに感じないけどな」
「だって、みんな」
「みんなそんなこと言うの?」
「直接は言われないけど……」
「誰も気にしてないと思うけどなあ」
「でもわたしが気にしてるの、身体も小さくて子供っぽいし……」
むしろそれを喜びそうな弟が何人かいると思うのだが、黙っておく。僕にとってこの華奢で小さな身体は怖いくらいだけれど、独占欲や支配欲を増長させるものでもあるはずだ。体格差では絶対に敵わないすみれを力で押さえ付けて、強引に迫ればその時間だけ妹が自分のものになる。
「女の子らしい身体だと思うよ」
「むー」
「え、怒った?」
「雅兄わたしのこと子供扱いしてる……」
「子供扱いしてたらこんなことしないよ」
「……それは、そうだけど」
「でしょう?」
中途半端に外されたブラウスのボタンに手をかけて、すみれのゴーサインが出てから脱がしていく。ずらしただけの下着もホックを外して、スカートのファスナーに指を伸ばしたところですみれが不安そうな声を上げた。
「でも、子供っぽいよ……」
「うん?」
「……身体」
「そんなことないよ。肌も綺麗で柔らかくて、とっても魅力的だと思うよ」
「もうちょっと痩せた方がいいかな」
「とんでもない! 細すぎるくらい。これ以上痩せないで、お願いだから」
「……うん」
すみれの頭を撫でながら、スカートのファスナーを下げてしまう。現れたのは上とお揃いの可愛らしいショーツ。花柄やレースが好きなのは小さな頃から変わらないなあと思ったのも束の間、恥ずかしいのか太ももを擦り合わせる仕草に口の中が乾いていく。
「雅兄、なんか手馴れてるね……」
「えっ!? いや、普通だと思うけど」
「彼女いる……?」
「いや、いないいない、いるわけないじゃない。仕事も忙しいし」
「……ふーん」
あまりにも早く脱がせすぎたのかすみれが不満そうに言った。これ以上緊張すると手元がもたつきそうだと思って一気に脱がせたのが裏目に出たらしい。
「でも……今まで何人かはお付き合いしてるよね?」
「いや、うーん、まあ……」
「これ聞くとお兄ちゃんみんな困った顔する……」
「すみれ、それみんなに聞いてるの?」
「……聞きやすいお兄ちゃんには」
「はは、良かったあ、僕聞きやすいお兄ちゃんで」
「雅兄優しいもん」
「嬉しいなあ」
普通の恋愛をしたことがないすみれにとって兄の恋愛事情は気になるに違いない。キスもハグも、初めての行為も全て兄から教えられているのだから不安にもなる。その不安を少しでも和らげてあげられたら、と思っていた僕まで手を出すなんてきっといつか罰が当たるだろう。でももう後戻りはできなかった。本当は僕だって、すみれのことが…… ぼんやり考えていると、そっと腕が引っ張られた。すみれの何か言いたげな唇。閉じてしまいそうになる前に指で触れて促す。
「……どうしたの? 何でも言って」
「雅兄……あの……」
「なあに?」
「……優しく、してね」
「もちろん」
「雅兄は雅兄だよね……?」
「うん?」
「……急に男の人にならないでね」
「すみれ……」
「ぎゅーってしてからがいい……頭の中、ぐちゃぐちゃになるから……」
「うん、分かった」
重い言葉が胸に突き刺さる。今までどれほど弟達の男の部分をぶつけられてきたのか想像を絶するほどだ。可愛い可愛いと言われてめちゃくちゃにされたり、優しかった兄が急に強引に迫ってきたりしたら頭が混乱するのも当然だった。
「だからね、雅兄……ぎゅーってしたい」
「うん、しようか」
下着一枚にしてしまった妹をゆっくりとベッドから起こして抱き締めると、あまりにも華奢でやはり怖かった。こんな繊細な身体をめちゃくちゃに抱きたいとは今のところ思えないけれど、とにかく自分の中の理性を総動員させておく。すみれが嬉しそうに背中に手を回してくれて、小さな声で発した言葉に一瞬ぐらついたのは今固めたばかりの理性だとは思いたくなかった。
「……雅兄大好き」。 |